【5:誓いのかたち】②
とりあえずまったく知らない世界でもあることだし、前もって情報収集しておこうということになる。
俊也は光と一緒にネットで「ペアリング」について検索してみる。するとトップ近くに見覚えのある文字列を見つけた。宝飾店の名前だ。
ただ聞き流してしまっていたつもりだったのだが、謙太郎が挙げた店名が頭に残っていたらしい。
彼は相手の意向を無視して一方的に決断を押し付けることはしない筈。つまり香も賛同して選んだということになる。
単なるネットの口コミより、よほど信用が置ける気がした。
さすがに二人で連れ立って指輪を買いに行く勇気はないので、実際に店頭に赴くのは俊也一人だ。
だから、この段階で光の意向をきちんと確認しておく必要があった。なにせ二人の指輪なのだから。
シンプルなペアリング、といえばやはり結婚指輪……、マリッジリングというものになるようだ。
謙太郎と話すまで婚約指輪と結婚指輪の違いさえ理解できていなかった俊也には何の知識もありはしない。しかし思い切って開いた宝飾店のサイトであちこちのページを見ながら、少しずつ方向性が定まって来た。
ずらりと並ぶ指輪の画像を見ながらどれがいい? と尋ねるも、俊也自身もそうなのだが光も好みを述べる以前に、ほとんど見分けがつかない状態だ。
「……これとさっきのと、どこがどう違うの? なんか同じように見えるんだけど。色もほとんど変わんないし。どれも銀色。宝石ないと、指輪って輪っかだけだもんね」
そういう光の疑問にも答えられない。
素材は基本的にはプラチナで、デザインとして金が入るものがあるくらいなので、色が変わらないのは当然だと思えるのだが。
それでもしばらく眺めていると、僅かな地模様や表面の艶の状態の違いがなんとなく見えてくる。
どちらにしても、画像と実物では違いもあるだろうし、あまり細かいところに拘らない方がいいかもしれない。
数を見過ぎても混乱するだけだというのも自然とわかって来た。
もういっそこのまま、オンラインショッピングでもいいのではないだろうか。
俊也は挫けそうになったりもしたが、なぜか「カタチだからこそ、実店舗で実際に手に取って購入したい」という拘りが捨てきれない。
まさしく自縄自縛だ。
この画像は謂わばカタログのようなものなので、この中からどれかに絞ればいい。
そう思って、二人であれこれページを行き来しつつ迷いぬいた。
……結局、最後はほぼ直感で決めてしまったようなものなので、これだけ時間を掛けた意味があったのかは疑問だった。しかし、二人にとっては大事なことなので、ただ時間を無駄にしたとは感じない。
あとは、サイズか。
もちろん俊也も光も、自分の指輪のサイズなど知る筈もなかった。
これもネットでサイズの測り方を調べてみる。そしてその通りに、光の左手薬指の第二関節部分に紐を巻き付けて長さを測った。
もうここまでだけですべてが終わったような気さえしたのだが、そんなわけはない。むしろこれからが始まりなのだ。
──よし、じゃあ行くか。
俊也は気合を入れ直し、善は急げとばかりに土曜の午後の二人の時間を中断して、サイトを見ていた宝飾店へ足を運んだ。
臆する気持ちに抗って、勇気を出して店内へのドアを開ける。
足を踏み入れたそこに広がっていたのは、物理的にも心理的にも煌びやかなまさしく別世界だった。
なんとも場違いな自分に回れ右したくなった俊也に、店員が声を掛けてくれる。
逃げ出したい気持ちはどうにか抑え、その店員に対してスマートフォンのディスプレイに店のサイトを表示させて示すと、二人で決めた指輪を伝えて購入の意思を告げた。
「サイズをお測りいたしましょうか?」
訊かれて「お願いします」と自分だけ専用の輪で測ってもらう。「相手のは測ってきたので」と数字を告げながらようやく思い至った。
