【第8章 第二十一話「再び」】
陽が昇ったのかもわからぬまま、
凛は静かに、布団の中で身を起こす。
見えぬ目を細め、障子の向こうを見つめる。
ほんのかすかに、
頬をなでる陽のぬくもりがあった。
「また…… 真っ暗になっちゃった……」
その声は、誰に向けるわけでもなく、
やるせない気持ちが
思わずこぼれた。
戦は、緊張感を増す中、
凛は屋敷に戻され、療養をしていた。
視力は戻らぬまま、
薬湯の匂いと戸の向こうの騒めきだけが、
“世界”との繋がりだった。
「また……守られ……」
戸の向こうから、足音が聞こえてきて
静かに戸が開く。
「……霧丸?」
──足音でわかった。
「はい。お加減は……いかがですか」
「ふふ…… 何も変わってないよ。
見えないまま……」
そう言って、凛は苦笑した。
霧丸も又、凛と共に城に戻っていた。
霧丸はそっと座り込む。
微かに、薬湯と薪の焦げる匂いがしていた。
「姫様……いや……凛」
「うん」
「……しばらく、この屋敷を離れる」
「え?」
「今のオレは、皆とともに戦う事が出来ない。
疑われ、距離を置かれた今…… 」
霧丸は、低く静かな声で告げた。
「だから、一人で行く。
敵の所在を探り、目的を探る。
マダラ模様があるオレだから、
いや……
今のオレにしかできないことだ」
「……でも、それって」
凛の眉が揺れる。
「怖くないの? ひとりで行くの、
死んでしまう……かも」
しばらくの沈黙の後──
霧丸は、小さく笑った。
「……怖いさ。もちろん」
「だったら、どうして……」
「……オレも守りたいからな、
凛が守ろうとしたこの地を」
「…………」
「“やったこと”で、仲間だと証明してみせる」
凛の瞳が、見えぬ空間を彷徨っている。
それでも彼女は、
その声の温度を、確かに感じていた。
「いつ……行くの?」
「二日後の夕刻だ」
凛はしばらく考えて、続けた。
「じゃ、出立前にもう一度だけ
来てくれ……ない?」
「……わかった」
霧丸は、部屋を出て行った。
「あと……たった……二日」
凛は、そっと顔を伏せた。
瞑られたままの瞼から、
涙がひとすじ溢れ落ちた。
── そして、霧丸出立前夜
青白い月夜の中で、月を見上げながら
凛は佇んでいた。
目はウルウルと、鼻水を若干啜ったり
少し震えていた。
我慢が、限界に来たのか
膝から崩れ落ち泣き始めてしまった。
「うっ、うっ……」
その涙は……
霧丸との別れの悲しみ。
何も出来ない不甲斐なさ。
色々な感情が混ざり合い、
心を締め付けて……
どうしようもなくなり……
我慢の堤が、音を立てて崩れていくように
凛の膝が折れ、
やがて、
その泣き声は嗚咽へと変わっていた。
「うわぁー、うわぁぁぁぁっ…… !」
どのくらい経ったのだろう。
凛はふと目覚める。
──いつの間にか、泣き疲れて寝てしまったようだ。
庭に咲いた一輪の花に目がとまる。
「霧丸に差してもらったっけ……」
その時の
恥ずかしそうな霧丸の顔を思い出し微笑む。
「あれ?……目が……」
青い月夜に浮かぶ、一凛の白い花。
その凛とした佇まいに、
どこか母の面影を重ねた。
「かあさま……助けてくれたの?」
しばらく花に目を落とした後、
凛は、すくっと立ち上がった。
──出立当日、霧丸は凛の元を訪れた。
「入るぞ、いいか」
「どうぞ」
部屋に入ると、凛はこちらを向いて立っていた。
その姿を見た霧丸は、驚いて声をあげる。
「お、お前、目が……
い、いや、それもそうだが、その髪……!」
凛は、瞼を開いて霧丸を見据えていた。
ただ、長い髪がばっさりと、短くなっていた。
凛はニッコリ笑っていた。
「はい これあげる」
「えっ⁉︎ お前これって……」
束ねられた髪の毛だった。
霧丸は、どうしていいかわからず
無言になってしまった。
「あー勘違いしないでよねー
暑かったから切っただけだし」
凛は明るかった。
「……」
「どうせこんなの女の子からもらった事ないでしょ。ありがたいと思いなさいよ!」
霧丸は、受け取った一房の髪の束を
じっと見つめた。
「凛 ……よかったな」
「…… うん」
霧丸は、髪の束を懐にそっとしまった。
「じゃ、いってくる」
「…… いってらっしゃい」
二人にはそれだけで充分だった。
霧丸は屋敷を後に、御伽山へと向かった。




