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上弦月 伝統と嘘

 ノックスは顔から血の気が引いていくのを感じた。

 アストライオス王からもらった古文書に書かれた真実は衝撃的だった。 


「……つまり――あの目はただ、太陽を見るためのレンズでしかなくて。影人の心を見通す力なんて、最初から備わってなかった」

「目を手に入れたところで、太陽が見えるようになるだけ。けど、太陽が見えたところで、光の世界では生きていけない」

「……じゃあ、俺たちは――何の意味もないのにルナを殺そうとしてたってことか……?」


 天人の目は“王の証”。

 影人の心を見通す力を持ち、闇の王になるには欠かせない。

 ――ずっとそう信じてきた。

 この世の常識だと思っていたものは、ただの迷信だった。 


 ノックスは今までの満月の夜を思い出す。 

 四人で魔術を駆使し、武器を振り、寄ってたかってルナを殺そうしていた日々――

 ただ一方的に天女を嬲り殺そうとする、残虐な見世物にすぎなかったのか?


「……天人の目に影人を見通す力があるかどうか……わたくしもずっと半信半疑でした……やはりそんな力はなかったのですね……」

「……でも……太陽を見る力だけだったなんて、誰も教えてくれませんでした。光の王は最初から……わたくしを“捨てる”つもりだったのでしょうか......」


 ルナの声が絶望で、いまだかつてないほど震える。


「……太陽を見られるだけの目に、なんの力があるってんだ。なのに今までずっと、皆、『王になるには天女の目が要る』と信じて、天女たちが無意味に殺されてきた……」

「迷信ひとつで、人はここまで残酷になれるのか……!」   


 ノックスは怒りをあらわにする。 


「……何の意味もない殺人を、伝統の名で飾り立ててきただけ……なんで...…今まで...こんな無意味な制度……誰も変えようとしなかったんだ...?」


 ルナは冷静さを取り戻して話し出す。 


「……この制度がいつから始まったのか定かではありませんが......数万年単位で続いているでしょうね。長年の伝統を壊すのは多大な労力と犠牲が必要ですわ。民の混乱も起きますし。」


 ノックスは、アストライオスの顔が浮かぶ。 


(伯父上は全部分かってて、アンバーを守ろうとしていたのだろうか?) 

(でも結局、制度を変えることができなくて、他の候補者に致命傷を与えられて、仕方なくアンバーの目を奪ったとしたら――) 


 伯父上が長い間、心を病み続けている理由が分かった。


「それに、光の世界側がこの約束を変えようと提案することは絶対にないでしょう。闇の民を光の世界に来させないためには、光の王は手段を選びません……」

「生贄を出すことも、闇の世界で何が起こっているかも、王は興味がないのです。天女の目を求めて影人同士で争っている方が、光の世界から目を逸らすことができて都合がいいですから。」 


 二人は想像以上に重い真実を知ってしまった。

 沈黙が天女と影人の間を流れたその時―― 


 ……ガタッ……ギィ……


 二人は一斉に、扉へ目を向ける。扉の向こうでかすかな物音がした。 


「ノックス......外に何かいますよ......魔獣が入りこんだのでしょうか...…」


 ルナが小声でノックスに話しかける 


「ルナ......俺、今、武器持ってなくて...その細い剣借りて良いか?」


 ルナのレイピアを握り、ノックスが足音を立てないようにそーっと扉に近づく。

 そして勢いよく扉を開け―― 


「どりぁぁぁぁ!!!」


 ノックスが黒い影に切りかかる。 


「うわぁぁぁぁ!!!」 


 黒い影はレイピアの軌道を避け、地面に横たわる。

 廊下の壁に魔虎の爪跡のような傷がついた。 


「誰だてめぇ!!!!……ってリゲル!?こんなとこで何やってんだ!!」 


 尻もちをついているリゲルを見て、ぎょっとしたノックスが叫ぶ。

 リゲルはガタガタと震えながら、魔獣の爪に喉笛を押さえ込まれた獲物のように、恐怖に顔を歪めていた。


「ノ、ノックス...…お、お前、俺を殺す気か…...?」


「リゲル!!お前、何コソコソ隠れてこんなところにいるんだよ!!」


 ノックスも驚いて狼のように大声で吠える。

 よく見ると、地面に狩人オリオンの影の画集が落ちていた。

 表紙にサイフのサインが書いてある。

 

「いや、隠れてたんじゃねぇよ!俺……いや、兄貴がルナにすごい感謝してるから、これ渡してくれって.....そしたら、なんか色々聞こえてきて......内容も内容だし……」

 

 ルナはちゃっかり、画集を略奪するようにリゲルから引き剥がす。 


「これはいただいておくわ......フフ、サイン入りね...…」


「 ……ちなみにいつから聞いてた?」

 

 ノックスがレイピアをルナに返却しながら聞く。


「最初から最後まで……」


(なんてこった。国家機密の真実をリゲルに全部聞かれちまった……) 


 リゲルは複雑そうな顔をしている。


「なぁ、つまりルナの目を手に入れても何の力も手に入らないってことなのか...…?……俺は、ずっとお前を……殺さなきゃ、って……そう思い込んでた……」

「でも王になるための制度ってだけで、なんの正当性もない殺人だったのか……?」

「それに……俺は……あんな最低なことしてたのに、お前は兄貴を救ってくれた...…」


 リゲルが綺麗な顔をゆがめて、珍しく取り乱している 


「どうすりゃいいんだよ...…!!だめだ、頭がぐちゃぐちゃで考えがまとまらねぇ...…とりあえずアルトとカペラには黙っておくから...…じゃあな…...」


 そういうとリゲルは頭を抱えながら階段を降りて去っていった。 


「アイツ、なんなんですの? 何がいいたいのかさっぱりわかりませんわ」


「まぁ……一言でいえば、今までのことを反省してるってことだろ...…」 


「......でもわたくしはアイツがやった新月の夜のこと、絶対に許しませんからね。反省してるからって帳消しにしてもらえると思わないでいただきたいですわ」

 ルナは女王様のようにフンと鼻を鳴らした。


「……そう言うけどさ、さっき画集受け取ったよな?」


「……それとこれとは、話が別ですのよ」

 

 そういいながらも、ルナは青い目をキラキラさせて画集を胸に抱えていた。

 まるでそれが、世界で一番大切な宝物であるかのように。


 ノックスは、その様子を黙って見つめた。


(許さないとか言ってるくせに、嬉しそうじゃん……)


 机の上にはさっき二人で読んだ、重々しい本が置かれたままになっている。

 ノックスは改めて本の真実について考える。


 ――結局、天人の目なんてただの象徴にすぎない。

 闇の民を掌握する力なんてない。

 それでも、この制度のために命が奪われてきた。今までずっと…… 

 どれだけ無意味に、孤独に、犠牲にされてきたんだ……


 全てを飲み込みそうな暗黒の中、冷たくも温かく、全てを暴き出すように月が照らしていた。


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