【第9章 第二十三話「捧げられる者」】
── 第四幕 ──
「何っ! ガシュウがやられただと!?」
「はい。砦の近くで、死体を発見しました。
他にも兵が五人……」
一瞬、空気が凍る。
「……こちらが、手を出さぬのをいいことに
ふざけた真似をっ!」
男は激怒した。
「ドウキっ!予定を早めるぞ!」
「ジワジワと恐怖を味わわせてやろうと
思っていたが、やめだ!」
「前の宣告文では、生温いっ!?
次の満月の夜が、貴様らの命日になると伝えろ!」
砦の最上階の部屋に座っていた男は、
立ち上がって呟いた。
「それに……面白い余興もあるしな」
──その翌日、城に書状が届いた。
その書状は、
すぐに当主・久我沢重光の元に届けられ、
重臣達が奥の間に集められた。
「次の満月だとっ!?」
当主・久我沢重光は、叫んだ。
「いつだっ!?」
「ちょうど七日後でございます」
筆頭家老・石川信綱が答えた。
「マダラの者どもは、どれほどの群勢なのだ?」
「詳細は不明ですが、御伽山奥地に巨大な砦を築き、兵たちは皆手練れとの報告が上がっております」
「不明だと!?何をしておるのだ。
七日後には、敵は攻めてくるのだぞ!
なのに、敵の詳細が不明とは…………」
当主・重光は、苦々しい顔で言葉が続かなかった。
「恐れながら、御当主様に申し上げねばならぬ事がございます」
「なんだ! こんな時に! 何か妙案でもあるのかっ!
お前にあるわけがなかろうっ!」
「それが、ございます。この国を守る唯一の方法でございます」
当主・久我沢重光の顔が明るくなった。
「なんだっ? 早く申してみよ!」
家老・信綱は、重光の目を見据え口を開く。
「姫様を差し出すのでございます」
「何っ!?」
──重光の顔が真っ青になる。
「そ、それは……どういう事じゃ!
何故……姫には関係なかろうっ!」
信綱は続ける。
「実を申しますと、先日の夜に、
私に、敵からの文が届いたのです」
「何っ!お主そのような事、一度も言わなかったではないかっ!」
「はい。内容が内容なだけに、如何したものかと思案しておりました」
重光は、怒りに震えていた。
「それで!何と書いてあったのだっ!」
「こちらがその文にございます」
信綱が差し出した文を
重光は、即座に奪い取り広げた。
──────
お前の国の姫を
差し出せば
この怨み
水に流してやる
──────
重臣達は一斉にざわめきたつ。
その中でも、次席家老・松田重義は、
驚きの顔を隠せないでいた。
当主・重光の顔は、怒りで真っ赤に震えている。
「流してやる、だと!
おのれ、どこまでも舐めおって!」
「全軍準備をせいっ!戦じゃ!
二度と、そんな舐めた口が聞けぬように
返り討ちにしてやれ!」
重臣たちは、黙って俯く。
筆頭家老・信綱が口を開いた。
「御当主様、恐れながらもう上げます」
「なんじゃ!まだ何かあるのかっ!」
──重光の怒りは抑えられない。
「敵の全貌は不明なままでございます」
「それが何じゃ!所詮烏合の奴らだろう!
まさか、お主、怖気づいておるのかっ!」
「はっ、怖気づいております」
「お、お主……な、何を言っておるのじゃ……」
驚く重光に、信綱は冷静に続ける。
「確かに敵は、我が軍勢より多いとは思えませぬ。ですが、奴らは神出鬼没、どんな手を使ってくるやもしれません。」
「だから、何じゃ!戦なのだから当たり前じゃろう!」
「普通の戦ならば、怖気づきませぬ。
ですが、奴等は領地を奪いにくるのではございません。
我らを…… 皆殺しに来るのです」
「…………」
「しかも、奴らは毒を使います。
もし、町の至る所にある、川や井戸に、使われたら……
民は皆、屍となり、国は滅びますぞ!」
「しかし……だからといって、姫を……」
「御当主様のお辛い気持ちは、
この信綱、よく存じております。
信綱は、姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「ですが、この国の民を!
どうか…… どうかお救いくださいませ」
周りの重臣達は、
どうしたものか考えあぐねている。
重光は、途方に暮れて天井を見上げた。
── 紗代、わしはどうすればよいのだ
その時、
部屋の外を、ゆっくりと離れる
凛の姿があった。
──奥の間での合議の後、
「…… 石川殿っ!」
奥の間を後にしようとした
筆頭家老・石川信綱は、その声に振り向いた。
次席家老・松田元義が立っていた。
「元義か…… 何用じゃ?」
「あの文の内容は…… 」
と元義が話そうとした瞬間、
石川信綱は、声を潜めて話す。
「しっ!…… 声が大きい!」
次席家老・元義は、信綱に近づき耳元でささやく。
「あの…… 先日の晩、見せていただいた文の内容と違っている気が…… 」
「何を言っておる…… そなたの記憶違いであろう」
石川信綱は、不思議そうな顔をして答えた。
元義は続ける。
「い…… いえ、
確かに以前見せていただいた文では、
確か…… その……
石川様一族の首全てを差し出せ
…… と、あったかと…… 」
石川信綱は、松田元義の腕をぐいっと掴み、
顔を近くに寄せた。
「のう、元義? 石川家はお役目でやっただけの事。
なぜ我ら一族が差し出されなければならんのじゃ?」
「し、しかし…… 手厚く保護せよとのご命令だったのでは…… 」
信綱はギロリと睨んだ。
「あんな不気味な者共を、手厚くなど出来るか!
いずれこの国の災いとなり得るものを排除して、何が悪い。
それも全て、この那月の国を思えばこそじゃ!」
「し…… しかし…… 」
石川信綱は、より顔を近づけて続ける。
「なに、御当主様を差し出す訳ではない。
あんな小娘一人で済むなら、国としても些細な事じゃ。
それとも何か?我ら一族が行けばよいとでも
お主は思っておるのか?」
「い、いえ…… そんな訳では……
で、ですが…… 書き変えたことがわかったら…… 」
「なに、お主が黙っておれば済むことじゃ。
お…… そういえば、
お主にも娘がおったのう?
たしか、もうじき祝言だったか……
そうじゃ!
お主の娘も、姫のお供に行かせると
進言してみるか。
であれば、
御当主様も少しは安心なさるのではないか?
のう…… 元義?」
「い、いえっ!…… そ、それだけは何卒、
ご勘弁を!」
信綱は、改めて元義を睨む。
「ならば、この話は終わりじゃ!」
石川信綱は、その場を立ち去ろうと数歩進んだ所で振り向いた。
「元義…… わかっておろうな…… 」
次席家老・松田元義の顔は青ざめて、
立ち尽くすしかなかった。
──心臓を鷲掴みにされたようだった。




