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Overflow  作者: りん
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【1:溢れてしまう】④

「光、明日のサッカーの試合行くでしょ?」

 一昨日の金曜日の夕方だった。

 自室まで来てまるで決定事項のように口にする香に、反射的に首肯しそうになって堪える。予定は当然承知していたし、直前になったため自分から切り出そうかと迷っていたのだ。


「は? なんで勝手に決めてんの? 明日、かあ。うーん。……やっぱり謙ちゃんは来てもらった方が嬉しいよね?」

 とりあえず、形だけ迷いを示した。もちろん内心では行くことに迷いもない。


「そりゃそうよ。無理ならいいけど」

 姉は確かに強気だが、決して暴君ではないのだ。もし光が断れば、食い下がることなくすぐに引いてくれるのは想像に難くなかった。


「まあ用事もないし行こうかな」

「わかった。じゃあ午後だからね」

 口先だけは仕方なさそうな光の返事に、香は笑みを浮かべる。


「りょーかい」

 光に軽く手を振って部屋を出て行く姉を見送り、明日が待ち遠しく落ち着かない気分を持て余した。



    ◇  ◇  ◇

 翌日、二人連れだって家を出て試合会場のグラウンドへ向かう。

 もうすっかり顔馴染みになったチームのメンバーと挨拶を交わし、白黒のボールを操る皆を、想い人を必死で目で追い掛けながら、チームと俊也を応援した。


「わざわざ休みの日に応援来てくれたんだしさ。用がないなら来てよ、光くん。なあ、俊也」

 試合後に、謙太郎が打ち上げに誘ってくれる。


「そうそう! 負け試合なのに最後まで声出してくれてすごいありがたかったよ。せめて楽しんで行って」

 話を振られた想い人が、謙太郎に同調していた。

 少し元気がないように見えるのは気のせいだろうか。試合後でもあるし、単に疲れただけかもしれない。


「あ、……はい」

 内心の喜びを押し隠して、光はどうにか神妙に答える。

 遠慮してはみせたが最初から行くつもりだった。そもそも初回以外はきちんと会費も払っている。

 メンバーからは「いいよ」と言われることも多かったが、堂々と場に加わるためにむしろ払わせて欲しかった。


「俊也、ペース早い! 明日日曜だからって飲み過ぎんなよ。お前のせいじゃないんだから気にすんなって!」

 謙太郎の声にも、俊也は浮かない表情のままでいる。


「ん〜、うん。でもなあ、俺があのときちゃんと──」

 試合でのミスを悔やんでいるらしい彼に、光はテーブルに並んだ料理を勧めた。空の胃にアルコールを入れるのはよくなさそうだ。


「あ、あの! これ美味しいですよ。俊也さんはもう食べました?」

「うん、ありがとう」

 あまり気は進まない様子ではあるが、彼は光が目の前に押しやった皿の中身を箸で個別の取り皿に移した。

 光の気遣いを無下にしないためだろう。


「足りました? もっと何か頼みます?」

「いや、俺はもう──」

 掌を向けて断る俊也に頷いたタイミングで、他のテーブルからメンバーの声が掛かった。


「じゃあそろそろお開きな~。今、会計するから」

「はーい」

 光は幹事らしい彼に承諾を返す。


「……光くん、もう帰る?」

「あ、いえあの。──俊也さん、二次会行きますか?」

 いつになく頼りない彼の口調に、つい訊いてしまった。

 二次会に行くメンバーもいるのは知っていたが、俊也は常に一次会のみだった。そのため光も、毎回一次会終了後に謙太郎や香と三人で帰っていたのだ。

 だから今日もそのつもりだったのだが、すぐに帰らなければというわけではない。


「うん。なんか今一人になるとドッと沈みそう。こういうの滅多にないんだけどな……」

 俊也が弱音を吐くのを見たのは初めてだ。陽気というほどではないが感情の安定した彼は、普段は勝ち負けなど気にしていないようだったのに。


「じゃあ一緒に行きましょう! 話聴くしかできませんけど、それでよかったらいくらでも聴きますよ!」

 今、この人を一人にしたくない、と感じてしまった。


 何ができるとも思わないのだが、光が傍にいるだけで彼が少しでも安らぐのなら。

 せめて力になりたい。


「光くんにもあんまりいいとこ見せられなかったなあ。せっかく来てくれたのに無様な負けでさ……」

 最初の店で謙太郎と香と別れ、二次会で訪れた店。

 光はテーブルに着いた他のメンバーとは離れ、俊也とカウンターで隣り合っていた。少しは浮上したようだが、それでもなかなか笑顔の出ない彼に本音が零れる。


「そんなこと──。俊也さんはカッコいいですよ! 今日もカッコよかったです!」

 つい力が入り過ぎてしまい、光は焦って目の前のグラスを手に取り唇を湿らせた。

 落ち着かなければ。


「……ありがとう。まあ『プレーはカッコいい!』はよく言われるんだよな。『プレーは!』ってわざわざな」

「え、いや。そ──」

 否定し掛けて、光は口を噤んでしまう。

 俊也のことは十分過ぎるくらい格好良くて素敵だと感じていた。容姿も、内面も、だ。

 しかしこれ以上は不味いのではないか。男が男にあまり執拗に「格好いい」だなんて。

 外見のことだけではないが、何かが透けて見えてしまうかもしれない。


「自分でもわかってるんだ。普段の俺なんてほんと大したことない、見た目もフツーの平凡な男だよ。光くんみたいに綺麗な子とは違うからさ。サッカーしてる時だけでも褒めてもらえるなら感謝しなきゃな」

「え、……は!? きれ、綺麗って俺が?」

「うん」

 思い掛けない彼の評価に声が裏返りそうになってしまった。


 確かに今まで付き合った男は皆、光を綺麗だと言ってくれてはいた。だがそれはあくまでも恋人としての贔屓目、あるいは機嫌を取るためだとしか受け止めていなかったのだ。

 動揺して、持ったままだったグラスの中身を一気に煽る。


「光くん、次は何飲む? 同じのでいい? 意外と酒強いよね」

「あ、そう、ですね。……はい、同じの、で」

 酔いが回って来たのか頭が働かない。俊也の問いによくわからないまま返し、運ばれて来た新たなグラスをまた空にした。

 光は、アルコールには強い方ではないのに。当然の結果のように、そのあとの記憶がぷつりと途切れていた。

 ……つい、今の今まで。


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