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Overflow  作者: りん
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【5:誓いのかたち】③

「指輪頼んで来た!」

 俊也の自宅マンションで留守番していた光に、帰宅するなり報告する。


「お疲れさま~。いつできるの?」

 光の問いに、今更のように「今日持ち帰れなかったこと」を承知しているらしいことが読み取れた。


「時間掛かるって知ってたんだ!?」

「香ちゃんに聞いたんだ。『指輪買ったけどサイズと文字入れでまだなんだ~』って。この前帰ったとき、俺に指輪見せて自慢しようと思ってたらしいよ。なんの自慢だよ」

 光は就職を機に一人暮らしを始めてからも、折を見て実家に顔を出しているらしい。

 距離的には大したこともないので、当然日帰りだ。まだ実家住まいの香とは、その都度会っているらしかった。


「そうか、なるほどね。俺そんなの頭になくてさあ。てっきり今日受け取れるもんだと思ってたけど、まあサイズ直しで当日は考えてみりゃ無茶だよな」

「そうだよね~。俺も言われるまでそんなの気づかなかったんだけど、日付とか何もなしで、しかも欲しい指輪の自分たちに合うサイズの在庫があれば持って帰れる程度なんだってさ」

 確かに知った今では当然だとしか感じないことも、知らなければそれまでだった。


「悪いけど『ちょっと急ぐから』って言ったら二日でやってくれるって。店に工房もあるんだってさ。工場に出すようならそんなの無理だろうけどな」

 最初からそのようなことは想定もしていなかったのだが、やはりあの店を選んでよかった。

 いや、俊也は知る由もないがこれが宝飾店における標準なのかもしれない。

 しかし少なくともデパートのテナントでは難しかったのではないか。その点でも謙太郎に感謝だな、と心の中で親友に手を合わせた。


「二日!? それめちゃめちゃ早くない? いや俺『普通』がどうなのかなんてわかんないけど、二日が早いのくらいはわかるよ。だって香ちゃん、『二週間だけど長いとこは一か月だから~』って言ってたし!」

 光の驚きはよくわかる。実際に俊也も彼らと同じ店で頼んだ以上、本来は二週間掛かるものなのだろう。


「たぶんかなり頑張ってくれたんじゃないかな。……俺が悲壮感漂わせてるのが伝わったんだと思う」

 今更ながらに、あの店員に対する申し訳なさが込み上げる。

 強引に迫ったわけではないが、実質プレッシャーを与えてしまったのは間違いないだろう。


「まあどうしても無理ならお店だって断るでしょ。だから大丈夫だよ!」

 光の軽い口調は、心底お気楽に捉えているわけではなく俊也を安心させる意図なのもわかっていた。


「……そうだよな。ここで俺がグダグダ言っても何の意味もないんだし。せめてこれから『指輪買う』ってやつがいたらあの店薦める!」

 そう。今俊也にできることなど何もない。

 だからこそどうにか区切りをつけて、残り少ない二人の時間を大切にしなければ、と俊也は恋人と二人きりの休日に気持ちを切り替えた。



    ◇  ◇  ◇

 週明けの月曜日。

 引継ぎを切りの良いところまで終えると、俊也はどうにか宝飾店の営業時間に間に合うようオフィスを出た。

 その足で真っ直ぐ店舗に向かい、少なくとも内心では平身低頭でサイズ直しを終えたペアの指輪を受け取る。

 光とは、昨日別れる際に今日も会う約束を取り付けていた。俊也の方の時間が読めないため、直接部屋で待っていてくれるように話したのだ。

 寄り道せずに帰宅した俊也は、自分の鍵を使わずインターホンのボタンを押す。

 もちろん自宅なのだから遠慮する必要もないが、中で待つ人間がいるとわかっている以上は毎回こういう手順を踏んでいた。単純に「出迎えてもらう」新鮮さを楽しみたいのもある。


「おかえり~。ねえ、ご飯食べた!?」

 インターホンに応えてすぐに玄関ドアを解錠してくれた恋人が、明るく訊いて来た。


「いや? とにかく指輪取りに行って、あとは早く帰りたかったから」

 ここでもし俊也が「済ませて来た」と答えても、彼が機嫌を損ねることなどはない。

 とりあえず一人で食べて、残りは明日にでも、と言うのは容易に想像がついた。


「じゃあ俺作ったから食べよう! あ、それとも指輪見てからがいい!?」

 光は料理好きや上手とまで言えるのかはともかく、日々自炊しているというだけあって作ってくれるものは味に問題はなかった。


「そうだな、せっかくだから食べようか。指輪は後でゆっくりでいいだろ」

「じゃあ仕上げするから着替えて来てよ。すぐできるから!」

 俊也の答えに、彼が返して来る。

 わかった、と頷いて、俊也は奥の寝室へ向かった。


 光が用意していた夕食は、オムライスとほうれん草のバターソテーだった。

 手の込んだ料理とは到底言えなくとも、俊也の好みに加えて栄養や味のバランスも考えてくれているのを感じる。

 見栄えならサラダの方がいいのかもしれないが、俊也は生野菜は苦手な方なのだ。もちろん外で出されれば残さず食べるのは言うまでもないが、正直なところ野菜はお浸しや炒め物の方が好きだった。

