上弦月 光と闇の分かたれし時
『──むかしむかし、光と闇がまだ分かれていなかった時代』
『世界は一つで、すべての者が、太陽の光を分け合って生きていました』
ルナが寝る前の読み聞かせのように音読してくれる。
『だが、やがて争いが起きました。 敗れた一族は、その輝く目を抉られ、太陽のもとから追放されました』
『闇の世界に落とされた天人達は何万年もの闇をさまよい、自らの血を注ぎ、赤い目を作り出しました。影人と呼ばれる者達の誕生です――』
ルナの声が一瞬、止まる。そして、また読み始める。
『闇の世界は暗くて過酷なため、影人の誰もが光の世界に戻りたいと思っていました』
『しかし、影人たちが光の世界に行くと、皆、目が黒く焦げてしまいます』
『太陽の光はまばゆく、闇で作り出した赤い目は強すぎる光に耐えられなかったのです』
『影人達は、天人の目には太陽を見る力があるのだということ気が付きました。』
「天人の目には太陽を見る力がある……? 影人の心を見通す力じゃないのか?」
ノックスは聞いたこともない事実に驚愕を受ける。
ルナも何かを感じたような顔をしていたが続ける。
『そこで影人たちは考えました。光の民の目を奪えば良いのではないか、と。かつて我らの目を奪ったあの者たちの輝きを、今度は我らの手で取り返してやろう』
『憎しみと渇望が交錯するなか、影人たちは仮面をかぶり、光の世界に行って、天人を襲い始めました』
『……ですが、天人たちは陽光の福音を受けており、その動きは影すら踏ませぬほど俊敏でした』
『影人の誰一人として、天人を捕まえることはできませんでした――』
「いや、でもルナは闇の世界でも速いよな?」
「……あれでも、光の世界にいるときよりははるかに遅いのですよ。月の光は太陽より弱いですから」
ルナはページをめくり、続ける。
『 天人たちには他にも問題がありました。油断した天人に触れた影人たちは、一様にその場で動きを止め、うっとりとした表情を浮かべるのです』
『まるで、太古の昔に見た、太陽のぬくもりを思い出しているかのように――』
『それは、影人達の遺伝子の深層に刻まれた光への郷愁でした。天人たちはそれを心底気味悪がりました』
『仮面をつけた影人が無言で手を伸ばし、肌に触れようとする。その様子は、恐怖すら覚えるほど異様だったのです。それ以来、天人たちは手袋をして生活するようになりました』
「……だから、わたくしはずっと手袋をしているのです。見知らぬ影人がむやみやたらにわたくしに触れたら、とんでもないことになりますから……」
ノックスは上弦の月の夜にルナに触れて感じた感覚や、リゲルが新月の夜にルナに触れていたこと、そしてソルが接触を嫌がっていたことを思い出していた。
(あの感覚は、影人の身体に刻まれた、光への渇望なのか……!)
ノックスはやっとその理由が分かった。
『天人の目を奪おうと襲い、触ろうとしてくるかつての罪人たち。そして彼らはどんなことがあっても、決して涙を流しません。天人たちは、そんな影人たちを殺しはしませんでしたが、心底軽蔑しました』
『いつしか、天人たちはこう言うようになりました。あの赤い目をした者たちは、穢れていると──』
暗い部屋は、静まり返り、ルナの声が重々しく響いた。
ノックスは言葉を失い、ただその声に耳を澄ました。
胸の奥で何かが軋む音がした気がした。
天人典礼語に宿る物語は、まだその幕を閉じる気配を見せなかった。




