【第12章 第二十七話「絆」】
どれだけ走ったのだろう──
夜が、白み始めていた。
脚は、もう悲鳴を通り越し、
自分のものとは思えないほど重くなっていた。
それでも、霧丸は走り続けていた。
足袋は擦り切れ、
指の間には血が滲んでいた。
息も上がりきって
視界は、ところどころ霞む。
けれど──
止まるわけにはいかなかった。
止まったら……全てが終わる……
そんな気がしていた。
──荒い息を吐きながら、次の一歩を踏み出そうとしたとき
「ようやく見つけた……霧丸様!」
木立の陰から
息を切らした忍びが現れた。
彼の傍らには、一頭の黒馬がいた。
「志乃様の命です。
……『凛様を頼みます』、と」
あの侍女頭が…… 手紙を渡した時には
そんな素振りを一切見せなかったのに……
「……かたじけない」
霧丸は手綱を受け取り、
馬のたてがみに手をかける。
「凛は連れて帰る、必ずだ。
志乃様に、そう伝えてくれ」
「はっ、ご武運を」
霧丸は、馬の腹を蹴り
一気に駆け出した。
──風を裂くように走る馬上
周りの景色など目もくれず、ただ前だけを見つめ、
馬の手綱を振り続ける。
身体に受ける風は、全ての逆境であるかのように、風をを切り裂き馬は走り続けた。
しばらく経ち、御伽山の稜線が、ようやく視界に入ってきた。
「……無事でいてくれ」
その麓で馬を降り、
御伽山の奥へ、迷いなく踏み入っていった。
すでに日が落ち、山の闇が深まっている。
微かな虫の声と、月明かりだけが、
五感を保たせていた。
警戒しながら、慎重に山中を進む。
以前、単独で乗り込んだ時と
何か雰囲気が違う気がしていた。
──やがて、敵の砦が見えてきた。
霧丸は、近くの木の影に身を潜め、砦の様子を伺う。
「……何故、誰もいない」
ここまでの山中では、敵には全く出会わず、
そして、
今、見つめる先にある砦の周りにも人影は見えなかった。
静けさが、逆に不気味な程だった。
霧丸は、周囲を警戒しながら砦の入口まで
慎重に歩みを進めた。
「やはり、誰もいない…… 」
意を決して、
砦の入口から乗り込もうとした瞬間、
「霧丸っ!」
と、声がかかった。
霧丸は咄嗟に刀に手をかけ
振り向いたその先──
暗い森の中から、
次々と姿を現す多数の人影が見えた。
段々と近づく人影をよく見ると、
装備を固めた侍達、
それは、陣で一緒に戦った者達だった。
「お前ら……なんで!?」
「水くせぇじゃねぇか、オレたちも姫様助けてぇんだぜ!」
答えたのは、組頭の権左だ。
真っ直ぐで芯がある、仲間思いの奴だった。
「陣は……どうした?」
「オレたちは、交代で城に戻ってたんだ。
姫様が御伽山に行ったって聞いて、
じっとしてるかいっ!」
「敵の本陣だぞ!死ぬかもしれないんだぞ!」
「侍が死ぬのを怖がってどうすんだ!
なぁ、みんな!」
「そうだ!」
「そうだ!」
「死ぬのなんて怖くねぇ!」
霧丸は、黙って侍達を見つめる。
権左が続けた。
「それにな 、お前だけにいい格好させやしないぜ!」
「そうだ」
「そうだ」
「オレが姫様を助けるんだ!」
「いや オレが助ける!」
「なにーっ!オレだ!」
侍達の間で、いざこざが始まっていた。
霧丸は苦笑いしたが、
どこか微笑んでいるように見えた。
権左はざわめきを鎮めると、
霧丸の目をじっと見据えた。
「とにかく、オレたちも姫様を助けにいく!
気遣い無用!
足でまといだったら置いていってくれ!」
侍たち全員も真剣な眼差しで
霧丸を見つめていた。
霧丸は、微かに心が震え、
今にも涙が出そうなところを必死に堪えた。
息を整え、
侍たちを見渡して……
叫ぶ。
「いいか お前ら!
後ろは振り向くな!
姫を……いや……
″オレたちの姫″を取りもどす!」
「いくぞっ!」
「おぅ!!」
刀を振り上げた雄叫びは、闇夜の御伽山の静寂を切り裂いた。




