五日月 病んだ漫画家(下)
ミンタカは死んだ目で微笑みながら口を開いた。
「僕の弟ね、君と一緒に王候補やってるよ」
「やっぱり……ミンタカさん……あなた、リゲルのお兄さんですよね?」
「えっ?」
突然ルナの顔がこわばり、声が低くなる。動揺が隠しきれていない。
「そうだよ……僕はリゲルの兄だ……リゲルは僕と違ってすごくカッコいいし、小さいころから頭が良くてね。王候補にも選ばれて……僕の自慢の弟なんだ」
「やっぱり……苗字が同じなのと、顔の雰囲気が似てるから、もしかしたらと思いましたがそうでしたか....」
「えっ、ノックス、ミンタカがリゲルのお兄さんだって知らなかったの?てっきり知ってるものだと思ってたわ。」
ポリマが目を見開いて驚く。
「……そう、でしたの」
ルナの声がわずかに低くなった。
彼女の瞳に、どこか冷ややかな決意が宿る。
ノックスは、その変化を見逃さなかった。
そこへ医者がやってきた。
「ウィンターさん、調子はどうですか。」
「全然良くならないね...…日に日に悪くなっていくよ。」
医者は申し訳なさそうにうつむく。
「そうですか...…また来ますね…...」
医者とポリマは深刻そうな顔をして病室を出る。
廊下でミンタカに聞こえないようひそひそと話す。
「先生、ミンタカは……あとどれくらいもちそうですか」
「……良くて一ヶ月。次の満月まで持つかどうか……」
「そんな...」
「研究者達が治療法を必死に探しているのですが、今の闇の医学では治すことができません…...」
空気が鉛のように重くなる。
「そうなのね……私ちょっとミンタカのために飲み物買ってくるわ…...」
ポリマが足取り重く、ふらふらと売店に向かった。
重苦しくため息をつく医者に、ルナが意気揚々と話しかける。
「お医者様、闇の病の新しい治療法の可能性、知りたくありませんこと?」
医者が驚いて顔を上げる。
「えっ、天女様、どういうことですか!?」
「わたくし、この前闇の病にかかりましたが……この夜露で回復いたしましたの」
ルナはポケットから、小瓶に入った透明な液体を右手で取り出した。
「光の世界で咲く太陽の花を、この世界の月光で咲かせたもの。これはその月の花の夜露ですわ」
医者は怪訝な顔をしつつも、前のめりになる。
「太陽の花...…? 月の花……? 初めて聞きました。それは、影人にも効くと?」
「もとは同じ民族ですもの。一か八か、試す価値はありますわね」
「なんということだ……!! ちょっと他の医師たちも呼んできます!!」
医者は慌ただしく奥へ駆けていった。
その背中を見送りながら、ルナはボソッと呟いた。
「……あいつの身内なら、何をしてもいいわね...…貴重なデータがとれそうだ……フフフ...…」
聴力のいい影人には全部聞こえていた。
「……ほんっと性格悪いな、ルナ……」
「えっ? 何か言いましたか?」
振り返ったルナは、世界平和を願う天使のように神聖な顔をしていた。
◇
数分後、ミンタカの病室は野次馬の医師でぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「ウィンターさん、ご存知かもしれませんが、あなたは闇の病に蝕まれています」
「でも、天女様が持ってきてくれた、この月の花の夜露で治る可能性があります」
「効果があるかどうかは保障できません。どうなさいますか?」
新月の夜よりも暗い瞳をしたミンタカは弱々しく笑う。
「そうだな……どうせ死ぬのをここで待つよりは、わずかな可能性に賭けてみたいかな...…その液体を飲めばいいんだね?」
「はいそうです。どうぞ」
医師たちの期待と不安が入り混じった眼差しがミンタカに集まり、緊張感が高まる。
ルナから夜露を受け取り、ミンタカは一気に飲む。
