上弦の月 光の民の来訪(上)
ここは闇の世界の王宮。
黒い大理石でできた堅牢な建物である。
地下の廊下の突き当たりに、ひときわ大きな鏡がある。
その鏡は黄金の細工で縁取られており、左横には六角形の穴が空いている。
ある上弦の月の夜、その鏡がまばゆく光りだした―
黄金の光の中から、一人の青年がでてきた。
「ここが闇の世界かぁ。 うっ、なんか変なにおいがする……」
その青年は燃えるような赤毛で、繊細な顔立ちは中性的だ。瞳は鮮やかなヘーゼル色をしていた。
鏡から出てきた青年が、王宮を探索しだしたことに誰も気が付いていない。
◇
王宮の学問の間では、学科試験が終わった四人がくつろいでいた。
「アルト、今回の出来どう!? 実は俺、今回はちょっと準備してきたんだ~」
いつも通りの調子でカペラがへらへらと笑っている。
「お前が本気出せば誰よりもできるはずなのに、本当に勿体ないやつだな……」
アルトの赤い目が、眼鏡の奥で冷ややかに光った。
一方、リゲルはノックスと目を合わせようとしない。
新月の夜に起きた出来事が、まだふたりの間に重い空気を落としていた。
ノックスもまた、リゲルの視線を避けるように黙っていた。
「……なんかさぁ、あそこに変な人いない?」
カペラがぽつりとつぶやいた。
広間の扉近くに、見覚えのない長身の青年がうろうろしていた。
金色の繊細な刺繍が入った白いローブを着て、どこか場違いな雰囲気を纏っている。
「誰だ、あいつは。王宮にあんな格好の奴はいないはずだぞ」
きょろきょろしている青年にアルトが警戒しながら近づく。
「おい、お前、なんの――」
アルトの言葉が止まった。
「目が…て、天人か…? お前…!?」
「えっ?」
その声に反応して、リゲル、カペラ、ノックスも集まってくる。
「うわっ、ほんとだ、目が赤くない……ルナ以外のなんで天人がここに……!?」
その青年は背が高く、つややかに赤く光る髪を後ろで束ね、ヘーゼル色の瞳が右半分だけ輝いていた。鼻から下を白い布でマスクのように覆っている。手には白い手袋をしている。
一瞬、時間が止まったような沈黙が訪れる。
四人の間に、ざわりとした感情が走った。
アルトは無表情のままだったが、その指先はわずかに震えていた。
「……まさか、ルナ以外の天人にお目にかかれるとはな」
ノックスは、目の前の青年に見入った。 整った顔立ちに、ヘーゼル色に光る瞳。
漂う香りまでもがどこか異質で、なのにどこか、ルナを感じさせる雰囲気だった。
カペラは不意に背筋を伸ばす。
「お、おれ、男の天人、初めて見た……」
リゲルだけは、顔をしかめていた。
「……ちっ、なんかムカつく顔してんな。目がやたら光ってるだけで、あとは俺たちとそう変わらないじゃねえか……」
青年は汚物を見るような目で4人を代わる代わる見ると、ボソリと言った。
「あの……僕、ルナに会いに来たんだけど……どこにいるか知ってる?」
その瞬間、四人は一斉に反応した。
「……ルナに、会いに?」
ノックスが思わず声を漏らす。
「えっ、ルナの知り合い? なんで……?」
「そ、それよりも天人がもう1人いるなんてバレたら大変だぞ! とりあえず、隠れようぜ!」
リゲルが焦って手を伸ばす。
「うわっ! 触らないでください!」
天人の青年はローブに触れたリゲルの腕をとっさに振り払う。
その瞬間、四人の間に走っていた“憧れ”の空気が、一気に凍りついた。
ノックスはぎくりと胸を突かれたような感覚を覚えた。
リゲルは、顔をしかめて舌打ちする。
「……なんだこいつ、失礼なやつだな」
「触られるのがそんなに嫌なら、こんなとこに来なければいいだろうに」
アルトは眼鏡を押し上げながら冷ややかに言う。
カペラも、先ほどまでの緊張が失望に変わったように、ぽつりとつぶやく。
「なんだよ……天人って、もっと優しいと思ってたのに……」
その場に残ったのは、奇妙な沈黙だった。
「と、とにかく。いいからこの部屋に隠れよ!」
カペラが、広間の近くの書庫に誰もいないことを確認すると、天人を中に招き入れた。
「この建物、湿気がすごいですね……埃っぽいし……」
青年は純白のローブを手袋をつけた手で払いながら言う。
天人の発言でその場の空気がぴんと張り詰めた。
「お前、名前を何ていうんだ」
アルトがぶっきらぼうに聞く。
「……ソルです。僕、ホントにルナに用があるんで、なんとか会わせてもらえないかな?」
四人は扉を閉めて顔を見合わせる。
「……始末しとくか?」
リゲルは表情もなく淡々という。顔がきれいだからなおさら怖い。
「おい物騒なこと言うなよ。それに相手は天人の男だぞ。返り討ちに合うぞ」
いつも通り冷静沈着なアルトがぼそりという。
「冗談だよ、冗談」
リゲルはいたずらっぽく、にやりと笑う。
「ルナに会いに来たんだろ? 本人を呼ぶしかないだろ、ノックス、ルナを呼んできてよ」
カペルが肩をすくめて言った。
(本当に誰なんだこいつ。できることならルナを呼びたくない。でも、そういうわけにもいかない…)
ノックスは小さく舌打ちを飲み込み、重い足取りで月の塔へ向かった。
◇
「ルナ……! 久しぶりだね……! 百年ぶりくらい?」
ソルのヘーゼルの瞳が嬉しそうに輝く。
「ソル……なぜあなたがこんなところに?」
ルナの青い目が大きく見開く。
(ルナの知り合いなのか? やけに距離が近い……)
こうして二人を見ていると、天人は一人一人それぞれ異なった色の、美しい瞳をしているのだということがよくわかる。
「君を迎えに来たんだ。光の世界に帰ろう、ルナ。」
ソルはうれしそうにルナに言った。
(迎えにきた……? 帰るだと……?)
ノックスは美しい天人の言葉に耳を疑った。
――つづく




