【3:ふたりの未来】③
「俊也さんはさ、俺がサッカー特に興味ないの知ってるよね。……それでいいの?」
次に会った際、光は思い切って俊也に訊いてみた。
「え? それ、なんか問題あるか? 逆に『興味ないのに応援にも、練習まで来てくれてるんだよなあ』って感動ポイントなんだけど」
今までの様子からもおそらく気にする人ではないと感じてはいたが、実際に何の含みもなさそうな恋人の様子に改めて安心する。
「光が嫌いなら話にも出さないようにするけど、本当にそこは気にしないよ。好みはそれぞれだから。中継は一人で集中して観るし、プレーはチームで出来るしな。まあ『サッカーなんてしないで自分だけ見て』って言われたらちょっと困る、かも──」
最後は言い難そうになった俊也に、思わず口を挟んでいた。
「俺そこまで幼稚じゃないよ! 俊也さんが好きなもの、よくわからないままなのがなんか悪いな、と思ってるだけで」
誤解されたくない、と焦って否定する光に、俊也が無言で頷き静かに言葉を重ねる。
「将来就きたい仕事も、光は俺とは全然違うだろ? そもそも大学の専門も違うしさ。でもどっちがどうとか比べたがるのって意味なくないか?」
大学三年生で周囲は就職活動に精を出しているが、光は公務員志望で四年生の春に行われる試験の準備に追われている。
その時点で、確かに民間企業勤めの俊也とは「生き方が違う」ことになるのかもしれない。もちろん、良し悪しの問題ではなく。
「それはそう思うよ。『自分がどう考えてるか』が大事だよね。比較じゃなくて」
彼の言う通りだった。別の人間なのだから、「すべてが同じ」ではないのが当然だ。
これはきっと、姉の持論と同じなのだろう。
「互いに自分の目指す道を行けばいいんだよ。違うもの見ながら、だけど一緒にいられるのって俺はいいと思うけどな」
何気ない口調で続ける彼に、一つの解答を与えられた気がした。
「ああ、そうか! 趣味が違っても仕事が違っても、二人でいて楽しい、ずっと一緒にいたいってなんかすごいかも」
実際に、俊也と光の共通点は「同性愛者である」以外に存在しないかもしれないとさえ感じる。
スポーツマンで誠実、何かと気配りの行き届いた如才ない俊也。運動嫌いで能天気なところもあり、あまり気が利くとは言えない光。
タイミングが一つずれていたら、一生何ら言葉を交わすこともなく別々の人生を歩んでいたかもしれない。
いや、むしろその可能性の方が高いのではないか。趣味も年齢も出身校も何もかもが違う、単なる「姉の恋人の親友」「親友の恋人の弟」でしかない相手なのだから。
それでも一緒にいたいと思える、そういう相手に巡り会えたこと自体が奇跡で幸運だと信じていればいい。
◇ ◇ ◇
「もうすぐ試験だな。どう?」
俊也に問われ、一瞬迷って光は口を開く。
「うーん、まあ。絶対合格確実だ! 任しとけ! とは言えないな。でもやるだけのことはやって来たから。香ちゃんにもいろいろ教えてもらったし」
光は区役所職員を目指している。
姉の香は地元の市役所勤めだ。自治体は別だが、地方公務員試験として必要な準備は大きくは変わらない。
「ああ、香ちゃん市役所だもんな。すごい頑張ってたの覚えてる。いや、俺や謙太郎がいい加減だったとは思ってないけど、根本的にやること違うからさ」
姉は恋人の謙太郎と、その親友である俊也と同じ大学の同級生で親しくしていたそうだ。
在学中はあくまでも単なる友人だった、らしいのだが。
「俊也さんは今の会社でやりたいことあったんでしょ? どっちがいいとか悪いとかじゃないじゃん。考え方とかの差だけで」
彼は企画職希望だったという。
入社してから配属先が決まるところが多いのだが、俊也の勤務先は採用時に部門を絞って募集していたのだとか。
実際、入社してからずっと営業企画部門に所属している。
現在、光は大学四年生に進級したばかりだ。
四歳年上の彼は社会人四年目になる。こうして特別な関係になってそろそろ一年が経とうとしていた。
言うまでもなく、この年の差が縮まることはあり得ない。しかし、内面で少しでも近づくことはできる筈なのだ。
