聖女と王位継承者 2
***
やっぱり、アラン様にはお会いできないまま、次の日になってしまった。
聞かなければいけないことが、たくさんあるのに……。
「フィーリア様、先ほどからため息ばかりですね」
その声は、耳の真横から聞こえる。
通常であれば、信じられないほど近い距離に、私の心臓は保たないに違いない。
けれど、今、その姿は私の肩に乗る、かわいらしい夏毛のうさぎだ。
「ラズリー様。ご心配をおかけしてすみません」
「いいえ」
フワフワの感触がくすぐったい。
かわいらしいうさぎが肩に乗るなんて、幸せな夢かしら?
でも、たしかに今日護衛してくださるのは、魔術師ラズリー様のはず。
こんなかわいらしいうさぎさんなのだもの。私がお守りしなくては! という気持ちでいっぱいだ。
「――――護衛といいながら、こんな姿で申し訳ありません」
「え? そんな。私は、幸せです」
「本当に、フィーリア様はかわいらしいですね。……けれど、僕は魔術師ですので、ほかの団員と違いこの姿でも」
「きゃ!」
途端に強い風が吹いて、遠くの木から、ドサドサと何か重い物が落ちたような音がする。
「……? ずいぶん強い風でしたね。なにか落ちたのかしら」
「そうですね……。忍び込んだネズミでしょうか。入り込まないよう、警備を強化しましょう」
「……? ネズミにしては、音が大きかったですよ?」
「フィーリア様、さあ、薪を取りに行かなくては。朝食が遅れてしまいます」
それもそうだわ。早く行かなくては。
ラズリー様は、このお姿なのだもの。
今日こそ、私が一人で薪を三束運ばなくては!
そう思ったのに、なぜか私の周囲でフワフワ浮かんでいる大量の薪。ラズリー様の魔法だ。
「これ……。三束以上ありませんか?」
「ええ。ついでですから、数日分運んでおきましょう」
「え、私のお仕事は……」
なぜか、皆さん遠慮してしまうのか、お仕事をさせてもらえないのよね?
護衛に騎士様がついているから、皆さん騎士様に遠慮しているのかしら?
「フィーリア様。どうか、のんびり過ごしてください」
「……のんびり」
「そう、ずっと働き通しだったから、たまにお休みがあってもいいと思います」
ラズリー様が、耳元でささやいてくる。
たしかに、早朝から夜中まで、休む暇なんてなくて、しかも食事もほとんどもらえなかった日々を思えば、ここは天国だわ。
「この環境は、最高に幸せです。でも、働いていないと、なんだか不安になってしまって」
「……そうとう、今までの生活に毒されていらっしゃる」
「……そうなのでしょうか」
「うーん。しかし、フィーリア様に仕事を振るなど、使用人達にはできないでしょう」
そう、薪運びを与えてくださった侍女長さんも、困った顔をしていたわ。
騎士様と一緒にということで、なんとか許可をいただけたのよね?
結果、ほとんど全部、騎士様に運んでもらっている。
フワフワ浮かんで私たちについてくる薪を見つめながら、私は小さくため息をついた。
食事の席では、一瞬だけラズリー様は、ローブに身を包んだ、かわいらしい印象の魔術師様に姿を変えた。騎士団の皆さまは、ほとんど人間の姿でいる事が多いのに、ラズリー様だけは、うさぎ姿で過ごしていることが多い。
「本当に、ラズリー様は人の姿も、うさぎ姿もかわいらしいです」
「ああ……。だが、俺よりも年上だぞ?」
「え、ええ?!」
「ラズリーが、最年長だ」
「!?!?」
朝からお肉をバクバク食べていた、今日も野性味溢れるバード様が、ふと漏らした言葉に私は衝撃を受ける。
ラズリー様が、ずっとうさぎ姿なのは、実は切実な理由があるのだけれど……。
「――――おい、ラズリー。ネズミが入り込んだらしいな?」
「ああ、聖女様がアラン様についたことに、気付いた連中か、あるいは第二王子派の貴族からの刺客でしょうね」
「そうか。……ところで、まだ大丈夫なのか?」
「……まだ、猶予はあるでしょう」
「そうか……」
小声の会話は、私の耳には届かない。
すでに私の周囲は、以前よりずっときな臭くなってきているし、動物に姿を変えてしまう騎士様たちには、私の知らない事実があるのだけれど……。
今の私が、それらの事実を知るよしはない。
今日、知ることができた衝撃の事実は、ラズリー様が第三騎士団で一番年上だということだけだった。
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