【第13章 第三十話「砦を突破せよ。その3」】
階段を駆け上がった先の部屋は、異様な静けさだった。
今までの階層とは造りが、明らかに違う。
天井が高く、部屋の四方をぐるりと囲うように
木造の回廊が張り巡らされている。
松明の火が四隅に灯されているが、
その灯りすらも細く、空気には冷たい湿気がまとわりついていた。
「……なんだ、この部屋……気味わりぃ」
蒼汰が、ぽつりと漏らす。
突然、頭上の回廊から気配が現れた。
一人、また一人。
やがて無数の仮面兵士たちが、音もなく姿を現す。
広間を囲う回廊にびっしりと、仮面の兵が立ち並んでいた。
皆、こちらを見下ろしている。
刀や槍を手に、ただ、黙っている。
「……こちらの動き待ち……か」
宗近が低く呟く。
彼らは一斉に襲ってくるわけでも、威嚇するわけでもない。
まるで何かの“合図”を待っているかのように。
ジリジリとした空気が流れる中、
霧丸達はお互い背を合わせ部屋の中央に固まった。
構えは上四方に居る仮面の兵士たちに向けていた。
突然──
広間の奥、松明の灯りが届かぬ影の中から、一つの人影が、ぬうっと現れた。
一人の男。
一本の刀を手に、ただ、ゆっくりと歩いてくる。
構えるでも、叫ぶでもなく──ただ“そこに立つ”だけで、全員の視線が集まる。
「あいつだけに集中するな!上にも気をつけろっ!」
権左が叫ぶ。
男の歩みに合わせるように、回廊の仮面兵たちが、わずかに体勢を変えた。
そのときだった。
男が一歩、音を立てて床を踏みしめた。
「コッ」──と、硬い床が鳴る。
──それが“合図”かのように
「ヒャッハー!!」「ハーッ!」
仮面の兵たちが、一斉に飛び降りてきた。
四方八方から、無数の刃が、
音もなく襲いかかってくる。
「くるぞっ!! 構えろ!!」
権左の叫びと同時に、侍たちは武器を構え迎え撃つ。
「うおおおおっ!!」
「かかってこいッ!!」
″バシュッ!″ ″ザシュッ!″ ″ガキンッ!!″
空中で刀と刀がぶつかり、金属音とともに火花が飛び散る。
霧丸たちの周囲は、瞬く間に乱戦と化した。
だが──広間の奥、男はまだ動かない。
まるで、ただの“傍観者”のように、
黙ってその光景を見つめていた。
その眼差しには、焦りも怒りもない。
あるのは、ただ“獲物を見極める狩人”の冷ややかさだけだった。
霧丸は、仮面兵を斬り伏せながら、
その男に視線を送る。
「……あいつを倒さないと、次へは行けないって事だな」
男が、ゆっくりと、刀を鞘から抜いた。
静かに、まるで空気を斬るかのように……
霧丸の背筋がぞくっとした。
男は、刀を前後左右にブラブラと振りながら
霧丸たちにゆっくりと歩み寄る。
視線は焦点が合わずあちこちに飛び、
浮かべた薄ら笑いが、不気味さを増していた。
すると、いきなり
「グアッ!」「グハッ!」「がっ……!」
目の前にいる
霧丸達を取り囲んだ仮面兵士たちを
斬り倒し始める。
「なっ……!?」
霧丸は驚きを隠せない。
「邪魔だ、邪魔だぁぁっ!」
その声を聞き、仮面兵士たちは男の道を開ける。
男は、霧丸に向かってきた。
「お前が、強いん……だろ?」
不敵に笑う。
今まで虚ろだった視線が霧丸に突き刺さる。
霧丸は、男に向かって構え直し、
吐き捨てた。
「さぁな……だが、お前よりかって事なら、
合ってるぜっ!」
霧丸は、刀を振り下ろす。
男は、さっと身をかわし、笑った。
「ハハハハっ……面白えっ!」
男が、瞬時に間合いを詰め、
霧丸の目の前にいた。
「なっ……!?」
″ドシュッッ!″
驚く間もなく、男の刃が、
霧丸の左腕をかすめる。
「ぐっ……」
血が滴り落ちる。
「ほぅ、かわしたか……では、今度はどうか……なっ!」
男は、素早く刀を上から振り下ろした。
霧丸は受けようと、頭上に刀を上げた瞬間、
敵の刀は、いきなり横に軌道を変え、
ガラ空きの霧丸の胴めがけて飛んできた。
「しまった……!」
″ガツッ!″
その瞬間、霧丸は、横に吹っ飛ばされ、
敵の刀を回避出来た。
倒れた霧丸は、何が起こったのかわからず
自分が元いた場所を見る。
そこには、血を流す弥太郎の姿があった。
「弥太郎っ!」
「大丈夫だ! かすめただけだ!」
弥太郎は、斬られた腕を押さえながら、
霧丸に答えた。
「おいっ! こんなところで死ぬ気か!