初めから学生と社会人だったこともあり、二人の間では年齢差以上に「大人と子ども」の意識が定着してしまっていた。
それは仕方がないのも頭では理解できている。
親に扶養されて大学に通わせてもらい、アルバイトで小遣い分は賄っている程度の光と、一人暮らしですべて自分で引き受けて日々を過ごしている俊也とではそもそも対等の立場ではなかったのだから。
光が大学を卒業して就職すれば、少なくとも同じ社会人同士だ。だからこそ必ず合格して、彼と並べるスタートラインに立ちたい。
いま願うのはそれだけだった。
「光、勉強してる~? どう、自信あるの?」
仕事を終えて帰宅した姉が、光の部屋のドアをノックするなり開ける。
「あのさ、香ちゃん。いつもそれじゃノックの意味ないじゃん。返事してから開けてよね」
「ごめんごめん。ああ、勉強中か、頑張ってんね」
軽い口調で謝る姉に故意に呆れ顔を作って答える。
「もう試験まであと半月しかないからね。今やんなきゃ意味ないし。……後悔したくないじゃん?」
「まあちょっと特殊だからね~。科目も範囲もめちゃ多いしさ」
まったく同一ではないものの、基本的には同じような道を通り過ぎて結果を出した香は、やはり頼れる味方だ。
「問題集何周目かなんだけど、何か今更『これ大丈夫か!?』ってのがあってさあ」
「完璧にできなくてもいいのよ。もうここまで来たら焦って自滅するほうがよくないから」
姉に否定してもらうために故意に弱音を吐いていることも自分でわかっている。
そして香の方も重々承知の上で、毎回嫌な顔ひとつ見せずに弟を安心させる言葉を紡いでくれていることも。
すべてが終わったら、なかなか会えなくても不満を出すこともない俊也にはもちろん、何かと助けてくれたこの姉にも礼をしたいと思う。
それが合格の報告と共にできれば言うことはないのだけれど。
◇ ◇ ◇
《俊也さん! 内定貰った! これで四月から晴れて区職員だよ~。》
季節はもう夏になっていた。
一次合格を経て二次試験もなんとか合格することができ、後は採用面接を残すのみとなっていた。
そして待ちかねた連絡が来てから慌ただしく面接を受け、そこからも結果待ちで気持ちの落ち着かない日々を送っていたのだ。
今日アルバイトから帰宅した際に、自宅の郵便受けに見つけた区役所からの封筒。
夢中で掴み出して、光はそのまま自室に直行する。
中の採用通知を確かめると、思わず書類をベッドの上に放り投げてスマートフォンを手に取り俊也への用件のみのメッセージを作成した。
送信ボタンを押した途端に力が抜けて床に座り込んでしまう。
《お~! おめでとう! 今ちょっと時間取れないから、とりあえずそれだけ。またあとで。》
しばらくしてメッセージの着信音に我に返ると、持ったままだったスマートフォンに恋人からの祝福の言葉が届けられていた。
とりあえずは大事な書類を集めて机上に置く。
そして結果を気にしているだろう両親と姉にも知らせようと、光は改めて端末を操作し始めた。
大学生活もあと約半年を残すのみ。卒業したら区役所で勤務が始まる。
通勤を考えて、実家からは出ることになるだろう。物件探しは俊也にアドバイスしてもらおう、と考える。
働いて自活する。家賃と生活費を払い、家事も自分がしなければならない。
今までずっと家族に甘えて生きて来た。少し遅いかもしれないが、これからは何もかも一人で背負うのだ。
光の恋人は高校を卒業した十八の時から、金銭面以外は当然のように一人だった。大学を卒業して就職してからは、文字通りすべてをこなしてきたのだ。
それを光はこれからようやく始める。
恋人に追いつく日は来ないとしても、追いつけるよう努力はしたい。一歩ずつ、着実に。
当然のこととして俊也も一か所に留まっているわけではないので、光の進み具合によってはさらに距離が空いてしまう。
待っていてもらうのではなく、彼は彼のペースで前進する中で彼に追いつきたい。そうでないと意味がない。
対等な恋人同士になりたい。
俊也にただ守られるだけではなく、光も愛する人の力になれるように。
~END~




