満月 葛藤、奪目の儀
「……なぁカペラ、あの二人、なんだか最近おかしくないか」
「え~? ノックスとリゲルのこと?」
奪目の儀を前に、ふたりは魔力コントロールも兼ねて盤上ゲームに興じている。
白く渦巻くアルトの駒が、カペラの黄色く電気を帯びた駒をなぎ倒す。
「そうだ。いつも軽口をたたいているのに、この前、無礼な天人が来た時は、目も合わせようとしなかったなと思ってな」
「確かに〜。それにしてもあの天人、めっちゃ感じ悪かったよね。でもさ、ノックスとリゲルって、そもそも仲いいのか仲悪いのかよくわかんなくない?」
カペラは放電する黄色い駒を軽やかに動かしながら歌うように言う。
「まぁ所詮、私たちは王候補者。友達ではなく王の座を賭けた、いわばライバル同士だからな……って、おおっと?!」
カペラの最後の一手で、アルトの白い駒に雷が落ちる。
「チェックメイト。 アルト、油断したね〜! 俺の勝ち〜!」
カペラが斬新な戦略で土壇場で逆転勝ちした。
「くそっ、その手があったか……! 思いつかなかった……やる気はないくせに、頭の切れるやつめ……!」
「フフン♬」
カペラの勝ち誇った笑みを最後に、空気が一変する。
いつの間にか、闘技場を取り囲むように観衆のざわめきが広がっていた。
「遊びはここまでだな」
アルトが冷ややかに言い、刹那、緊張が張り詰めた。
――王の座をかけた、今宵の奪目の儀が始まる。
◇
満月が闘技場を白く照らしていた。
戦闘服に身を包んだルナを見て、ノックスは心苦しさを感じる。
――結局、この前の上弦の月の夜からずっと会えなかったな……
ふと、ルナの様子をよく見ると、いつもより顔色が悪いような気がした。
「奪目の儀――始め!」
号令と同時に、炎・氷・雷・風が交錯する。
観客席から歓声が上がる中、ルナは軽やかに地面を蹴った。
序盤は、ルナは攻撃を避けていた。
氷矢が足元をかすめ、雷鞭を踏み台にして飛び、風刃を背後で切り裂く。
リゲルの矢が空を裂き、空から氷を降らせる。
観客席から歓声が沸き起こるたびに、ノックスの胸は焦燥と劣等感で締めつけられた。
――リゲル……やってることは最低だけど、やっぱり強えぇ……
あんなやつと王座を狙って競わないといけないのか……
だが同時に、いつも冷静なルナの動きにほんの一瞬の遅れを見た気がして、心臓がざわめく。
みんなが熱狂する中、ノックスはただ一人、彼女の顔色の悪さが頭から離れなかった。
「よく動くな」
リゲルが淡々と弓を引く。
氷の矢は蛇のようにうねり、ルナの背を追う。
レイピアで弾き、軌道を逸らすたび、観客が沸いた。
雷が背後を走った。
カペラの鞭が閃き、稲妻が地を這う。
「当たれば痺れるぞ~」
軽い声を背に、ルナは反転し、鞭の軌道を踏み越えて跳躍。
だが、着地地点にはアルトの風刃が待っていた。
「逃げ道を塞ぐのは基本だ」
レイピアを地に突き、風圧を斜めに逸らす。
裾が裂け、月光に舞った。
「終わりだ」
リゲルが弓を引き絞る。
満月の光を反射する一本の氷矢が、一直線に迫る。
それは今までの蛇行ではなく、純粋な速さで射抜く矢だった。
(ルナならきっと避けられるはず――)
ノックスがそう思った瞬間、ルナの足がわずかに遅れた。
冷たい氷の矢が、ルナの左腕を貫く。
「ルナ!!」
ノックスの叫びが闘技場を震わせる。
白い霜が蛇のように傷口から広がり、観客席から歓声と悲鳴が入り混じった。
「やっと当たったなァァァ……!!」
リゲルの声が魔獣の咆哮のように低く響く。
次の瞬間、ノックスの身体は勝手に動いていた。
大剣を一閃。咆哮する炎の狼が氷矢を呑み込み、リゲルの氷蛇を焼き尽くす。
「邪魔すんじゃねェェノックス!! 俺の獲物だ!!」
獣のようにリゲルは吠え、観客が総立ちで沸き立つ。
「やるなリゲル、好機だ。追い詰めるぞ」
アルトも太刀を振り抜き風を巻き起こし、カペラも電撃の鞭を振り下ろす。
精細を欠いたルナは吹き飛ばされ、岩に叩きつけられた。
ノックスは反射的に二人の進路を塞ぎ、大剣で火花を散らした。
そのまま、時を告げる鐘が鳴り響いた。
「――奪目の儀、終了!!」
ルナは王宮の従者達に担がれ、月の塔へと運ばれていく。
次の満月まで、弱った状態で生かしておいた方が目を奪いやすい。
――そう判断されたのだ。
ルナを追いかけようとしたノックスの前に、三人が立ちはだかる。
「惜しかったね~、てかリゲルすごいじゃん! この感じなら来月行けるんじゃね!?」
カペラは興奮した笑顔で、子供のように喜ぶ。
「ノックス、お前、横取りする気だったのか? まぁ。これで少しはあの女も弱るといいな……」
アルトはノックスが氷の矢を溶かした真意に気付いていない。
「おい、ノックス、言っただろ……お前、甘いんだよ。あいつの目、奪う気あんのかよ。そんな調子じゃ、王の座なんて夢のまた夢だな……」
リゲルは獲物を狙う狩人のように、恐ろしいほど冷たい瞳でノックスを射抜く。
その眼光には容赦も同情も一切なかった。
カペラは無邪気に笑い、アルトは冷徹に分析する。
そこには、血を流し崩れ落ちたルナを案じる色は欠片もない。
ノックスは、己の胸を握り潰されるような痛みを覚えた。
――ルナを怪我させといて……三人とも、喜んでやがる……
こいつら……こんなに残酷だったのか……?
……いや、俺がおかしいのか?
違う。絶対に違う。
おかしいのは……この世界の方だ。
目を手に入れるために、天女を半殺しにして……
傷ついた姿を見て笑って、歓声を上げてやがる。
――そんなのが王の器なのか?
喉の奥に込み上げる叫びを、必死に飲み込む。
胸の奥を焼き尽くすのは、怒りか、悲しみか……それとも無力感か。
――守りたい。
俺は……ルナを守りたい。
目を奪うためじゃない。殺すためじゃない。
あんなふうに、冷たい目で見捨てたくない……!
ノックスの拳は、無意識のうちに震えていた。




