【1:溢れてしまう】①
──う~、あたまいたい。
目を開けた瞬間、磯城 光は思わず両手で頭を押さえた。
典型的な二日酔いの朝だ。
少し飲み過ぎたかもしれない。どれくらい飲んだのだろう。
最悪の目覚めにうんざりしつつ考える。
昨夜は確か……。
そうだ、昨日はサッカーチームの応援に行き、終わったあとで誘われて恒例の打ち上げに行ったのだった。
そこで食べて飲んで、そのあと二次会にも行って、それから。
……それから?
必死で思い出そうとするが、頭に靄がかかったように記憶が曖昧だ。なによりも、頭痛が邪魔をして考えが纏まらない。
それより、ここはいったいどこだ?
仰向けに寝た状態で視界に入るすべてに見覚えはない。ベッドの感触もシーツの手触りも、親しんだものとは違う。なんとなく覚悟はしていたが、自分の家ではないということだ。
それどころか広い天井と、何より中央のライトに至ってはどう見ても一般家屋のものではない。
──やっぱホテルか、……え?
その時、光は隣に自分以外の何者かの気配を感じた。
同じベッドに、誰かが、いる。
これはさすがにまずいのではないか。
気づいて一瞬で血の気が引いた。
パニックに襲われて、もう頭痛なんてどこかへ吹っ飛んでしまう。
とにかく誰なのか、どのような人間なのかを確かめなければ。
すべてはそれからだ。
光は恐る恐る、傍らの未知なる存在の方へ顔を向けた。
顔まで布団を引っ被ったままで眠っているらしいお相手は、ちらりと除く頭髪や寝具越しに伺える体格からもまず男で間違いなさそうだった。
今すぐ布団を捲って顔を見たいのはやまやまだが、起こしてしまいそうで手が動かない。
……男だ、という時点で驚かなかったのは、光の恋愛対象は同性だからだ。
少なくともここ半年はフリーだが、大学に入ってから三年生になる今までの間に複数人と付き合ったし、身体の関係もあった。
だからと言って男なら誰でもいいなんてわけがない。
身持ちが固いとまで言えるかどうかはわからないが、刹那的な遊びや行き摺りの関係などあり得ないとさえ考えている。
光は自分でも夢見がちだとは自覚しているが、やはりそういうことは好きな相手とでないと無理だった。
実際にこれまでも、勢いでベッドインなどしたこともない。
きちんと付き合って、段階を踏んで、……しかしそういう価値観が合わなくていつも長続きしないのだ。
天然の明るい茶髪に合わせたアクセサリーや、ポイントに原色を取り入れた「お洒落な」ファッションが、軽薄で遊んでいる風に見られてしまうのもわかっている。
ありのままの自分を愛して欲しい、と本気で考えているあたりが最も浮世離れしているのかもしれない。
いやしかし、どういう流れでかはわからないものの、単に帰れなくなってホテルに入り隣り合って眠っただけという可能性もある。ベッドが一つしかないのだから他に方法がない。
そんな風に往生際悪く一縷の望みを抱いて起き上がろうとしたところで、光は身に覚えのあり過ぎる下半身の違和感に気づいた。今更だが、どうやら服を着ていないらしい、ということにも。
つまりは「ただ共に過ごしただけ」という可能性も消えてしまったわけだ。
──ああ、やっちゃったんだ。俺のバカ、バカ!
一気に気力が失われてしまい、光は肘をついて半ば起こし掛けた上体を勢いよくベッドに倒した。
そしてその振動が、一夜の情事の相手の眠りを妨げてしまったらしい。
あっと思った時には、彼はゆっくりと布団から這い出るように起き上がっていた。
同じく二日酔いなのか、手のひらで顔を覆うようにして唸っているその人が、よく見知った相手だと気づいてしまった時の衝撃たるや……。
──俊也、さん……。