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寝待月 先代天女アンバー(下)

「……それから私はアンバーの亡骸を屋上庭園に埋葬し、アンバーの部屋にあった太陽の花の種を蒔いたのだ」  

 

 アストライオスが俯いて話す。琥珀色の瞳には闇が宿っている。


「……アンバーが死んだあの日から、彼女のことを考えなかった日はない。私は今でも、あの太陽のような笑顔が忘れられないのだ。だから結婚もせず、ずっと1人で生きてきた。」


 岩のようなアストライオスが静かに言う。 

 

「そのあと……好奇心で光の世界にも行ってみたこともある。あそこは驚くほど美しい場所だ。空は青く、花は風に揺れて、まぶしいばかりの光に満ちあふれて……あれは、呪われるほどに美しい世界だ」 


「それにもかかわらず、我々に対し根深い差別意識がある。……目を手に入れ、天人と同じ姿になっても、彼らはすぐに見抜き、決して同じ者として扱ってくれないのだ……待っているのは侮蔑の言葉と嘲笑、そして暴力だ。残酷で、我々影人が生きていけるような場所ではない。」


 ノックスは目を見開いた。

 皆が夢見る光の世界が残酷だなんて、叔父上の口からはじめて聞かされた。

 胸の奥がざらりと冷える感覚。だが同時に、ソルの無神経な態度を思い出すと、妙に腑に落ちるものがあった。

 

(そうか、あれはただの無知じゃない。根底にある差別の表れなのか)

 ノックスはゆっくりと頷き、重苦しい現実を受け止めた。


 隣でルナが静かに目を伏せる。

「……わたくしは、光の世界で影人への差別があることはずっと知っていましたわ。それでも……王になるには、やはり天女の目が必要なのですね」

 

 王は窓の外にふと目をやる。少し欠けて膨らみが残っている月が闇を照らしていた。

「……いつも後悔しているのだ。なぜあの満月の夜、アンバーを守ることができなかったのかと。そして……彼女の目を手に入れることに……意味はあったのかと……」  

 

 その言葉を聞いて、ノックスの背筋にひやりとしたものが走る。


 ――守りたい。どんなことがあっても、ルナだけは。

だけど……王になるには、結局その命を奪わなきゃならないのか……?

伯父上ですら守れなかった。じゃあ俺も……同じ未来を辿るのか……?


そんな未来を想像すること自体が、ノックスは恐ろしくてたまらなかった。


「……五十年間は王としてなんとか職務を全うしていたが、だんだん心を病んでしまい、政務ができなくなってしまった。そして百年前に君が送られてきたのだよ、ルナ」 


 アストライオスは虚ろな目をして続ける。


「私の命の灯火は消えかかっている。それでも、毎日、屋上庭園で花の世話をすることでなんとか心を保ち、ここまで生きてきたのだ……アンバーとの約束を果たすために……そして百五十年かけて、やっと、最近花が咲いたのだ……」 

 

「……残酷なお話ですが、姉さまの思いを知ることができて、よかったですわ……」

 ルナがやっとのことで言葉を紡ぎだす。 

 

「……アンバーはいつも言っていた。この闇の世界に光を咲かせたいと。

 私とアンバーが咲かせた花が、君の命を救った。

 それだけで私は……少し……報われたような気がするのだ……」

 

 琥珀色の瞳からはらはらと涙がこぼれる。

 岩のように揺るがぬと思っていた伯父上が、いまは一人の男として泣いていた。

 ――尊敬する伯父上が、こんなに辛い過去を背負っていたとは……

 その姿に、ノックスは不思議なほど目が離せなかった。


 アストライオスは震える手で涙を拭い、本棚から重厚な本を取り出した。


「……ノックス、お前に託したいものがある」


 それは表紙が擦り切れた、歴史を感じる古い本だった。


「これは、天人の目の真実を記した王家の極秘文書だ。後半は影人典礼語で書かれている……儀式や古い祭祀でしか使われない言葉だが、お前は学んでいるから読めるだろう。前半は天人典礼語で記されている。でも、天女なら読むことができる」


「……ルナが?」


「……これは天女の目の真実を記した王家の極秘文書だ。影人と天人が力を合わせると読むことができる。だが、そこに書かれていることが、お前にとって希望になるかどうかは分からない。むしろ……耐えられないほどの重荷になるかもしれん」


 王の琥珀色の瞳に、星のようなわずかな光が宿る。


「私はもう長くない。心が日に日に蝕まれていくのを感じる。お前しかいないのだ。……だがこの内容は、決して軽々しく口にするな。そして、真実を知った時、どうするか、よく考えなさい」



 こうして二人は王の部屋を後にした。

 ノックスは古い本を抱きしめるように持ちながら、その重みは鉄のように冷たく、胸の奥に沈んでいく。


(何が書かれているんだ……読むのが怖い……)  

この本を開いた瞬間、ルナを失う未来が現実になってしまう気がする。


隣を歩くルナもまた、無言のまま視線を伏せていた。

先代天女の最期を聞いてしまった衝撃。  


それでも、横にノックスがいるだけで、ほんの少しだけ心が安らいだ。

救いではなく――ただ、この重さを一人で抱えずにすむというだけの安らぎ。


二人の影が長い廊下に並んで落ちる。

それは、どこか過去のアストライオスとアンバーの影と重なるように見えた。

だが、その影は重苦しくも確かに前へと伸びていた。

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