十三夜 候補者たちの晩餐会(下)
カペラに誘われて晩餐会へ。そこで待っていたカペラの妻は―
カペラの家は、王宮から歩いて十五分くらいの街の東側にあった。
二階建ての赤いレンガ造りで、温かみがある家だ。煙突から煙が出ており、肉の焼けるようないいにおいがする。
「エリナー! ただいまー!」
「カペラ、おかえりなさい」
金属の扉が開いた瞬間、温かい匂いとともに現れたのは、夜に咲く花のような女だった。
褐色の肌に艶やかな黒髪。彫りの深い顔に、燃えるような大きな赤い瞳を縁取る長いまつげ。胸元がわずかに開いたドレス風の部屋着から、豊かな曲線がはっきりと形を主張していた。
腰まで流れる緩やかな黒髪が揺れるたびに、三人の影人達は思わず息を呑む。
――えっ……これが鬼嫁……?
――めっちゃ……美人……!
――胸……でか……
カペラが三人の後ろから顔を出す。
「今日は候補者のみんな連れてきたよー!」
エリナは艶やかに微笑んだ。赤い瞳が妖しくきらめく。
「まあ、みなさまようこそ。いつもカペラがお世話になっております。今夕飯の準備しますね」
エリナは魔獣シチューとパンをふるまってくれた。いくつものハーブが使われているのか、シチューからかぐわしい香りがする。
「どうー? エリナのご飯おいしいでしょ。料理がすごく上手なんだよ」
カペラが自信満々に言う。
「う、うまい……こんな美味い食べ物、生まれて初めて食べた……」
ノックスはスプーンが止まらない。
「……(めっちゃうまい)」
リゲルは黙っているが、かなりのスピードで食べている。
「カペラ、お前幸せ者だな……」
アルトが完璧なテーブルマナーで食べながら言う。
「一国の食卓を預かる可能性がある者としては、この程度は当然ですわ――」
エリナがカペラを意味ありげに見つめながら言う。
――冗談か、本気か、わからないな……
それでも、ノックスはシチューを頬張りながらふと思う。
カペラは、エリナの尻に敷かれてるだけの男だと思ってた。野心家の奥さんに振り回される、自分の意思のない奴だと。
でも違った。
愛に溢れた家庭は、ただの野心や駆け引きじゃ作れない。カペラは、俺たちにはない「本物の幸せ」を持っている。
この家には、戦いにも王位にもないものがある。
笑い声と、あたたかい匂いだ。
――ちょっと、羨ましいかも……
「デザートを持ってきますね」
エリナが席から優雅に立ち上がった。
「俺も手伝うよ! 重いでしょー?」
「もうっ……ありがとう♡」
エリナとカペラは、仲睦まじげにキッチンの方へと消えていく。
「……あいつ、ほんと嫁にデレデレだな」
ノックスがちょっと羨ましそうに言う。
するとリゲルがぼそぼそと話し出した。
「カペラってさ、俺らより強くも賢くもねぇのに……」
「ん?急にどうした?」
「家に帰れば、あんなに美人で色っぽい奥さんが飯作って待ってるんだろ?」
「……たしかに、羨ましい話だな」
いつも冷静なアルトだが、素直に認める。
「毎昼いい夢、見させてもらってるんだろうな……」
ノックスはぼんやりと何かを想像している。
「あいつ戦闘で鞭使ってるしな……昼間、家でも使ってるのか……」
アルトの冷静な分析力がここでも発揮される。
「やめろ、想像させるな……!」
リゲルは耳まで赤くなっている。
「お前が勝手に想像してるだけだろ」
アルトはフンと鼻を鳴らすだけだが、口元がわずかに緩みながら続ける。
「……早く帰る理由は、それか」
「なるほどな!そりゃ任務が終わったら即帰宅するわけだ!」
「「「はははははっ!!」」」
三人で笑いあう。
ガラッと扉が開き、カペラとエリナがデザートを運んで戻る。
「え~? 何のはなし~?」
エリナがデザートを配るたびに、豊かな胸元が垣間見える。
ノックスは思わず視線を逸らした。
リゲルは顔を赤くし、アルトは咳払いでごまかす。
「「「な、なんでもねぇよ!!」」」
三人は口をそろえて言う。
――候補者としていつもは敵であり、ライバルの四人。
ほんの少しだけ、友達みたいに過ごした夜だった。
窓の外は深い闇に包まれ、街の外側で業炎が燃えている。
彼らを照らしていたのは、月でも炎でもなく、ただ一つの家庭の灯りだった。




