三日月 祝宴の後に
月が傾き、宴は静かに終演を迎えようとしていた。参加者たちは一人、二人とどんどん帰宅していき、広間の人が少なくなってきた。
「ノックス、ちょっといいか。こっちに来い」
アストライオス王が何気なくノックスに話しかけた。
「えっ、伯父上?なんでしょう」
ノックスはさらに人気のない広間の裏へと連れて行かれる。
「これを持ってけ」
アストライオスは大きい袋のようなものをノックスに渡した。
木箱と飲み物が入っている。箱の中をのぞくと、おいしそうな食べ物が綺麗に詰められていた。
「勘違いするな、お前のではない。これをルナに持ってってやりなさい」
「えっ? ルナに?」
アストライオスが遠い目をする。その琥珀色の瞳はどこか悲しげだった。
「私が候補者の時もこのような宴があってな。アンバーは来たがっていたが、もちろん参加することなどできず......」
「代わりに残り物の料理を持っていったら喜んでいたのだ。普段食べているものよりはるかに豪華で美味しいと」
ノックスは月の塔で一人過ごしているルナのことを考えた。
ルナはいつも一日一食しか食べない。
自由に使えるお金もないから、食べたいものを買うこともできないだろう。
「だから、持っていってやりなさい。誰にも見つからないようにな」
「ありがとうございます、伯父上」
「……ところで、お前、まだあの本を読んでいないだろう」
琥珀の瞳が、すべてを射抜く。
その瞬間、胸の奥に隠していた弱さや迷いまで見抜かれた気がして、ノックスは思わず息をのむ。
(やっぱり……心を見透かす力があるんだ。これが、天人の目……王の証か……)
「……はい……まだです。正直、覚悟ができなくて、一ページも開けてません」
一瞬の沈黙。王は深い琥珀の瞳でノックスを見つめる。
「……選ぶのはお前だ。だが、時は待たぬ。満月はすぐに巡ってくるぞ」
ノックスはごくりと唾を飲み込む。
本が自分に託された意味と、その重さを改めて感じる。
アストライオス王と別れ、ノックスは人目を避けるように月の塔へ向かった。
◇
「ルナ、さっきはありがとな! 本当に助かったよ」
ルナはふかふかの椅子に座って月を眺めていた。 ノックスと目を合わせようとしない。
「そうですか、よかったですね。あの眼鏡の妹とも、ずいぶん仲良くしているようで……」
「まぁ、あなたの将来のことを考えたら、その方が良いのでしょうけど......」
ルナは月を見たまま、小さく笑った。どこか諦めたような、悲しげな笑みだった。
「勝手に付きまとわれてるだけだよ。それより、お土産だぞ」
木箱を開けると料理のいい香りが部屋中に充満した。
おいしそうなにおいにつられてルナも振り向く。
「わぁ、すごくいい香りですね……見た目はいまいちですけど。いただいてもよろしいのですか? 」
「もちろん。伯父上ががルナにどうぞって」
「えっ、アストライオス王が? どういうことですの?」
ノックスは事の経緯をルナに説明する。
「そうでしたか......アストライオス王はお優しいのですね。アンバー姉さまはパーティー大好きでしたから、行きたがっている姿が容易に想像できますわ」
香ばしく焼かれた肉をかぶりつき、ルナの頬が幸せそうにほころぶ。
「あと、これありがとな。ピン、好評だったよ」
ノックスはクラバットピンを返す。
「それは良かったですわ。普段の武骨な格好も悪くないですけど、たまにはビシッとした格好を見るのも悪くないですわね」
ルナは料理を頬張りながらノックスに微笑んだ。
その何気ない仕草に、ノックスの胸の奥にあった重さが、ほんの少し和らいでいく。
(本のことは……今は考えない。満月は、まだ少し先だ)
窓の外にかかる三日月が、二人の部屋を静かに照らしていた。




