五日月 病んだ漫画家(上)
警備任務のついでに、ウロボロス書店で週刊コスモを購入するノックス。帰り道に、リゲルとすれ違った。
「あれ? なんかアイツ、元気なかったな……珍しい」
◇
一日の任務が終わり、月が南西の空に傾くころ。
ノックスは週刊コスモを持って月の塔の階段を登っていた。
「ルナー、いるか?」
ルナは部屋にはいなかった。屋上庭園の方に行ってみると何やら花壇の周りを鏡で囲っている。
「何してんの? 新しい儀式?」
「あっノックス、わたくし、あれから色々考えましたのよ。光の花の生育に必要なのは十分な月の光なのではないかと!」
花壇の周りの鏡が月の光を反射して、わずかだが若干土が光っている。
「...…なるほど、鏡で光を集めたわけね」
「そういうことです! 太陽の花...いえ、これは月の花ですわね。とにかく生育スピードが遅いので速くなればいいなと思いまして」
「……まぁうまくいくかわかりませんが…わたくしも、アンバー姉さまの思いを受け継ぎたいと思いましてね……」
ノックスは一生懸命説明するルナの顔を優しく見つめる。
「そうだ、今週の週刊コスモ」
「まぁ、ノックスありがとう。……前から思っていましたが、あなたはいつも左手で渡すのですね」
そう言って受け取るやいなや、
パラパラパラパラパラパラッ!
すさまじい勢いでページをめくりはじめるルナ。
「ちょ、ちょっと早すぎない!? ページ破れるから!」
「うるさいですわ、今はそれどころではありませんの!!」
「...…ちょっと、これはどういうことでしょう。オリ影が今週も休載していますよ...!!先週も休載してましたよね!?」
「えっそうだったの? 中身見てなかったわ...…」
「今すごくいいところですのよ!! あーもう続きが気になって仕方ありませんわ!!」
ルナは珍しくイライラしている。
ノックスはふと思い出した。
「そういえば、王宮の看護師が、サイフ先生と知り合いだって聞いたことあるな...…」
「えっ、そうでしたの?わたくし、もう少し月の花でやりたいことがありますので、ちょっと詳しく聞いてきてくれませんか?」
◇
王宮の医務室には医師と看護師が駐在している。アストライオス王の治療をしてくれるのも彼らだ。
「こんにちは、看護師のポリマいる?」
「いますよー、ノックス、どうされました?」
ポリマが奥からやってくる。焦げ茶色の短い髪に、切れ長の目のポリマ。
怪我をしたときに手当をしてくれる、みんなの頼れる姉御みたいな存在だ。
「あのさ、漫画家のサイフ先生と知り合いって本当なの?」
「...…どこで聞いたの? まぁ、本当なんだけどね。私、サイフと昔から個人的に仲良いのよ。でもね、サイフ、闇の病になっちゃったのよ...…」
「...…えっ! そうなの!?」
「手の施しようがなくて、もう長くないみたいよ...…」
なんてこった。狩人オリオンの影が読めなくなったらルナがどんなに悲しむか。
「その病院、どこなの?」
「街の中心部にあるアンドロメダ病院よ。今日このあとお見舞いに行くけど、いっしょに行く?」
「いいんですか?あと...…ルナも連れてっていいですか?サイフ先生の大ファンなんで」
「いいわよ。……しかしノックス、天女様と最近距離近くない? 禁じられた恋ってやつ? フフフ……」
「なっ……ちっ、ちがうし……!」
「もう、照れちゃってカワイイわね♡」
ポリマはツンツンとノックスの頬をつついた。
◇
アンドロメダ病院は、街の中でも一番大きい病院だ。グレーの花崗岩でできた立派な建物である。
「さぁノックス、天女様、受付しました。サイフは二階の病室ですよ。行きましょう。」
階段を登ると、廊下の雰囲気が一変した。
空気が重く、どんよりとしている。病室をのぞくと体中に黒い斑点ができた人々が苦しそうに寝ている。
「……ここは闇の病にかかった、末期の人が多いフロアなのよ」
三人は長い廊下を歩き続けると、一番奥の個室にたどり着いた。
扉のところに名前がかいてあった。
『ミンタカ・ウィンター』
「...…ミンタカ?」
「彼の本名よ。サイフはペンネームなの。中にいるわ。」
ノックスは名前を見て、訝しげな顔をしている。
「ミンタカ、お見舞いに来たわよ。今日はあなたの熱烈なファンつれてきちゃったわ」
中に入ると、黒髪で色白の男が寝ていた。切れ長だが優しい目をしている。身体のあちこちが黒い斑点で覆われていた。
「やぁポリマ。いつも来てくれてありがとう。もしかしてそちらはノックスくんと天女様かな?」
「ルナと申します。サイフ先生、わたくし、あなたの狩人オリオンの影の大ファンですわ」
「でもこんなお姿になられて...…心が痛いです」
ルナが悲しそうに言う。
「天女様も漫画とか読むんだね……ちょっと意外だな。でも僕の漫画を読んでくれて嬉しいよ。残念だけど、僕、もうあんまり先が長くないみたいなんだよね...…」
ミンタカの話し方はとても穏やかで優しいが、赤い瞳には絶望が宿っている。
「そんな...…なんてこと……おいたわしい…...」
ルナは慈悲深く聖女のようなまなざしでミンタカを見つめる。
ノックスはさっきからずっと気になっていることを聞いてみた。
「あの...…ミンタカさん、もしかしてなんですけど...…弟さんいらっしゃいます?」
それを聞いたミンタカはいたずらっぽく微笑んだ。
「ふふふ……僕、家族のことは公には隠してるんだけどね...…わかっちゃったかな。弟が一人いるよ。」
ミンタカのその一言でノックスは確信した。
この優しい雰囲気をまとった漫画家の正体が誰なのかを――




