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二日月 本音と建前

 細い月が南西に傾くころ、ノックスが週刊コスモを持ってきて月の塔にやってきた。 

 今日は勉強会の日だ。


「ノックス、あなた、これ忘れてましたよ」 


「あっ、ありがとな!どこにもないと思ってたらこの部屋に忘れてたかー」 


 嬉しそうに受け取るノックス。 


「そういやさ、カペラわかるよな、金髪の電気鞭使ってるやつ。子供ができたらしいよ」


 本を読みながらノックスが言う。


「そうでしたか。おめでたいですわね」

(知ってます。さっき盗み聞きしましたから) 


「なんか、アルトが急に妹紹介してきたし、急になんなんだ。わけわかんねぇ」 


 ――あの眼鏡の男、父上に似ている。感情抜きで合理的に駒を進めるタイプ...…

 妹を王妃に据え、自らは外戚として政の中枢へ――冷徹な算段だ。

 まぁむっつりスケベなところは父上とは違いますが。


「ノックス、あなたはいつか誰かと結婚したいと思っているのですか?」 


「えっ、急にどうした? まぁ、今は考えられないけど...…」


 ルナの方を意味ありげにちらちら見ながら、ノックスが言う。 


 ――この男は、わたくしとの未来を夢みているのかしら……

 わたくしもノックスに惹かれている。

 それは否定できない。

 でも彼の将来のことを考えたら、影人と結婚するほうが良いに決まってる。


「……こんなところに来てないで、その眼鏡の妹とやらと仲良くしたらどうです?」 


「……えっ?」 


「影人同士、お似合いじゃないですか」 


「なんで、そんなこと言うんだよ...…」


 ノックスは明らかに気分を害している。ルナは静かに口を開く。


「……わたくし、子供を産めないのですよ」


「……え?」


「光の世界を離れる前に、子供ができない体にされました。光の王は、影人のことを心の底から軽蔑しているのですよ。『光の民が闇の民との間に子を成すなど、生理的に受け入れられない』 ……そういう理屈なのでしょうね」


「……!そんな……どうしてそこまで冷酷になれるんだ……!?」 


 ノックスは衝撃を受け、赤い眼差しの奥で、何かが崩れたように見えた。

 ルナはゆっくり微笑む。どこか寂しげな、でも澄んだ微笑み。 


「だから……わたくしに未来を夢見てはいけませんよ。ノックス、目を覚ましてください。

  あなたが王になるには、わたくしの目が必要なのですよ? ……まぁ、そう簡単には奪えないでしょうけれど。あなたはもっと、もっと未来のある娘を探すべきですわ。」   


 ――アストライオス王も、アンバー姉さまと一緒になれなかった。

 ノックスが王になる時、わたくしは目を奪われて死ぬ。

 あなたが望む未来の先に、わたくしの命はない。

 だから……夢など、見てはいけないのですわ。


 ノックスは、何か言いかけて黙る。 


「……でも、そう言っておいてなんですが。こうして誰かと心を通わせることが、この暗い闇の世界でどれほど救いになるか……わたくし、初めて知りました」 


(はっ、いけない、本音がもれてしまいましたわ)


 慌てるルナを横目に、ノックスが困惑しながらも優しく言う。 


「……俺は、王になりたい。でも、そのために君を殺すなんて……俺にはできない。こんなことしてたらずっと王になれないし、矛盾してるのは分かってる。でも、誰にどう思われようと、俺は......君を守りたいんだ」 


 その言葉を聞いて、ルナの胸に熱いものがこみ上げてくる。 


(バカな人。本当に、愚かな影人だわ。こんな言葉を、聞きたいと思ってはいけないのに……胸が震えてしまう)


 ルナの青い瞳に、少しだけ涙がにじむ。 


「……そんなことを言ってくれたのは、この百年間で、あなたが初めてですわ。それでもやっぱり、あなたの未来が、明るいものだといいですわね……」  


 ノックスは何か言いかけてやめる。

 しばらくの間、ほとんど話さずに勉強を続けていた。


「……じゃあ、また来てもいいか?」

 月が西の空に沈む頃、ノックスが言った。


「……えぇ、もちろんですわ」

 ルナは少し驚きながらも、断らない。


 ノックスが立ち上がり、月明かりに照らされたルナの横顔を一瞬だけ見つめる。


(どんなにお互い惹かれ合っていても、わたくしたちの未来なんてない……)


 二人はお互いの表情を見ないまま、同じ月を背に、静かに別れた。



 ふと、ルナは屋上庭園のあの花を思い出す。

 先代天女アンバーとアストライオス王が咲かせた、月の花。


 ――あの二人も、お互い愛し合いながら、未来を持てなかった。

 それでも花を咲かせようとしたのは……希望を、託したかったからかしら。


 沈みゆく月をぼんやりと眺めながら、ルナは物思いにふける。


 ――わたくしも、いつかこの世界から消えてしまうでしょう。

 未来がないなら、せめて希望を残すこと。

 それがわたくしにできる唯一のこと……


 月が沈み、業火が遠くで赤く燃え上がる頃、ルナは静かに心に決めるのであった。


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