【5:誓いのかたち】①
……指輪。
男女なら、恋人同士のキーアイテムのひとつだろう。結婚ともなれば、婚約指輪や結婚指輪がより存在感を増す。
だが、俊也と光は男同士だ。この関係に『結婚』というゴールはない。
結婚が本当にゴールなのかというのは、この際置いておくとして。
「俺が『指輪は買おう』って言ったんだ。とりあえずは婚約指輪で、もっと近づいたら結婚指輪も。せめてそれくらいはと思ってさ。香ちゃんはそういうのあんまり気にしないみたいだけど、俺の方が」
先日、親友の謙太郎が話していたのが記憶に新しかった。
親友とその恋人は、来春には結婚を、と考えているらしい。
式も披露宴もしないつもりだが、簡単なパーティーは考えている、とだけは聞かされていた。
「式もしないんなら、いつでも、今でもいいんじゃないのか?」
結婚など考えたこともない俊也にはまったく守備範囲外のため、つい遠慮なく訊いてしまったのだ。
「結婚て二人だけの問題じゃないから。あと『結婚休暇』で海外行きたいんだよ」
しかし謙太郎は特に気分を害した風でもなく答えてくれた。
なるほど、確かに「世間一般の休みに囚われることなく、堂々と長期休暇が取れる」という側面もあるわけか。
そして、打診されていた彼らの結婚祝いのパーティーの幹事も、今日正式に引き受けると返答した。
謙太郎とともに所属しているサッカーチームの主要メンバーで幹事を、と話は進んでいたのだが、迷いが消せずに保留してしまっていた。
光との関係を清算することを考えていたため、問答無用で光と同席する羽目になる場で目立つ真似はできないと躊躇していたからだ。心情的にはもちろん即答したかったのは言うまでもない。
しかしもう憂いはなかった。
仙台に行けば、サッカーチームとも否応なく距離ができてしまう。
戻って来ればまた参加したいと考えているので、チームの方さえよければ籍は置いておくつもりだが、当然ながらその間は練習にも試合にも参加のしようもなくなるのだ。
だからこそ、できることには協力したかった。まだ一年は先のことでもあり、打ち合わせするにしてもメッセージを始めネット上でのやりとりでどうにかなる。
光と話し合った夜が明けて、今朝起きると俊也は真っ先に謙太郎にメッセージを送った。
待たせてしまった謝罪を添えた幹事承諾の件と、出向についての説明も付け足して。
俊也は学生時代も働くようになってからもずっと東京で過ごしていた。それが新年度から仙台に出向が決まったのだ。
同時に光とも、仙台と東京という遠距離での生活がスタートすることとなる。
学生時代からの同級生である謙太郎と香とは、卒業後彼らが恋人としてつき合い始めてからも変わらず交流があった。
その延長線上にある二人のサッカーチームに、香は謙太郎に会うために日常的に顔を出してくれていたのだ。
その彼女が応援の頭数として弟を連れて来たことで、偶然出逢った当時二十歳の可愛い彼。
恋愛関係になったのは出逢ってから約半年後、アクシデントと言っても差し支えない出来事が切っ掛けだった。
物理的に離れる事については、すでに俊也と光の間では片付いた問題だ。
関係を続けること自体への葛藤も含め、乗り越えた今もう迷いはない。少なくとも現時点では。
仙台への転居の段取りも進めてはいたが、何よりも残り少ないここでの日々を光とどう過ごすか。
それが今の俊也にとっての最大の懸案事項だったのだ。
昨夜。深い眠りの中にいる恋人の髪や肩に手慰みに触れながら、俊也はふと思い立った。
──何か、カタチのあるものが欲しい。離れても二人を繋ぐ、目に見える何かが。
この先もしも迷うことがあったとして、気休めでもいいから少しでも心の拠り所になるようなもの。
……そう、指輪というのもいいのではないか。
その連想に親友カップルが絡んでいたのは確かだ。
今まで俊也の人生において、「指輪」という存在などまるきり無縁だったのだから。
綺麗でお洒落な、私服のときはアクセサリーも身につける光とは違い、俊也は身なりに頓着する方ではなかった。
とはいえ光は興味を示さないかもしれない。
彼は自分で夢見がちなところがあるという割に、意外とドライな面もあると俊也は思っていた。
あるいは単に若いからだろうか。とはいえ自分とは四歳しか違わないのだが。
いらない、と冷たく拒絶されたらさすがにショックは受けるだろう。
しかし光のことだから、平気で「そんなものに何の意味があるの?」と言いかねないのだ……。
いや、いくらなんでもそこまではないか?
一人で考えていても埒が明かない。
拒否されたらその時だ、と朝になって目覚めた恋人に少しの不安を胸に恐る恐る切り出してみると、光は意外にも手放しで喜んだ。
「指輪! いいね、欲しい!」
欲しいのか、よかった、と胸を撫で下ろす。
けれど何年も付き合っていても結構読めないものだな、とも考えていた。
「俊也さんとお揃いの指輪、凄く嬉しい」
しかし、その満面の笑顔に、俊也は逆に不安を覚えてしまう。
「あー、でも。普段は嵌められない、と思うんだけど」
そう言って反応を窺うと、「そりゃそうでしょ」とあっさり返された。
──いけない。俺はまだこの子を子ども扱いしてたのかもな。




