ざまぁみろ
タイトルやタグで期待される“ざまぁ”とは少し違いますが――小さな勝利に“ざまぁ”と笑いたくなる物語です。
その日、理沙は同棲中の彼と喧嘩した。
おかげで一日中、ずっとイライラしている。
もう喧嘩の理由は忘れた。
それより大切なのはここ最近、喧嘩の頻度が増えたこと。
中学生時代からの付き合いでもうかれこれ十年も一緒に過ごしている。
だけど、何となく結婚が見え始めた頃になってからずっとこんな感じだ。
――まだ、具体的な話が出たわけじゃないけれど。
「マリッジブルー――って感じじゃないんだけどね」
「そらな。お前達まだ結婚の話は出たわけじゃないんだろ?」
そう言っているのはこちらも中学の頃からの共通の友人である男友達だ。
偶然にも勤めている会社が同じになったから、こうして退勤後には一緒にスーパーで買物をすることがある。
――正直に言えばどれだけ仲が良くても、仮にも男であるコイツと二人きりって言う事に対しても彼が何にも言わないのにも少しモヤっとする。
「浮気なんていつでも出来るにね」
「ならするか?」
「するわけないでしょ、あんたなんかと」
「ですよね」
理沙のモヤモヤをあっさりと男友達は受け流す――ここら辺の宥め方も彼と同じだ。
そこが余計に腹が立つと言うか。
男って皆、こんなもんなの?
「私、こんなんで上手くいくのかな」
「本気で言っているのか?」
「少しだけね」
男友達は無言になる。
――見逃してないよ、あんたの呆れ顔。
分かっているよ、こっちが折れろって言うんでしょ?
「女って男を絶対に立てなきゃいけないの本当に理不尽だと思う」
「それを言うなら男はいつだって女を見てなきゃいけないのも理不尽だと思うぞ」
「――は? 何それ?」
理沙は思わず舌打ちをしながら屈みこんでミルクキャラメルを手に取る。
これは同棲中の彼の好物だ――朝、もう切らしていたのに気づいたから。
「またキャラメル切らしてんだな」
――無意識だった。
いや、無い事は覚えていたけれど、屈みこんだのは完全に……。
「うるさいな」
そう言いながらふと手に取った奥にあったパッケージが目に入る。
――へぇ、犬の絵柄と猫の絵柄があるんだ。
それに気づいた時には理沙の中の犬はもう猫に変わっていた。
「あいつ、猫好きだもんな」
「――っ」
長年の友人はにっこり笑う。
「どうせ、買うなら――って思っただけだし」
「そういうのが大切なんだよ、理沙」
友人は微笑むと踵を返す。
「それじゃ、俺はもう行くよ。嫁さんが待ってるから」
「うん。奥さんによろしくね」
一人残された理沙は少し考えた後に歩き出した。
うまく謝れるかな――まぁ、私は悪くないんだけど。
***
「ただいま」
「おかえり」
理沙より一時間ほど遅れて彼は帰宅した。
少しだけぴりぴりする――ちょっとだけ緊張する。
理沙の前でスーツ姿のままの彼は椅子に座り――コンビニの袋を取り出した。
「なに?」
「別に。コンビニに寄ったからお菓子買ってきただけだよ」
「ご機嫌取りのつもり?」
「――そうかもな」
投げたボールがいつも通りに返って来る。
ちらりと見た彼の顔は穏やかだ。
――ほっとした。
あなたも仲直りがしたかったんだ。
「さて、仲直りだ。朝はごめんな」
「いいよ。私もごめん」
「よし、これでおしまいだ」
彼は軽く肩を竦めながら笑うと袋から理沙の好きなお菓子を取り出した。
「ほれ。これ、昔から好きだったろ?」
「うん、ありがと」
「どういたしまして――あとは……」
そう言いながら彼はミルクキャラメルを取り出してお菓子置き場に置こうとして――。
「あれ? 買ってきてくれたんだ」
「うん。朝、切らしているのに気づいたから」
「そっか、ありがと――って、あれ? 猫?」
「うん」
「へー、猫と犬のパッケージあるんだ」
「そうだよ。二つあるの」
「――もしかして」
彼はそう自分のキャラメルを置きながら理沙の方をちらりと見る。
何を考えているか、手に取るように分かる。
――だから、言ってあげるよ。
そもそも、事実だし。
「うん。猫にしといた」
彼が再びお菓子置き場の方を向いた――もう置くものなんて何にもないくせに。
「ありがと」
小さな声の感謝。
顔を背ける前にちらりと見えた口元――抑えきれない細やかな幸せの色。
――ざまぁみろ。
自分もきっと同じような笑みが浮かんでいるのだろうと思いながら理沙は言った。
「どういたしまして」