三日月 王宮の祝宴
今夜は三日月の宴が開催される。
王候補者が貴族達と親睦を深める非公式な夜会だ。
あと数刻で開始するという時間に、ノックスは月の塔にいた。
「あー、宴とかマジでめんどくせぇ。こんな窮屈な服着ないといけないなんて、ホント勘弁してほしいよ」
当たり前のように、ルナの部屋の鏡を使って身支度をする。
「......昨日の今日で、しかも宴の直前にも関わらず、なぜわたくしの部屋にいるのですか!!」
「えっ、いいじゃん、だめ? てかさ、どのクラバットがいいと思う?」
ノックスは深紅と橙色、茶色のクラバットを取り出す。
「なんですか、この悪趣味な二つは...…この中だったら、深紅が1番いいですよ」
そういうとルナはノックスの首にクラバットを手際よく巻き付ける。
引き出しからピンを取り出し、仕上げにつけてくれた。
太陽の形をした黄金の土台に、大きなダイヤモンドがついている。
「わたくしのピンを貸してあげましょう。闇の世界では手に入らないものなので、なくさないでくださいね」
ノックスは鏡を見る。赤い瞳に深紅のクラバットが映え、ゴールドとダイヤモンドの輝きが良い差し色になっていた。
「すごい雰囲気変わったな......ありがとう、ルナ。おっと、もう時間だから行ってくるわ!」
ノックスは大急ぎでルナの部屋を出ていった。
◇
王の広間につくと、たくさんの人でにぎわっていた。珍しくアストライオス王も来ていた。
アストライオス王が立ち上がって杯を掲げる。
「この宴はただの遊びではない。共に盃を交わし、共に踊り、互いを知るための場だ。王たる者に必要なのは、民と共にある心だと心得よ」
重々しい言葉に広間が静まり返る。琥珀の瞳が候補者たちを順に見渡す。その瞬間、逆らえないような視線に、広間にいた誰もが息を呑んだ。
――見透かされる。
胸の奥に隠した欲望も、野望も、弱さも。
天人の目に射抜かれれば、すべて暴かれてしまう――
その感覚は恐ろしく、同時に畏れ多いほどの神秘でもあった。
候補者たちは無意識に姿勢を正し、長老たちは深く頭を垂れる。
貴族達も、目を合わせるのを避けながら、どこか敬虔な面持ちで王を仰いでいた。
天人の目には影人の心を見抜く力がある――それは、恐怖と尊敬を同時に抱かせる、王の証そのものだった。
「……さあ、宴を楽しむがよい」
王の開宴の合図とともに、煌びやかな広間は熱気に包まれた。
まず視線をさらったのは――
細身で涼やかな顔立ちのリゲル。白を基調とした正装が夢物語から出てきた王子様のようだ。
貴婦人たちの間から、抑えきれない小さな悲鳴やため息が漏れる。
「まあ……あれがリゲル様……」
「まるで月の光をまとった彫刻のよう……」
そんな囁きがあちこちで起こり、会場の女性の視線を釘付けにした。
「ノックス様、ごきげんよう!クラバットがよくお似合いですわ。ピンもとても素敵ですね」
いつの間にか、ノックスの隣にアルビレが引っ付いていた。
兄と同じ暗い灰色の髪を丁寧に巻き上げ、宝石の髪飾りが輝く。
淡い紫色のドレスには、胸元や袖口には細かな銀糸の刺繍が施されている。
「あぁ、ありがとう」
「これからダンスが始まりますよ。一曲踊りませんこと?」
「いや、俺はダンスとか無理......」
「いいから行きましょう!」
アルビレに腕を引っ張られ、仕方なく一曲踊る。
近くでカペラがエリナと一緒に踊っていた。エリナは華やかなゴールドのドレスで、カペラは青を基調としつつも、同じくゴールドのクラバットを身に着けている。二人は視線を絡ませながら楽しげに笑っている。
アルビレがちらりとエリナに視線を走らせた。
「……さすが美貌で評判のエリナ様。見栄えだけは立派ですわね」
「アルビレちゃん、ひとこと余計よ」
エリナに聞こえていたようだ。微笑みながらもきっぱり返す。
「私たちは夫婦として出ているのよ。結婚相手を探しに来ているのではなくてね」
一瞬、2人の間の空気がぴりっと張りつめる。
ノックスは気づかぬふりをして踊り続けた。
(ルナが一緒に来れたらな......絶対無理だけど......)
そう思いながら、ダンスのあと飲み物を取りに行く。
「いいクラバットピンだな。ところでアルビレはどうだ、ノックス」
全身が黒曜石のように真っ黒なアルトに声をかけられる。
「うん、まぁ......」
「というかノックス。お前、なぜ上着を着てないんだ。公式な宴だぞ」
そう言われてノックスはハッとする。
(まずい、多分、ルナの部屋に置いてきた.......!)