 彼はそれもよく知っているため、洗って千切るだけのサラダではなく必ず一手間掛けてくれている。

 光が手早く作ったオムレツをチキンライスに乗せて食卓に置き、自分も椅子に座った。俊也は彼と向かい合って、恋人の手料理を味わう。


「ごちそうさま。美味しかった! 光のオムライス、具がたくさん入ってて食べ応えあるよな」

「ホント!? よかった~。うちのオムライスはこうなんだ」

 喜びを表す光に頷き、「出発前に俺も何か作るよ」と告げた。

 俊也は光とは比べ物にならないほど一人暮らし歴は長い。

 当然、家事にも慣れていた。自炊も平日は帰りが遅くて手が回らないものの、その分休日はなるべく料理するようにしていた。

 光と付き合い出してからは、俊也が作って二人で食べることが多かったのだ。

 こうして光が作ってくれるようになったのは、彼が大学を卒業して実家を出たここ一年だった。


「今日は泊らないで帰るだろ? じゃあ今から指輪見よう!」

 空いた食器を片付けようとする彼を制し、二人でソファに移った。

 俊也は隣り合った光と互いに体を相手に向け合うと、彼の左手の薬指に艶やかなプラチナの輪を嵌めてやる。


「ああ、ぴったりだな」

 よかった、と安堵した俊也に、彼の答えは想定外だった。


「測ったんだからぴったりで当然でしょ?」

 光は「何言ってるの?」とまるで理解できないという顔をしている。


 ……どう贔屓目に見ても、これは照れ隠しや何かではない、本心からの言葉だ。

 俊也にはわかる、というかこれくらい誰にでもわかるのではないだろうか。


「合わなかったら困るじゃない、また作り直しになっちゃうんだから。なんのためにサイズ測ったと思ってるんだよ」

 平然とさらに追い打ちを掛ける恋人。

 確かにそのリアクションは何ら間違ってはいない。いないのだけれど。


 ──光、お前には本当に情緒ってもんがないのかよ。こういう時こそ夢見て欲しいんだけど。


 俊也はがっくりと肩を落とした。何でも思った通りに口にする率直さも、確かに彼のいいところだった。

 そう、決して悪くはない。

 それでも、こういう部分も含めて可愛いと思って光を選んだのだ。他の誰でもない俊也自身が。

 だから諦めるしかないんだよな、と俊也は心の中で自分を宥めていた。


「どうしたの? 俊也さんも、ほら」

 微妙なはずの空気もまったく意に介さず、光がケースから取り出したもう一つの指輪を手に笑顔で催促する。

 そうだな、と俊也が脱力しつつ差し出した左手を取って、光が自分とお揃いの指輪を嵌めた。


「ホントに綺麗だよね。プラチナってこんなにピカピカなんだぁ」

 左手を宙に(かざ)して嬉しそうに()めつ(すが)めつ、照明を反射して煌めく指輪を眺めながら光が嬉しそうに口にする。


「でもこれ、普段はどうすればいいのかな」

「ペンダントみたいに鎖に通して、首から下げればいいんじゃないか?」

 ふと思いついたように訊かれ、俊也は朧気に考えていた案で返した。

 そういえば、あの店でチェーンもついでに買ってくればよかったのか。近いうちにまた買いに行った方がいいのだろうか、と俊也は光との会話の傍ら思い巡らせていた。

 それにしても光が指輪を気に入ってくれたみたいでよかった、と俊也はそこにも安心する。

 実際に店頭で見ていた俊也と違い、光は現物を目にするのはこれが初めてなのだから。

 彼は心にもないことを取り繕って口にできるタイプではなかった。いや、仕事や公の場ではまた違うだろうがプライベート、特に俊也に対しては。

 素直で可愛い、大切な恋人。

 だから今も、俊也の目に映る言動のとおり本当に喜んでいるのだろうと信じられる。



     ◇  ◇  ◇

 二人が出逢ってから三年以上。

 恋人同士になってからも、学校や職場での繋がりがない俊也と光はそれほど頻繁に会う機会があったわけではない。

 もちろん、できるだけ時間を見つけて会えるようにはしていたけれども。

 ただこれからは、その気になれば何とか時間を捻出してすぐにでも顔を合わせることもできた今までとは違う。

 あと数日で、遠く離れて暮らすことになるのだ。

 触れ合えない分も、電話やメール、メッセージなど連絡手段を駆使して少しでも寂しさを紛らわせるようにしたいとは思っている。だがそれですべてが埋められるものではないだろう。


 それでも二人で同じ指輪を身に着けていれば、きっと心のどこかで繋がっていられる。そう信じていよう。

 今の俊也には、いや光にも、本当にそれくらいしかできることはない。 

 次に逢える機会を楽しみに、二人とも自分の与えられた場所で精一杯力を発揮できるように頑張る以外になかった。

 俊也は、左手で光の左手を上からそっと握る。

 お互いの薬指に嵌められた、まだ傷ひとつない真新しい指輪が触れ合って微かな音が聴こえた、ような気がした。


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