追放先は、モフモフ騎士団でした 4
……うふふ。モフモフ。
スリスリと、手を滑らせる。
なめらかで、艶やかであることが手触りだけでも分かるほど、極上の感触。
けれど、それは、眠る前まで感じていた、ふわふわの食感とは違う。
「…………え?」
「ようやく目が覚めたか」
目の前にいたのは、黄色と黒の色彩、大きな虎だった。
さっきまで、見ていた生き物は、白銀の毛並みだったはず。
「まさか、三日間も眠るとはな? 魔力が枯渇していたらしいが」
「え……。三日間?」
日が昇るより前から祭事の準備をしていたといっても、いつもしていることだもの。
いくら何でも、三日間も眠ってしまうような疲労ではなかったはず。
「……アランの古傷がすっかり治っていたらしいな?」
「え……?」
治癒魔法を発動するためには、ある程度集中する必要がある。
だから、無意識に治癒魔法を発動してしまうなんて、今までなかったのに。
「ところで……。古傷って?」
「聞いたことないのか? アランは、三年前まで王国最強の騎士だった。もちろん、そのあとも、最前線で活躍し続けるほど強かったのは間違いないが」
「三年……前?」
三年前と言えば、北の洞窟から瘴気が吹き出して、魔獣が大量に発生した時期だ。
その頃は、私も第一騎士団の騎士たちと共に、浄化のために走り回っていた。
「――――その時に、おけがをされたのですか」
「そうだな」
大きな黄色と黒の生き物、しゃべる虎はそれだけ言うと、私のそばから離れて背中を反らす。
次の瞬間、黒い髪のサイドに金色のハイライトが入った、野性味あふれるという印象のたくましい騎士様が目の前にいた。
「――――あの」
「副団長のバードだ。よろしくな? 聖女様」
「……えっと、私はすでに聖女ではないのです。フィーリアと申します」
「そうか。……フィーリア嬢と呼んでも?」
「は、はい」
巨大な体躯に似つかわしくない、なめらかな歩行。
騎士様は、ドアを開けると振り返った。
「目覚めたばかりのところ悪いが、身支度がすんだら一緒に来てもらえるか? アランがすっかり役立たずになってしまったようでな」
「――――アラン様は、もしかして具合でも悪いのですか?」
「いや、フィーリア嬢が心配なだけだろう」
「え?」
よく分からない冗談だけを残して、バード様は、部屋の外へ出てしまった。
入れ替わるように、黒いワンピースに白いエプロンをしたお仕着せ姿の女性が部屋に入ってくる。
「失礼致します。まあ、まあまあ! お可愛らしい」
「え……?」
あっという間に、バスタブに放り込まれ、磨かれて、淡いラベンダーのドレスを着せられていた。
いつも、簡単に束ねていただけの髪の毛は、丁寧に編み込まれ、後れ毛はクルクルと巻かれた。
「あの?」
「もったいないと、遠目に見ながら常々思っておりました」
「……え、あの?」
聖女として祭典に出たときの事かしら。言っていることを理解する余裕もないまま、私は久しぶりに貴族令嬢らしい装いに着せ替えられていた。
白い簡素なドレスばかり着ていたせいで、こんなきれいなドレスを着るなんて、本当に久しぶりだ。
そのまま、淡くお化粧される。聖女には必要ないと、ほとんど化粧なんてしたことがなかったのに。
「あの、お手伝いを」
「とりあえず、皆様にご挨拶がすんでからにしましょう」
「あ……。そうですね」
皆さまにご挨拶のに、みすぼらしい格好ではよくないということなのかしら……。
「ありがとうございます。とても素敵です」
貴族令嬢らしい所作とマナーは、血のにじむような王妃教育で訓練された。
私が見せた、優雅な礼に、目の前の侍女さんの目が軽く見開いた。
あ、あら? 予想外の反応だわ。もしかして、やっぱりおかしいところがあったかしら。
困惑する私に、目尻のしわを深くして侍女さんが微笑む。
「ご案内致します」
「は、はい」
扉の外には、バード様が待ってくれていた。
「おぉ、見違えるようにかわいらしいじゃないか」
「……お世辞でもうれしいです」
「世辞ではないのだが……。本当に……。ん? これくらいにしておくのが、身のためか」
バード様の言葉の続きが途切れる。
一瞬だけ、冷たい空気を感じて振り返ると、そこには少しだけ息を乱したアラン様がいた。
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