満月 アストライオス王の秘密
ノックスは宮殿内にある、王の部屋へと急いだ。
王の部屋は、豪華な調度品で満ちていた。天井まで届く書棚には、古文書がぎっしりと並んでおり、大きな寝台の上に、アストライオス王は腰をかけていた。
琥珀色の瞳がノックスをとらえる。
「……伯父上、お願いがあります。 太陽の花ってご存知ですか?
ルナが、闇の病で死にそうなんです。俺には、天人の目がない。
光の世界に行けないんです。
でも伯父上なら、光の世界に行ったことありますよね?」
アストライオス王は黙ってノックスを見つめていた。
その琥珀色の視線に射抜かれた瞬間、胸の奥まで見透かされているような錯覚に襲われ、思わず息をのんだ。
(天人の目の力で、心の中を全て覗かれているような気がする……)
それは抗えない、圧倒的なまなざしだった。
「 ……あの天女を助けたいんだな。気持ちは分かる。……痛いほど、な。
だが光の世界に行くことはできない。私のこの朽ちた身体では厳しいのだ」
ノックスは言葉を失った。
「で、でもルナを助けたいんです!」
「それ以上に、あの地には私が二度と近づきたくない理由がある。……これ以上は語れん。だが一つだけ言える。光の世界は、皆が思っているような場所ではない。」
アストライオスはそう言ったきり、視線を空に向けた。
それでも、ノックスは尊敬する伯父に一歩も譲らなかった。
「伯父上、お願いです。あいつはプライドが高くて、強がってるけど、かわいそうなくらい孤独なんです。だから俺だけでも、味方になってやりたいんです……どうしても。伯父上にしか頼めないないんです。」
それは、王候補者としてあるまじき発言だった。
生贄天女の目を奪っていずれ王になるであろう候補者が、天女を救いたいという、矛盾。
長老メラクに聞かれていたら、候補者の資格を剥奪されていてもおかしくなかっただろう。
アストライオスは否定も肯定もせず、朽ちかけた植物のように沈黙していた。
ノックスは諦めかけたが、なおも言葉を絞り出した。
「……じゃあ、もう手はないのか。俺に、ルナを救う手段は……」
王はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。
「……太陽の花と言えるかどうかわからんが、それに近いものがあるぞ」
◇
アストライオスに連れられて行ったのは、月の塔の屋上庭園だった。
ちょうどルナの部屋の上の階だ。この世界で月に最も近い場所だろう。
(何回も月の塔に来てるけど、こんな場所があったなんて……多分、ルナもこの場所を知らないだろうな)
屋上庭園の奥の花壇に、青々とした草が群れていた。
まだ花をつけていないものも多い中、十本ほどが花を咲かせていた。
大きな花弁が星のように広がり、ふんわりと青白く光っている。
その光景は、まるで闇の中に点々と灯った小さな明かりのようだった。
「……伯父上、これは何ですか?」
琥珀色の瞳がわずかにきらめいた気がした。
「この花の下に、かつて私が目を奪った天女の亡骸が埋まっているのだ」
ノックスは驚いた。闇の世界では誰かが亡くなると、昼間に燃え上がる業火で骨が灰になるまで焼いてしまうからだ。
「……アンバーと約束したのだ。自分の亡骸の上に太陽の花の種をまくようにと。月の光は弱いから生育が遅かったが、百五十年かかって最近、花が咲いたのだ」
――先代天女アンバーと約束した?
でも結果的に、天女の目は伯父上のものになっている。
伯父上は先代天女と一体どういう関係だったのだろう?
アストライオスは感情の消え失せた声で続ける。
「アンバーが言うには……太陽の花は黄金色に光るらしいのだ。だが、見ての通り、青白く光っている。これが本当に太陽の花と言えるのか……定かではないのだ」
闇の王は青白い花を、悲しそうに見つめていた。
「……生きていたら、喜んでくれただろうか」
そして、ふと、アストライオスの琥珀色の目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
闇の世界に住む影人は、涙を流すことができない。
だが彼は——天女の目を持つその男は、確かに、泣いていた。
ノックスは見てはいけないものを見てしまったような気がした。
アストライオスは花を一輪折って、ノックスに渡した。
「この花なら代わりになるかもしれない。早くもっていってやれ。ルナの部屋はすぐそこだろう」
「あ……ありがとうございます……伯父上……」
なんだか釈然としなかったが、ノックスはアストライオスに背を向け、急いで階段を降りた。
◇
「ルナ!!」
「……何なんですかさっきから、本っ当にうるさいです。静かに寝かせてください」
寝ていたであろうルナが、不機嫌そうにノックスを見た。
「ルナ、太陽の花かどうかわかんないんだけど、代わりにこの花じゃだめか?」
今にも倒れてしまいそうなルナに青白く光る花を見せると、ルナは青い目を見開いた。
「この花……太陽の花と同じ形をしていますが、月光のように青白く光っていますね……太陽の花はもっと金色に輝くように光るのですが……これをどこで?」
「この部屋の上に屋上庭園があるんだよ。知ってたか? そこに咲いてるんだ。伯父上が教えてくれたんだ。」
ノックスはルナに青白い花を渡しながら、祈るような気持ちだった。
(どうかルナを救ってくれ......)
ルナが花についた夜露を飲んだその瞬間。
淡い青白い光がルナの体を包み、夜の闇を照らした。
腕に浮かんでいた斑点は、一瞬で掻き消えた。
「だるさが一気になくなりましたわ……」
「すげぇ......よかった……!」
ノックスは安堵の溜息をもらす。
ルナはふと、花の匂いを嗅いだ。
すると突然、青い瞳からポロポロと涙がこぼれた。無意識のうちに頬を伝う涙に、ルナ自身も驚いていた。
「この花……アンバー姉さまのにおいがする……懐かしい香りですわ……」
(そうか、先代天女を思い出したのか……従姉だもんな……)
ノックスは、ルナの突然の涙の理由に納得していた。
だが、ルナが泣きながらノックスを見つめていたことに、彼は気づかなかった。
「……わたくしのためにここまでしてくれてありがとう、ノックス……でも、この前のことは、まだ許してませんからね」
その声には怒りはなく、柔らかい響きがあった。
「うん……悪かったよ……」
「でも……先週号と今週号の週刊コスモを持ってきたら、許してあげます」
「なんだよ、それ……」
ノックスが呆れたように言うと、ルナの口元がかすかに緩んだ。
「ふふふっ」
ルナがやっと笑ってくれた。
二人で顔を見合わせ、ノックスもつられて笑ってしまった。
ルナの看病をしながら、ノックスはずっと頭から離れないことがあった。
伯父上と先代天女アンバーの間には、何があったんだろう――




