私の幼馴染は学園一の私より実は強い
「全てを見透かすねぇ」
王都のとあるカフェ。
そこで私――ソフィア・ステーシーはため息とともにぼやくと、自分の手の中に収まった小瓶を見つめる。
これは先ほど見つけた露店で買ったものだ。
自分でもなんでこの品が気になったのかと聞かれたら困るだろう。
それくらい直感で手に取ったものだった。
待ち合わせ場所のここに来る途中で見つけた露店。
そこにあったこの小瓶が目に留まり、店主のお兄さんの「この品に選ばれた君は運がいいね」から始まった売り文句。
それを聞いていたら無性に欲しくなってしまったのだ。
「やっぱりきれいな作り……」
小瓶を改めてじっくり見た印象は洗練されている、だった。
特に蓋の部分の意匠がこらされていて、背中に翼がある膝まづいた天使が象られている。
天使は両手で顔を覆っているし、翼も途中で折れていることからあまり趣味の良いものとは言えそうにない。
けれど、作りこまれたものであることは一目でわかった。
表情は見えないけど悲壮感たっぷりだし。それに加えて翼が折れてるからもしかして堕天使だったりして……。
そんな風に天使について考えつつ、今度はその蓋を外して中身を覗き込む。
瓶の中には紫紺色の液体が入っていて、軽く揺らすと中身がゆらゆらと怪しげな光を放っている。
「うへぇ、甘ったるい香り」
私は鼻をついた香りに思わず蓋を締め直し、そのままテーブルの上に置く。
そしてもう一度睨むように目の前の天使を見つめ、この品の売り文句を思い出す。
これを買った理由は瓶のデザインが気に入ったからではない。
その中身の液体――それに特殊な効果があると聞いたからだ。
店主曰く、この液体を飲み干したものには相手の魔力量を見抜く特殊な力が宿るという。
基本的に魔力とは人や魔物問わず、強い個体であるほどその総量を増していく。
つまり魔力量を見抜くということは、相手の強さを見抜くことができるという意味にも直結する。
そんなの魔術師なら絶対欲しいやつじゃん。
その説明を聞いた私は真っ先にそう思った。たぶん魔術師ならみんな同じことを思うはず。
スキルは魔術とは違った軸の特殊な能力で、そもそもそれ自体が常人には入手できるものではない。
だからスキル保有者は数が少なく貴重な存在でもある。
私はもう一度小瓶を手に取ると、ゆっくりと息を吐く。
そして、瓶の飲み口に恐る恐る唇を添えた。
怪しい。確かに怪しい。
けど、あの店主のお兄さんはおそらく只者じゃない。
露店に置かれている品はどれも貴重そうなものばかりだった。
それなのに強盗を警戒した様子もなく、とくに護衛がいるわけでもなかったのは自分で対処できる自信があるからだと思う。
そんな人が学生である私にただのいたずらを仕掛けるだろうか。答えは否。
よし、覚悟は決まった。あとは行動するのみ。
「がんばれ私っ! 魔術師の新境地へ……いざっ!」
そして軽い掛け声とともに小瓶を傾けると、中身を一気に流し込んだ。
◇ ◇ ◇
「へへーん。――【魔力感知】」
私は上機嫌でカフェの窓から王都の通りを眺める。
そして、店主から事前に教わっていたスキル名を小声で呟くと、新たに得た力を発動した。
さすがは王都だ。
国の中心であるここには様々な分野の逸材が集う。
王国の精鋭である近衛騎士、自身の恵まれた体躯を生かした重装備の冒険者、見るからに高価そうな外套と杖を身に着けた魔術師。
街を眺めるだけでもこんな感じで、田舎では絶対にお目にかかれないような強者がごろごろといるからすごい。
「ほほう、さすがは王国の象徴。とてつもないね」
私の見つめる先には、王国の紋章が施された軍服姿の近衛騎士が一人。
その騎士の頭上には淡く光を放つ文字――64を表す数字が揺らめいている。
他にも視線を移すと、様々な数字が待ちゆく人々の頭上に並ぶ。
多くの数字は一桁台に収まることから、魔術師ではない一般的な人の数字は二桁を超えるのも難しいことがわかる。
そうなると、近衛騎士の64という数字のすさまじさが際立つ。
やはり王国の騎士の中でもトップの人たちは違うらしい。
そんな感じで先ほどから何度か試してみてわかった。
どうやらこの小瓶の効果は本物で、頭上の数字が表しているのはその者の魔力量で間違いなさそうだ。
そう確信を得た私は、一度瞳を閉じてスキルの発動を止める。
そして、スキルを獲得した喜びと興奮を噛みしめながら、握りこんだ拳を天に向かって突き上げた。
ふっふっふ、どうやらたどり着いてしまったらしい。
まさにこの気持ちは大観衆の前で勝利した剣闘士のものと同じ。
今ばかりは周りからの視線も気にならない。
なぜなら私はリスクある勝負に打ち勝ち! そしてその対価を手にしたのだ!