姫様どうすんだっ!」
霧丸は、膝に置いた、刀を持った右拳を見た。
「……そうだな……お前の言う通りだ」
立ちあがろうとした霧丸に、
弥太郎が言う。
「お……お前……そ、それ!」
弥太郎が指差す、自分の右腕に、
マダラ模様が浮かび上がっていた。
驚く霧丸に、敵の男が言う。
「なんだ!? オレたちの仲間か?」
霧丸は腕を見つめてから、
声を荒げた。
「違う! お前たちとは違うっ!」
男は不思議そうに尋ねる。
「同じマダラじゃないか!奴らに蔑まれ、裏切られ、皆殺しの中から生き延びた仲間だろ!
何故、敵の味方をする!」
「違う! これは……昔からあっただけだっ!」
男は、冷静に答える。
「オレもそうだ。
幼い頃から、このマダラはあった。両親も!
そのせいで両親はお前たちに殺された。
何も悪いことはしてない!
ただ、マダラがあるというだけで!
……そんな仕打ちをする奴らを許せるのか!
復讐したいと思うのは、悪なのかっ!」
霧丸は、呆然とした。
──あぁ、オレは元を正せばコイツらと同じなのか……
オレはたまたま爺さんに拾われたから、
ここにいるだけで……
もし、何かが少し違っていたら、
コイツら側に居たかもしれない……
たしかに、村の人達には疎まれて……
いつも一人だった……
あぁ……
オレは……いったい
何をしてるんだ……
自分の血、存在、意思、感覚がバラバラに
解けていく。
それぞれが浮遊し、その場で呆然とする霧丸は
立ち上がる気力さえもどこかに無くしたように
その場で膝をついたまま動けない。
敵の男は、ニヤリとほくそ笑み、
左手を挙げた。
それを合図に、上の回廊から、
仮面兵士たちが現れた。
「まだ、いやがったのかっ!?」
権左が叫んだ。
「いやっ! 違う! 弓だ! 次は弓だっ!」
「壁際に逃げろっ!」
兵衛が慌てて叫ぶ。
侍達は、一斉に壁に向かって走りだす。
回廊の弓兵の標的は、
その場で動けない霧丸に向けられた。
「撃て!」
敵の男の合図と共に、雨のように、
滝のように、無数の矢が霧丸に向かって
飛んでくる。
霧丸は、ぼんやりとした視界の中、
自分に向かって、細い線が、ゆっくりと
向かっているのを感じていた。
──なんだ……あれは?
……雨……か?
……それも
……いいか
霧丸は、雨を受けようと腕を広げ
降ってくる雨に向かって体を投げ出した。
すると突然、視界が暗くなった。
そして、
頬に、一滴の雨を感じた。
あんなにたくさん降ってたはずなのに……
頬についた雨粒を手で拭う。
拭った手を何気なく見ると
ぼんやりと赤い。
目を凝らして見る。
ぼんやりとした赤は、
やがて、はっきりとした血赤になった。
「血……!」
見上げると、そこには……
霧丸の盾となり、代わりに矢を受けた
侍達の背中があった。
ハッと冷静になり、霧丸は立ち上がった。
「なっ……なんて事をっ!?」
侍達は肩や足に矢を受け、血を流し
それでも霧丸の盾となり立ち続けていた。
「お……お前たち……どうしてっ!?」
「よ……うやく、お目覚めか?」
矢が刺さった権左が、顔だけこちらに向けて続けた。
「何ボケっとしてやがんだ!
姫様取り戻す前にくだばってどうすんだ!」
「…………」
「そんなんなら、オレたちが先に姫様もらっちまうぞ!」
権左の言葉に、
俯いていた霧丸は、ハッとした。
「オレは…… 」
ゆっくりと顔を上げる。
「それだけは……譲れねぇ」
権左は霧丸の顔を見て、ニヤリとしながら叫ぶ。
「よーし ! みんな! いくぞっ!」
「おぅっ!!」
霧丸と侍全員が応えた。
霧丸は、敵の男に向かっていく。
「ハッ!…… 仲間に刃を向けるのか?」
男は、混乱していた。
霧丸は、刀を振り上げ、叫ぶ。
「オレの仲間は……ここにいるコイツらなんだよっ!」
「うりゃぁぁぁっっ!」
″ズブシュウゥッ!!″
「グァグハッ……!」
敵の男をバッサリと叩き斬った。
「みんな…… 大丈夫かっ!?」
霧丸は、仲間に声をかける。
侍達は、皆、傷を負い、矢が刺さったまま
戦い続ける者もいた。
「まだ、まだぁ!」
「おらおらぁ!」
霧丸も加勢に向かう。
──侍達は、傷だらけの中、必死の戦いを続け、
ようやく、敵を全員倒していた。
満身創痍の侍達に向かい、権左が叫ぶ。
「まだまだ、いけるぞ!」
「…………」
侍達は、座り込んだり、
膝に手を添えて、下を向き俯いていた。
──皆、疲れ切り、体力も気力も限界のようだった。
「だらしな……っ、んあっ!?」
宗近が、権左の肩を押しのけて前に出た。
「姫様をお待たせするなぁっ!」
侍達はハッとして、勢いよく立ち上がる。
「はっ!!」
侍達の目に力が宿っていた。
侍達の姿を見つめる霧丸の肩に
権左が手を置く。
「もう、大丈夫だな」
「あぁ、心配かけたな」
権左は続ける。
「じゃ、次いくか!」
「当たり前だ!」
──二人は自然と肩を組んでいた。




