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上弦月 奪目の儀の起源

 暗い部屋の中で、ルナは本を読み続ける。


『やがて、光の世界に侵略する影人の数がどんどん増えていきました』


『世の乱れを憂いた光の王は、闇の王に提案しました。生贄として一人だけ、天女を闇の世界に送ろう』


『天人の目を手に入れた者だけが光の世界に来ることを許すが、目をもたない影人は光の世界に来ないでくれと。また、天女の目が失われるときに再び生贄を送ってやろう。そう提案しました 』

 

 ルナは明らかに動揺していた。本を読む声が震えていた。

(そうだよな、ルナは次の天女が来ないようにするために、百年間ずっと闘ってきたんだよな……)


 ノックスはルナの肩を服越しに優しくさする。

 ルナは落ち着きを取り戻し、読み続ける。


『闇の王は考えました。どうせ、光の世界で天人を狩ることはできない。でも、暗闇の中で、みんなでよってたかって狩れば、少なくとも一人は天人の目を手に入れることができるかもしれない――』


『そうして闇の王は、その提案を承諾しました。やがて、光の王は闇の世界へとつながる門をひとつだけにしました』


「天人典礼語で書かれているのはここまでですわね……続きは、ノックス、あなたが読んでください」

「わかった……」

 ルナから本を受け取り、ノックスが読み始める。


『天人の目を奪う時は、目が満ちた状態でなければいけない。つまり、満月の夜に奪われた目でなければ、その役目を果たすことができない』


「だから奪目の儀は満月の南中前後だけなのか……それ以外の夜じゃ、『使えない目』しか手に入らないってわけだな」 

「そもそも闇の世界では、満月の日しか魔術が使えませんしね。目の移植魔術も満月しかできない。ちょうどいいのでしょうね」

 ノックスが腑に落ちたように言う。そして乱れた筆跡の古代影人語を読む。


『運よく天人の目を手に入れた影人が光の世界へ渡ったとしても、そこで彼らを待っていたのはすさまじい差別だった。』

『天人と同じ見た目をしているはずなのに、なぜか天人たちは影人を見分けることができる。結局、影人は光の世界で生きていくことはできず、諦めて闇の世界に帰るしかなかった。』 


 ノックスはかつてのアストライオスの言葉が、今になって胸に重く沈んでくる。 


(伯父上の言う通りだ……) 


『……月日が流れ、やがて俊敏な天女を狩る儀式は「奪目の儀」と呼ばれるようになった』

『光の世界に帰れぬ鬱憤を晴らすための行事と化し、天人の輝く瞳を手に入れた影人は憧れと称賛を集め、権威の象徴となった。そのうち、「目を奪った者が王となる」という慣習が生まれた』


『奪目の儀は、月に一度の見世物として民に親しまれた。目を奪った者は、その強さと功績を一目で示せる存在となった。だからこそ、人々は迷いなくその者を“王”と認めてきたのである……』


 影人典礼語はここで終わっていた。

 ノックスは静かにページを閉じた。

 横にいるルナは、ただ黙って天井を見つめている。部屋の隅で、古い蝋燭がかすかに揺れていた。


『天人の目を持てば、太陽を見れるようになる』


 ノックスはしばらく黙り込んだ。

「……太陽を見るための目、って……前半にだけ書いてあったんだな。どこにも『影人の心を見通す』なんて書いてないな」


  ルナも静かに頷く。

「ええ。天人典礼語の方には書いてありますわね。でも……影人典礼語では、そのことが一言も触れられていませんね」


  ノックスはページを指でなぞりながら低く呟いた。

「――太陽を見るための目、か…………つまり、俺たちは“肝心な部分”を読めないまま、後半だけを頼りに……勝手に補ってきた。それが“心を見通す力”だっていう、迷信になったわけか」


 ルナは視線を落とし、かすかに唇を噛んだ。

「でも、読めない言葉で記された真実は、誰にも伝わらなかった……」



 赤い瞳と青い瞳がろうそくの炎に照らされて揺れる。

「ルナは……この本の内容を全部知っていたのか?」


「いいえ、断片的にしか……全部は知りませんでしたわ……」

 ルナは微笑もうとして、できなかった。

 ノックスは言葉を失い、ただ彼女の手を取った。


 その手は、やはりいつもの手袋で覆われていた。

 なにも言わず、ふたりはただ、同じ闇を見つめていた。


 蝋燭の火がゆらめき、壁に二人の影を不安定に映し出していた。


次回、明日木曜日更新です!

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