「新たな力……たどり着いた、魔術師の新境地――って痛っ!」
唐突に感じた後頭部への軽い衝撃。
今まさに最高潮な気分を台無しにされた私は、その反抗の意味を込めてじとっとした目で後ろを振り向く。
するとそこには、私と同じ制服姿の男子生徒が呆れた表情で立っていた。
その男子生徒は少し癖のある黒髪にすらっとした高身長、眼鏡の下からは鮮やかな空色の瞳が覗いている。
「お前、カフェで何やってんだよ……みんな見てるぞ」
「あれ、ルイいつの間に?」
「さっき来たとこ。そしたら誰かさんがいきなり拳突き上げて新たな力がどうのって……」
「他人のふりしようかと思ったよ」そう言って男子生徒――私の幼馴染であり、同じ学園に通う同級生でもあるルイ・レインフォードは、居心地悪そうに席に着いた。
私もそんな幼馴染の反応によって急速に冷静さを取り戻し、周りの視線から逃げるように素早く椅子に座り直す。
どうやら声に出てしまっていたみたいだ。
私としたことが嬉しすぎて周りが見えてなかった……不覚。
「うぅ、恥ずかしい」
「にしてもなんであんな自信満々にポーズ決めてたんだ?」
「それがいろいろあってつい……」
「――たどり着いた、魔術師の新境地」
「ちょ、真似するのはやめてってば!」
そうして店内からの注目を集めていたが、向かいの席に座ったルイはそれらを気にした様子もなく鞄から数枚の紙を取り出す。
それを見た私も気持ちを切り替えると、自身の鞄に手をかけ準備を始める。
「じゃあ、ソフィア。今日もよろしく」
「ふふん。任せなさい」
準備が整ったことで、テーブルの上には学園から出された課題がずらりと並ぶ。
今から私たちはこの課題を片付けていくわけだが、実は私のほうはすでに大部分を終わらせていた。
けれど、ルイのほうはいつも通り苦戦しているらしく、見た感じではほとんど進んでいないようにも見える。
昔は魔術の実技も座学も、ルイのほうが得意だった。
今でこそ私は学園で首席の成績を取り、ルイはあまりいい成績を残せていない。
でも、そんな幼馴染の姿にはなんとなく違和感を感じてしまう。
なぜならルイは昔――学園の初等部の頃は魔術の扱いが天才的に上手くて、私だけでなくみんなの憧れだったからだ。
本人は魔術の成長が伸び悩んだって言ってるけど。
あの頃の自分に今の状況を説明しても絶対に信じないだろうな……。
そんなふうに昔を思い返しつつ、私もやり残した課題を前に気合を入れる。
「よし。まずは『王都近郊の魔物の生態について』、これから始めるかな」
「わからないことがあったらいつでも聞いてね。その代わり……」
「ああ。好きなのを頼んでくれ」
「やった! じゃあ私はこのスペシャルメニューの特大パンケーキと紅茶で!」
「俺も紅茶と特大……はデカすぎるから普通サイズのパンケーキにするか」
さっそく近くの店員さんにオーダーを頼む。
