【第8章 第二十話「狼煙」】
城には、二度目の襲撃の知らせが
届いていた。
命を落とした兵の数は、十五にのぼる。
毒の種類は不明。
だが、矢に触れた者の体は、みるみる紫色に変色し、最後には泡を吹いて絶命していたという。
「どういう事だ! 増援部隊は何をしていたのだ!」
当主・久我沢重光は、書状を握りしめ叩きつけた。
「突然の襲撃だったようで、矢を放ってから、
それ以上攻める事もなく、足早に引き上げたとの事で……」
「くっ……余裕を見せおってっ」
悔しげに唇を噛みしめた重光は、
続けて叫ぶ。
「それより、凛の具合はどうなのだ!」
「医師の話では、強いご心労を受けられたのが
原因で、一時的に視力を失ったものと……
安静にされ、心穏やかになさる事が
何よりの薬との事でございます」
「マダラどもめ、絶対に許さん!
やつらの詳細は掴めたのか!」
「いえ、それがいまだに……」
「信綱っ!」
「はっ」
筆頭家老・石川信綱が重光の傍に近寄る
当主・重光は、信綱の耳元で囁く。
「……あの者らは、代々、城が手厚く保護したのではないのかっ?」
「はっ、そのはずでございます」
重光は声を荒げる。
「では、何故このような事が起きるっ!
信綱っ! その役目を担っていたのは、
お前の家であろうっ!」
「…………」
「お前が何とかせいっ!」
重光は吐き捨てて、その場を去っていく。
筆頭家老・石川信綱は、深々と頭を下げてはいたが
表情は怒りで震えていた。
──その翌日
朝の見回りの最中、城の北門にて、門番のひとりが立ち尽くしていた。
その背後から、交代の者が声をかける。
「おい、どうした……?」
返事はない。
ただ、指差された先に、
黒々と滲んだ“何か”があった。
門扉の、ちょうど中央。
乾いた木目の上に──
血のような黒で、一文字が書かれていた。
「返」
門番は、報告したが、
その場は、誰かの悪戯という事で処理された。
だが、次の日
今度は、中庭の白壁に二文字目が現れた。
「怨」
そして三日目。
奥御殿、ふだん人の通らぬ廊の柱に、
三文字目が見つかった。
「虐」
三日連続、
しかも、城内深くまで侵入されているとなっては、さすがに上層部も動かざるを得なかった。
報告を受けた重光が、筆頭家老に問いただす。
「返……怨……虐……?」
口の中で何度も転がすように呟いた。
やがて、低く──
自らに言い聞かせるように、呟く。
「……虐げられた怨みを……返す、か」
その言葉が部屋に落ちた瞬間、
誰もが息を呑んだ。
これはただの挑発ではない。
“覚悟をもって返しにきている”
──尋常ではない、凄まじい意図を感じた。
その夜──
筆頭家老・石川信綱が、
微かな物音で目を覚ました。
ぴし、と畳をかすめるような音。
風のない部屋で、障子がわずかに揺れる。
「何者だっ?」
直感で、危険を感じた。
枕元に手を伸ばし、
瞬時に刀を抜いて身構える。
しかし、部屋には誰の気配もなかった。
静まり返った空間。
かすかな香の残り香だけが、鼻を掠める。
ふと──目を落とした枕元の畳に、
文が一枚、落ちていた。
手に取り、開く──
瞬間、石川の表情が凍りついた。
「次席家老の元義を呼べっ……!」
張り詰めた声が、夜の屋敷に響いた。