夜露を飲んだ瞬間、ミンタカの身体がわずかに青白く光った。するとみるみるうちに斑点が消えていった。
「おぉ、なんということだ……これはすごい...…!!!」
医師たちが驚きと感嘆でざわざわとどよめく。
「すごい...…さっきのだるさが嘘のようだ……身体が軽くなった……!」
顔色が一気に良くなったミンタカも驚く。赤い瞳には光が戻っていた。
「斑点は消えましたわね。多分もうこれで大丈夫だと思いますが、しばらく様子をみてくださいね」
「なんてことだ、天女様が、闇の病を治したぞ...!!!」
「今まで誰も治療法を見つけられなかったのに……!!」
「世紀の大発見だぞ...…!」
医師たちが歓喜で沸き上がる中、ノックスはルナの独り言を思い出して複雑な気持ちになっていた。
(あいつ、ただのマッドサイエンティストだな...…リゲルの兄貴で人体実験したいだけじゃねぇか...…)
◇
ルナが闇の病に効く薬を持ってきたという知らせは、またたくまに街中に広まった。
天女のおかげで、原因不明の不治の病であった闇の病が治るかもしれない。
その噂は一筋の光のように人々に希望をもたらした。
数日後、ミンタカは無事に退院することができた。
◇
屋上庭園のベンチで、ノックスの筋肉質な肩に寄りかかりながらルナは週刊コスモを読んでいる。
「……なぁ、俺、知ってるんだぞ。ルナはミンタカさんを使って、ただあの夜露が影人に効くかどうか実験したかっただけだろ?」
ノックスは隣に座るルナに問いかける。
「まぁ、ノックス、人聞きの悪いことを言いますわね。あの方は何もしなければどうせ死ぬだけでしたわ。それならわずかな可能性に賭けてみたくありませんこと?」
ルナは悪びれもせず平然と答える。
「……てかなんで人助けしようと思ったの。今まで影人に興味なかったじゃん」
ルナが週刊コスモを閉じ、立ち上がった。銀色の髪がそよ風で優しく揺れる。
「……まぁ、あなたと出会う前は、影人なんてただ目を狙ってくる獣だと思っておりましたけど...…」
ルナは花壇に咲く月の花を大切そうに見つめながら言う。
「あなたやアストライオス王のような影人に出会ってから、考え方が少し変わったのですよ...」
ノックスの方を振り返るルナ。青い瞳が切なそうに輝いていた。
「……それに闇の病にふした影人は皆から見捨てられ、死を待つだけでしょう?」
「……光の世界に生贄として捨てられたわたくしと似ているなと思いましてね」
生贄としてずっと搾取されてきたのに、俺たち影人に寄り添おうとしてくれるのか。
強くて、優しくて、誰よりも眩しい存在。
(……ルナ。君だけは、絶対に俺が守る)
ノックスはルナの柔らかな笑顔を見つめながら決意を新たにした。
気が付くとリゲルが屋上庭園に来ていた。
「あの...…ルナ…...」
リゲルを捕捉したルナは、目を見張るようなとんでもない速さでノックスの後ろに隠れる。
「わたくしの名前を気安く呼ぶな。そして半径3m以内に入るな!」
リゲルは申し訳なさそうに、ためらいながらもルナに話しかける。
「聞いたよ。兄貴の治療してくれたって...…その、ありがとな…...」
(こいつ、『ありがとう』とか『ごめん』とか、いつも素直に言わないのに。珍しいな……)
ノックスはそんなリゲルの変化に少々驚いた。
「でもなぜ……俺の家族に手を差し伸べてくれた? 俺は、お前に……あんなことまでして……」
ルナはリゲルを見たまま、ほんの一瞬だけ口を閉ざした。
「勘違いするな。お前の身内などどうでもよい。わたくしはただ、狩人オリオンの影の続きが読みたいだけなのだ!」
(そういう事になってるのか)
ノックスは素直じゃないルナにくすりと笑ってしまった。
それでも、リゲルの胸に何かが突き刺さった。
それは後悔でもなく、初めて知る無償の奉仕という名の痛みだった――