私がサポート役として課題を手伝い、ルイはそのお礼としてケーキとお茶をご馳走してくれる。
そんな私たちが取り決めた契約の元、今日も二人の勉強会が始まった。
◇ ◇ ◇
「うーん! 美味しかったー」
「ありがとな、ソフィア。おかげでなんとか終わったよ」
「いえいえ。こちらこそごちそうさま」
課題を終えた私たちは、互いにパンケーキの最後の一口を頬張る。そして、二人で学園でのことを話しながら紅茶を楽しんでいた。
そこで私は、先延ばしになっていたスキルの話をしようと話題を振ってみる。
「そういえばさっきのことなんだけどね……」
「ん? 特大パンケーキをおかわりしたことなら気にする必要ないぞ」
「いやーシロップをかけるとさらにおいしくてつい――ってそっちじゃなくてっ!」
けれどパンケーキのことと勘違いしたルイは、不思議そうに首をかしげる。
私はそんなゆるんだ空気を仕切り直すため一度紅茶に口をつけ、そこでふと気が付いた。
そういえばルイの魔力量ってどれくらいなんだろう、と。
確か魔道具を使った学園での魔力測定では一人だけ別室だった。
それによくよく考えてみると、今までルイの魔力量は一度も聞いたことがない。
これは気になるね……。
そう好奇心が芽生えた私は、紅茶を飲みながらこっそりとスキルを発動。
そして、軽い気持ちでルイの頭上を覗き見て……――
「――ッブフゥッッッ!!??」
「うおおっ!? いきなりどうした!?」
飲んでいた紅茶を思わず噴き出してしまった。
女子としてはあまりに大きな失態。
けれど、それも目の前の出来事に比べたら些細なことに思える。
――140000。
それがルイの頭上に浮かんでいた数字だ。
当然さっき私が見た誰よりも高い。王国の象徴も真っ青な驚愕の魔力量だった。
「けほ、ご、ごめん……」
「大丈夫か。ほらこれ使って」
「う、うん。ありがと140000」
「なんだよその140000って……」
慌てた様子で鞄から顔が拭ける布を取り出したルイは、それを手渡してくれた。
けれど、今の私はそれどころではない。
頭の中は140000という数字でいっぱいで、軽いパニック状態だ。
それにしても近衛騎士のおよそ二千倍って嘘でしょ……。
でも、ルイの頭の上にはまだ数字が浮いてるし。
えっともしかしてスキルが間違ってるとか……いや、それはない。店内の他の人のは正常なままだ。
じゃ、じゃあいったい何がどうなって――
「――ソフィア、ちょっと待った」
なんとか顔を拭きつつ頭の中でぐるぐると考えを巡らしていると、ルイが唐突に制止の声を掛けた。
そして、私の手首を優しく掴んで動きを止めると、自身の眼鏡を外して正面から真っ直ぐに見つめてくる。
その表情はいつになく真剣なもので、ルイの宝石のような瞳を前に私の胸の高鳴りはどんどん加速していく。
えっ、ちょ、いきなりどうしたの!?
ル、ルイさん。ここはカフェの店内だよー!
それにさっきは私に注目集めるなって言ってたよね!
