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満月 傷ついたルナ

 ノックスは息を切らせながら、月の塔の階段を駆け上がった。

 冷たい石の階段が、足元から熱を奪っていく。

 それでも止まらない。

 心臓が喉元まで跳ね上がっている。

 

 息を整える余裕もなく、ルナの部屋に辿り着く。

 重たい扉を押し開けたその瞬間、部屋の中に漂う、静かな気配がノックスの心を締めつけた。


「ルナ!!!」

 

 そこには、奪目の儀で傷ついたルナが寝ていた。 


「……ノックス、病人が寝てるのに騒がしいですよ」


 薄く開いた唇から、かすかな声が漏れた。

 彼女の声音は、まるで水底から響くように弱々しく、どこか現実感を欠いていた。

 相変わらずの憎まれ口だ。でもいつもより明らかに覇気がない。 


「大丈夫か!? リゲルの矢が刺さったところはどうだ?!」


「矢の傷よりも、疲れがたまっているのか、ものすごく体が重くて……」 


 ノックスはハッとする。大急ぎでルナの袖をまくると、腕に黒い斑点ができていた。


「こ、これは、闇の病……!」 


 この世界の誰もが恐れる闇の病。最悪の事態が起こってしまった。 


「……遂にわたくしも闇の瘴気にやられてしまいましたか……この百年間、毎日月光浴をして気をつけていたのですが……」 


 ルナの瞳は満月の光を宿して輝いているはずなのに、どこか虚ろだ。 


「そろそろ潮時ですわね……ここまで頑張ってきましたけど。……先ほど、眼鏡をかけた候補者が来ました……わたくしの弱った姿を見て、笑っていましたね……」 


「アルトか……あいつ……」


 唇を噛みしめて張り詰めているノックス。ルナは力なさそうに微笑む。 


「ふふ、あなたは本当に変わった影人ですね……獲物が弱っているのを見て悲しんでいるなんて。……でも良かったですね。今度の満月の夜は、きっとわたくしの目を手に入れられますよ」


「……そんなことを言わないでくれ! 俺はっ……君に生きていてほしいんだ!!」 


 ノックスは声を荒げる。

 胸が張り裂けそうで、怒りと悲しみが行き場をなくす。

 影人は涙を流せない。

 だからノックスは唇を噛み、拳を握りしめるしかなかった。


 ルナの胸の奥に、かすかな温もりが灯る。

 だが、それを悟られまいと彼女は自分で押し殺すように笑った。 


「そんなの綺麗事ですわね……」


 ノックスは一歩近づき、必死に問いかける。


「ルナ、俺はどうしたらいいんだ……俺は君を守りたいけど、目を奪わないと王になれない……だったらせめて、今だけでも……何か、俺にできることはないか?」


 ルナはしばらく、窓の外の満月をうつろな目で眺めていた。

 そして、ふうっと深いため息をついてから、口を開いた。


「太陽の花の朝露がほしいです。……無理なのはわかってる。でも、もしも願いが叶うなら……それがほしいんです」 


「太陽の花、だな? それを探せばいいんだな?」


 青ざめた顔で、ルナが鼻で笑う。


「ノックス、太陽の花は光の世界にしかないのですよ。この闇の世界では、育たないのです」


 ノックスはベランダの方に目を向ける。

 ――土だけの鉢植えはそういうことだったのか。   


「……っでも、俺がなんとかする」 


「どうするつもりですか? あなたは天人の目がないから、光の世界には行けないでしょう。」 


「……この世界に一人だけ、光の世界に行ける影人がいる。伯父のアストライオス王だ。伯父上に聞いてみる」 


 それを聞いたルナがふっと呆れたように笑う。 


「……わたくしの従姉、アンバー姉さまの目を奪った、王に頼むのですか?生贄天女の具合が悪いから、太陽の花がほしいと?」

「……そんな馬鹿げたお願い、王が聞いてくれるはずがないでしょう。他の者同様、目を奪う絶好のチャンスだと、ほくそ笑んでいることでしょうよ」


「……無謀かもしれないけど、聞いてくる。俺を信じて待っててほしい」

   

 ノックスはルナの頬にそっと手を伸ばしかけた。

 けれど、あと数センチのところでその指は止まる。

 ノックスはそのまま手を下ろし、深く息を吐いた。


「……絶対、何とかするから」


 ノックスの大きな背中を見送りながら、ルナは重たい目を閉じた。

 影人が階段を駆け下りる音が廊下に響きわたっていた。


「……本当に、変わった影人ですね……」


 天女の微笑みは、誰にも見られないまま闇に沈んだ。

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