あたふたと焦っていると、ふと、どこかから視線を感じた。扉の向こう側を見ると、銀色の髪がチラチラと見えた気がした。
急いで扉のところに行くと、ルナが上着を持って立っていた。
「あなたね......この前の手袋といい、わたくしの部屋に色々忘れすぎですよ!! 」
ルナが周りに気づかれないよう、ひそひそとノックスに文句を言う。
「ありがとな、助かるわルナ!」
「じゃあわたくしこれで帰りますので――」
「あらぁ、天女様じゃないですかぁ♡」
ノックスの後ろからアルビレが登場した。アルビレはさっきからずっとノックスの近くに張り付いている。
「なんでこんなところに天女様がいらっしゃるのかしら? 招待されていないでしょう?」
華やかな装いを普段着のルナに見せつけるアルビレ。にこやかにしているが、言葉の端々にトゲがあった。
「ええ、そうですわね。わたくしはただの生贄ですから。忘れ物を届けに来ただけですわ」
ノックスはルナから受け取った黒い上着を羽織る。それを見たアルビレは表情が消え、明らかに動揺が見られた。
「えっ......? どういうことですの?」
「あなたには関係ないですわね。わたくし、もう帰ります。どうぞお二人でごゆっくり」
「......その格好、よく似合ってますよ」
最後は小声でそういうと、ルナはすたすたと去っていった。
「ノックス様...…? 」
ノックスとアルビレの間に気まずい空気が流れる。
その沈黙を破ったのは、柔らかな笑みを浮かべたエリナだった。
「……まあまあ。せっかくの宴なのに、そんな顔をしていたら台無しよ」
アルビレは振り返り、わずかに警戒をにじませる。
エリナが着ているシャンパンゴールドのドレスは胸下で切り替えられ、緩やかに広がっている。母となる姿を隠すのではなく、気品と落ち着きで包み込むような装いだった。
「……エリナ様」
「先ほどから、ずっとノックス様のおそばを離れず……熱を上げていらっしゃるご様子ですわね。けれど、正式にご婚約されたわけではございませんのよね?」
アルビレの貼り付けたような笑顔が一瞬固まる。
「ええ。けれど、次期王に近いお方のおそばにいるのは、心強いものですわ。
それに比べて……王になるお気持ちが薄い方を支えるのは、大変ではなくて?」
アルビレの言葉を聞いて、エリナの赤い瞳がわずかに揺らぐ。
「王妃というものは、夫を支えてこそ輝くもの。私にはその覚悟がありますわ。アルビレちゃんのように約束されてない立場ではなくてよ」
アルビレはわざとらしく、純粋無垢な少女のように驚いた顔をしてエリナを見下ろす。
「まぁ……でも、未来を夢見ることができるのも若さの特権。エリナ様は現実的でいらっしゃるのね」
「ふふ、いいですね、若いって。どんな夢でも見られますものね。うらやましい限りですわ」
一見、謙遜めいたエリナの口ぶり。だが、その奥には確かな自負がにじむ。
――この二人、知り合いだったのか。
よく分かんないけど雰囲気めっちゃ悪いな。
女って怖ぇ......
というか俺、関係ないよな......?
ノックスは、女たちがバチバチと火花を散らしているのを傍観していた。
そのとき、リゲルがどこからともなくやってきた。
正装が似合いすぎて、男っぷりが3倍は強化している。
リゲルはグラスを軽く揺らし、色気を撒き散らしながら呟いた。
「……王妃ごっこは楽しいか? もっとも、次の王が俺なら全部無駄だがな」
場が一気に凍りつく。
アルビレが口を開けて声を荒げる寸前。
「エリナ〜! 飲み物持ってきたよ〜、少し休も? お腹の子にもよくないよ~」
カペラも陽気に笑って2人の間に割って入った。
「……あら、あなた♡ 気が利くのね、ありがとう♡」
エリナは頬を染めつつも、これ見よがしに嬉しそうに夫と腕を組んで2人でどこかへ行ってしまった。
「……妹よ、また無茶をしているな」
近くにいたアルトはボソリとつぶやき、妹のことを心配そうに睨んでいた。
アルビレは悔しそうに唇を噛みしめる。
ノックスは居心地の悪さから逃げ出すように、料理が並んでいる机の方へ避難した。
その様子を玉座から眺めていたアストライオス王が、ふと杯を掲げる。
「……よいぞ。若き者たちが競い合い、笑い合う姿こそ、民が望む未来の証だ」
琥珀の瞳が候補者たちをゆっくりと見渡す。
「さあ、今宵はただ楽しめ。明日のことは明日考えればよい」
その言葉に合わせて楽団が音を高め、再び広間は華やぎに包まれた。




