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九日月 アルトの助言

 古文書に書かれた真実は、ノックスの胸の奥を荒れ狂わせていた。

 王になるために、天女の目が必要ないと分かった今、奪目の儀はただの残酷な見世物にすぎない。このまま儀式が続いてしまえば、いつかルナは無意味に目を奪われ、殺されてしまう。


(一刻も早く、奪目の儀を廃止して、ルナを戦いから解放させてやりたい。光の世界に帰ることもできないルナには、せめて闇の世界で安心して暮らせるようにしてやりたい……)


 ノックスはそんな想いで胸がいっぱいだった。


(リゲルには盗み聞きされてしまったけれど、アルトとカペラには伝えるべきなのか……?) 


 ふと、アルトなら、こういうとき一番冷静な意見をくれるのではないか。そんな気がした。 

(月の入りのあと、誰にも気づかれないようにアルトに伝えるか...…)


 ノックスはそう決意し、夜が更けるのを待った。


 ◇


 月が沈んだ昼間。遠くで赤い炎がちらつく。 

 しんと静まり返った回廊。

 見張りもいないこの時間を狙って、ノックスはアルトの部屋をノックした。


「……入れ」


 返事はいつもの通り、淡白だった。


 部屋に入ると、アルトは書類を読みながら椅子に腰かけていた。

 まったく緊張感のない姿勢。でも、ノックスの顔を見るなりわずかに目を細めた。


「……何の用だ?」


 俺は無言で、ボロボロの古文書を差し出す。


「……これは?」


「お前にも見てほしい。……王候補だから、ってのもあるが、それだけじゃねえ。……俺は、お前の頭を信じてる」


 アルトの指が、ルナが翻訳してくれた羊皮紙と、古文書を手に取る。

 やがて彼の目が動きを止め、わずかに眉が動いた。


「……天人の目に、影人の心を読む力はない……?」


 ノックスは頷く。


「見せ物、迷信、伝統――ただの欺瞞ってわけだ」


 アルトは無言のまま古文書を閉じ、長く深い息を吐いた。冷静な仮面にひびが入った気がした。


「……民にこのことを話したら混乱する。皆、光の世界への憧れが強いからな。あそこがこの闇の世界よりも地獄だと知ったとき、どうなるか……」


 水を打ったような沈黙が流れる。 


「だが、この制度に実益がないのも事実だ。……殺す理由がない者を殺す。それはただの見世物だ」

「……だが、今この場で儀式を廃止するのは不可能だ」 


 それを聞いたノックスは冷静さを失い、感情をあらわにする。


「……じゃあ、どうすればいいんだ!?俺は……この腐った制度を変えたい!」


「……味方を作れ。特に民衆だ」


 アルトの声は淡々としているが、その言葉は重い。


「制度は上から変えるより、下から突き上げた方が早い。王も長老も、民意を無視すれば権力を失う。『儀式は不要だ』と皆が声を上げれば、制度は形を保てなくなる」


「……民衆からの支持を得るなんて、そんなこと、俺にできるのか……?」


「できる。お前がそれだけの価値を民に示せればな。たとえば――王族でも貴族でもない者が、民を救うとかな」


 アルトは口元をわずかに上げた。


「……惚れた女を守りたいんだろう?なら、ただ戦うだけじゃ足りん。民衆を味方にしろ。それが奪目の儀を潰す最短の道だ」


「えっ……?」 


「ん?」 


「あの、えっと、……いつから気がついてた?」 


「何言ってるんだ、お前、月の塔に入り浸りだろう。世話係も率先してやるしな。バレバレだぞ」


 それを聞いたノックスは顔が真っ赤になる。 


「まぁ、まさか生贄相手に本気ではないだろうと思ってアルビレを紹介したのだがな。でも目に力がないなら話は別だな。うまく行けばルナとの将来も考えられるだろう。なら王妃の席は埋まったも同然だ。無理押ししてお前の機嫌を損ねる必要はない」 


 アルトは古文書を机に置き、軽く肩をすくめた。


「アルビレは引っ込める……と言いたいところだが、まぁ、あいつはそう簡単に諦めないかもしれん。……だが、情勢を見ればそれが最適解だ。安心しろ、必要なら俺が止める。それよりお前は民衆の支持を得る方法を考えろ」


 淡々とそう言うアルトの横顔に、ほんのわずかな笑みが浮かんだ……気がした


(やっぱり、アルトは頼もしい。けど……冷静すぎてちょっと怖ぇな、こいつ……)



 このときの俺は知らなかった――

 アルビレが引くどころか攻め手を強めてくるとは――


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