──いくら光が細身な方でも、よく知らないんだけどたぶんこれ女性のサイズじゃないよな……。
俊也は冷や汗が出そうだった。もし何か訊かれたら。
しかしベテランらしき店員は、たとえ内心がどうであろうとそれを表に出すことはなかった。
微塵も動じる様子はなく、笑顔のままの接客が続いてほっとする。
「こちらの商品はご希望の日付やイニシャルの刻印をサービスで承っておりますが、いかがなさいますか?」
「あ、あー、それじゃイニシャルをお願いします」
日付は結婚するわけではないので入れようがない。
「文字数が限られますので何でも、とは申せませんが、こちら以外でも御相談に応じますので仰ってください」
刻印見本の並ぶ画像を示しながらの店員の言葉に頷き、一通り目を通した。
恋人とはそこまで打ち合わせていなかったため一瞬詰まったものの、見本を見せられた中からシンプルに「T&H」を選ぶ。
なんとか終わった、と安堵したところで、イニシャル刻印に加えてサイズ直しが必要なため、指輪をこのまま持ち帰ることはできないことを知らされた。
「あの、実は予定が……、その、もうすぐ引っ越しで東京を離れるんです。なのであまり時間が掛かると──」
作業を要するのだから当然だと納得はできても、物理的にタイムリミットが迫っている。
仙台に立った後でこちらに足を延ばすことも不可能ではないが、それはもう最終手段だ。見知らぬ土地での新たな生活が始まる中、そんな時間が捻出できるかも定かではない。
場合によっては、最初のうちは週末の休みさえ確保できるか怪しいのだ。
言うまでもなく、そんな事情は店には関係がない。
強引に要求を通す気などはなく、可能なら融通を聞かせてもらえれば、程度で苦し紛れに口にしたに過ぎなかった。
「かしこまりました。ただ、大変申し訳ございませんが刻印には最短でも一週間いただいております。サイズ直しのみでしたら、至急仕上げで二日でお渡しは可能でございます。ご都合はいかがでしょうか?」
しかし、俊也の方に無理難題を押し付けた自覚があるというのに、店員は特に困った素振りも見せはしない。
「え? そんなに早く、あの、いいんですか?」
「はい。当店は工房を備え付けております。お客様のニーズにできる限りお応えさせていただくのが、私どもの理念でございますので」
さらりと何でもないように告げる店員に、感謝の念が湧き上がった。
それなら十分間に合う。
単価も安くない商品を扱う関係上、そういった客の我儘は織り込み済みなのかもしれない。
もしかしたらこういうケースも決して例外ではなく、急に指輪が用入りになる客もそれなりにいるのだろうか。
正直俊也は、こういったものは十分に余裕をもって手配するものだと考えていた。
それが自分自身が面倒な客になり果てている現状がある。そう、これは本来の俊也ならむしろ忌避すべき行いなのだ。
「すみません、それじゃサイズ直しだけで結構です」
最初からイニシャルまでは想定していなかったので、謂わば予定通りで問題もない。わざわざ言わない限り、光にもわからないのだ。
「承知いたしました。ご購入から一年間でしたら刻印も無料でお受けいたしますので、もしよろしければお申し付けくださいませ」
「わかりました。ありがとうございます」
親切にも申し添えてくれる店員に礼を述べた。
「本当に助かります! よろしくお願いします」
すべて承諾して精算を済ませ、改めて頭を下げると俊也は店を後にする。
ガラスドアを押し開けて外に出た瞬間、思わずほぅっと息が漏れた。
指輪を買う。
言葉にすればただそれだけのことなのに、なんだか尋常でなく疲れてしまった。大袈裟かもしれないが寿命が少し縮んだような気さえする……。
しかし、これであとは待つだけだ。今日は土曜日なので二日後の月曜日が納品予定になる。
俊也はなんとか一仕事終えたことで、無理矢理意識を前に向けた。