今めっちゃ周りからの視線感じるんだけど、てか眼鏡外したの久しぶりに見た……。
付けてるのもいいけど、やっぱりこっちもカッコいい…………。
「ソフィア」
「ル、ルイ……」
「やっぱり、お前も……」
私を見つめていたルイは少し驚いたように瞳を細めた後、何かを決意した様子で言葉を続ける。
こんなに真剣なルイは見たことがない。
間違いなく私が見てきた中で一番だ。
140000に驚かされたと思ったら、次はこの幼馴染の凛々しい表情。
あまりに突然で心の準備は全くできてないけど、この流れはもしかしてもしかすると…………。
私もそんな幼馴染の姿に覚悟を決め、次の言葉を待つ。
そして――
「鑑定系のスキル手に入れてたんだな」
「――ってそっち! この甘い空気と流れでっ……! ってかなんでわかったのー!?」
私の淡い期待はあっけなく打ち砕かれ、そこに追い打ちをかけるように出たさらなる疑問。
それらを前に、私は思わず頭を抱えたのだった。
◇ ◇ ◇
「……思ったより会議が長引いたね」
放課後の教室。
私は生徒会長として出席した会議を終え、自身の荷物を取りに戻ってきていた。
学園での授業はすでに終わり、今ここに残っている生徒は私だけだ。
そんな夕日が差し込む教室に、見慣れた男子生徒が一人入って来る。
「お疲れさん。結構長かったな」
「おや、そこにいるのは世界最高クラスの魔術師――ルイさんではないですか」
「うっ、そのことは黙っててほんとに悪かったよ」
「だからそのよそよそしい感じはやめてくれ……」そう言って男子生徒――ルイは、渋い笑みを浮かべた。
私たちがカフェで勉強会を行った日から、すでに数日が過ぎている。
結論から言うと本当にルイの魔力量は140000で、事情があって学園では実力を隠していたことがわかった。
その事情についてはルイの実力が関係している。
なんでもルイは公には秘匿されているとある組織に所属していて、その組織は絶対的な強さを基準として世界各地から集められた魔術師で構成されているらしい。
そして、そんな規格外たちを集めた集団に所属できるほどの実力を持つ学生がいると分かれば、世間の注目を否応なしに集めてしまう。
当然その中には、よからぬ組織や集団のものも含まれてくるだろう。
そういった理由もあって、学園との間で実力を隠すことが決められており、このことは一部の人間にしか知らされていないようだ。
まあ、あれだけの魔力量があるから強いとは思っていた。
でも幼馴染がそんな世界最高峰の魔術師集団の一員だったとは。さすがにそこまでは予想できない。
ちなみにルイが私のスキルを見抜けたのは、スキルを見抜く魔眼を持っていたからで、眼鏡を外していたのもその魔眼を発動するためだったようだ。
それにしてもあんな紛らわしい発動の仕方はやめてほしい。
いや、その仕草に勝手にときめいていた私も悪いんだけど……。
「このあと暇か?」
「別に暇だけどー」
「なら、いい感じのカフェ見つけたから行かないか」
「えっほんと! 絶対行くっ!」
私はルイの誘いを即座に了承し、素早い動きで教室を出る。そして、二人並んで誰もいない廊下を進んでいく。
「そういえば聞きたかったんだけど、なんで私と勉強会なんてしてたの?」
それは私がここ数日気になっていた疑問だった。
考えてみたら当然だけど、世界最高クラスの魔術師であるルイは本当は勉強もできる。
それなのにわざわざ私にケーキとお茶をごちそうしてまで、毎回勉強会を開いていた理由……それがさっぱりわからなかったのだ。
ルイなら学園の課題は楽勝だったはずだし。
実力を隠すためにわざと間違えるにしても、私に教えてもらう必要はないんだよね……。
「いやそれはその……」
「今回はちゃんと話してよっ!」
珍しく歯切れの悪いルイはなんとかごまかそうとしていたが、私の一言に観念したのかぼそぼそと理由を話し出す。
「…………一緒にお茶したかったから、それでその」
「えっなんて? 声が小さくて聞こえない」
「……だから俺がソフィアと一緒にお茶したかったからだよ」
「ごめん。聞こえなかったからもう一回!」
「いや、お前のそのにやけた笑みは絶対聞こえてただろ!」
「ふふ、ルイは誰と一緒にお茶がしたいのかな~?」
「くっ……覚えてろよ」
そう言って恥ずかし気に顔をそむけたルイは、歩調を早めていく。
そんな幼馴染の背を足取り軽く追いながら私は思う――
私が憧れていた幼馴染はやっぱり強かった。
学園一の私なんかよりも……いや、もしかしたら世界で一番――――。
完
最後までお読みいただきありがとうございました。