三日月 二人の約束
新月の夜から三日後。ノックスは週刊コスモをもって月の塔を上った。
「ノックス!」
ノックスがルナの部屋の扉を開ける前に、ルナが出てきた。
この前の新月の後はひどく消耗していたが、今日はどこか様子が違って見えた。
青い瞳が三日月の形に細く光っている。
「びっくりした。ルナ、どうした?」
「この前の新月の夜のことですが……」
「……えっ、なんのこと?」
ノックスはとぼける。ルナは優しく微笑んだ。
「ノックス。わたくしは、新月の夜は身体の自由がきかないだけで、声は全部、聞こえているのですよ。あの本屋の倅のこと……ありがとう」
「……まさか頭脳明晰なリゲルがあんなことをしていたなんてな……」
ノックスはバツが悪そうに目をそらす。
「もっと早く気づいてやればよかった。……悪かったな」
「いいえ、ずっと前からあいつだろうと思っていました。でも、新月の夜は何も見えませんから、確信が持てなかったのです。……顔に似合わず、やってることは獣のようで吐き気がしますわ。」
――正直、ルナに触れたい気持ちは俺にもある。
でも、俺は、リゲルのようには絶対にならねぇ。
ノックスは心の中で強く決心した。
「……本当は毎月嫌でした。でも、この世界の誰にも言えなかったのです」
ルナの顔が少しだけ引き締まる。
「ノックス、あなたには感謝してますけれど、次の満月の夜でわたくしが手加減するなどと思わないでください。全力で、あなたと向き合います」
「それでいい。これは俺のためじゃない。……君のためだ」
その言葉には、一片の迷いもなかった。
ノックスの赤い瞳が、ルナの宝石のような青い瞳をまっすぐに見つめる。
ルナはふっと笑う。
「やっぱり、あなたは変わった影人ですね」
沈黙が一瞬、優しく流れた。ふとノックスがあることに気が付く。
「なぁ……俺が君に触れたのって、新月の夜じゃなかったよな? 俺、君に逃げられたら指一本触れられないと思うんだけど……なぜ逃げなかった?」
ルナが窓の外に目をやる。
そこには細い三日月が静かに浮かんでいた。
「……まぁ、あのときは、かなり落ち込んでましたから」
その顔がふっとそっぽを向く。
ノックスが顔をのぞくと、ルナの頬がわずかに赤い。
「あとは、その……あなたは他の影人と違って……優しいと言いますか……」
「……?」
「……あなただけは心を許せるといいますか……」
ルナは小さくもじもじしている。
「……えっ、それって……俺は特別ってこと?」
「う、自惚れるでない!! 他の影人より話が通じるというだけで……全く、これだから影人は困るのです……」
「……それに……あの日泣いていたのは、闇の世界の生活も、奪目の儀も、そして……新月の夜にあいつに触れられるのが気色悪くて……全部が一度に重くのしかかって、どうしようもなかったのです」
ルナは少し顔を伏せて言葉を終えた。
ノックスはしばらく黙って彼女を見ていた。
――だから泣いてたのか。
史上最強の天女だと思ってたけど、ルナはずっと、こんな暗い世界で、百年間も一人で戦っていたんだな……
ノックスは胸の奥が灼けるように痛んだ。
ルナの果てしない孤独に、初めて触れた気がした。
青い瞳が、そっとノックスを見つめる。
手袋をはめた手でそっとノックスの袖を指でつまんだ。指先はかすかに震えている。
「あいつは信用できません。また来るのではないかと怖いのです……だから、新月の夜は……一緒にいてくれませんか?」
そして小さな声で、早口で続けた。
「べ、別に、新月の夜だけでなくても、いつでも来てもいいですけどね……ほ、ほらあなた気を抜くとまた成績下がっちゃうでしょう。わたくしと絶え間なく勉強しなければ!」
最後は照れたように、細くきらめく瞳をそらした。
袖をそっと放し、小さくもじもじと足先を揺らしている。
影人は天人よりも聴覚が優れている。
ノックスには、すべてがはっきりと聞こえていた。
「新月の夜は、絶対に一緒にいるよ。他の日は……ま、まぁ、考えとくわ、じゃあ、これ、今週の週刊コスモ。ちょっと俺、今日、用あるから……じゃあまた……」
照れるルナが愛らしく、もう一度触れてしまいたくなる衝動を必死に押し殺しながら、ノックスはそのまま足早に部屋を後にした。
廊下に出ると、夜風がひんやりと頬を撫でた。
けれど胸の奥は、まだじんわりと熱いままだった。
心臓は、時を告げる鐘のようにうるさく鳴り続けている。
1章はこれで終わりです。お読みいただきありがとうございました!
ルナとノックスの秘密の関係、尊い!
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2章も引き続きお楽しみに!




