星のお姫様
お母さんのお葬式の帰り道、ぼくはお父さんの手をぎゅっと握りしめながら歩いていた。とても冷たい夜だった。いつもならとっくに寝ている時間なのにもぼくはちっとも眠くなかった。
ぼくは、お葬式が何なのかよくわからなかったけれど、お父さんもお爺ちゃんも、お婆ちゃんもみんな悲しそうで、ぼくも悲しかった。
そして、もうお母さんには会えないってこともぼくはよく知っていた。それがお葬式ってやつなのだ。
「お母さんは、お星様になったんだ」
お父さんが歩きながら空を見上げてぽつりと呟いた。冷たい空にはたくさんの星が瞬いていた。
「お父さん、嘘はいけないよ。お母さんは死んだんだ。死んだっていうのにはすっかりなくなってしまうってことだよ」
ぼくはお父さんの方を見てそう言う。お父さんはフッと笑った。大人の笑い方だ。
「お母さんがそう言っていたのかい?」
「そうだよ。それで、お母さんはいなくなってしまうから、廉がちゃんとお母さんのことを覚えておいてねってお願いされたんだ」
「そうか、お母さんらしいな」
ぼくはこくりと頷く。お父さんとぼくはそれから黙って歩き続けた。手はぎゅっと握ったままだ。
「お父さんな、何だか空の星のどこかにお母さんがいるんじゃないかって本当にそう思ったんだ」
お父さんが不意に口を開いた。
「そして、流れ星に乗って、お母さんが会いに来てくれないかなって」
ぼくはびっくりして目をぱちぱちとさせる。
「お父さん、本当の本当にそんなこと考えてたの」
ぼくは想像してみる。お母さんは空のどこかでお姫様みたく楽しく暮らしていて、そして立派な流れ星の車に乗ってぼくたちに会いに来てくれる。
「それはすてきだねえ」
ぼくは言った。ぼくは、お父さんの言ったことが本当であったのならどんなに良かっただろうと思った。
「そうだろう。でも、お母さんはもういなんだよなあ」
お父さんは悲しさと楽しさがごちゃ混ぜになったような表情で笑った。ぼくは何とも言えない気分になって、ぎゅっと握るお父さんの手を撫でた。
「廉は大人だな」
手を撫でるぼくに気がついたお父さんが言った。
「ぼくはまだ子供だよ」
お父さんが変なことを言うのでぼくは言い返す。
「そうだったな。廉はまだ子供だ」
今度はお父さんがぼくの頭を撫でた。ぼくは心持ちが少し明るくなって歌を口ずさむ。
「流れ星の歌か。その曲、お母さんが好きだったな」
隣でお父さんも歌い始めた。そうして、ぼくとお父さんは歌を歌いながら歩いて行く。
お母さんは星が好きだった。ぼくが夜中に目が覚めると大抵、お母さんは空を眺めていた。そして、昼間は大学っていうところで星の研究をしていたらしい。
だからこの流れ星の歌もお母さんは大好きだった。ぼくはお母さんのことをよくよく覚えている。
ぼくとお父さんが二、三回同じ歌を繰り返しながら歩いていると家に到着する。
お父さんは繋いでいた手を離すと鞄の中に手を入れて鍵を探る。
ぼくは月明かりに手を照らしてみる。ずっとぎゅっと手を繋いででいたせいか少し手が赤くなっていた。
「あっ」
ぼくは驚いて声を出す。
「お父さん、流れ星だ」
お父さんは慌てて振り向く。だけれども、もう流れ星は通り過ぎた後だった。
「残念、見れなかったか」
お父さんは空を眺めながら寂しそうに呟く。その時、再び流れ星が通り過ぎる。
「あっ」
今度はお父さんが驚いたような顔をする。
「見れてよかったね」
ぼくは言った。
「ああ、良かった」
お父さんは、そう言うと、扉を開ける。
「ただいま」
ぼくがそう言うと、隣にいるお父さんが「おかえりなさい」と言う。
ぼくはそれからお父さんと一緒にお風呂に入ると、着替えて、歯を磨いて、そして眠りについた。全然、眠くなかったはずなのにあっという間に寝てしまった。
真夜中、ぼくはおしっこに行きたくなって目を覚ます。そしてトイレを済ませて手を洗っているとベランダにお父さんがいることに気がついた。
ベランダまで見に行くとお父さんが椅子に座って空を眺めていた。
「お父さん」
ぼくは声をかける。
「うん? ああ、廉か」
お父さんが空から目を離して言う。
「星を見てたの?」
「そうだよ。廉も見るかい?」
ぼくが頷くとお父さんが小さな椅子を持ってきた。ぼくがそれに座って空を眺めるとちょうど流れ星が通りすぎた。そしてそのままじーっと見つめていると1個、2個と再び流れ星が通り過ぎていく。
「さっき流れ星を見て思い出したよ。今はふたご座流星群の時期なんだ。昔、お母さんが教えてくれたんだ。懐かしいな。お母さんは一緒に空を見ながら色々なことを教えてくれたんだ」
空を眺めるぼくの横でお父さんが言った。ぼくは、お父さんの言葉を聞きながら、一層、空をじっと見つめる。
「クシュン」
突然、くしゃみが溢れる。
「冷えてきたか。お父さんが抱っこで布団まで運んでやろうか」
ぼくは首を横に振る。
「ううん、いいよ」
「そうか。じゃあ、お父さんも寝るとしよう」
お父さんが言った。ぼくとお父さんは家の中に入った。お父さんは階段を上がって自分の部屋に向かう。
ぼくも自分の部屋に戻ると目を瞑る。瞼の裏でまだ流れ星が降っているような気がした。
ぼくはきっと夜空を見るたびに、お母さんのことを思い出すだろう。そしていつも願うのだ。この空のどこかにお母さんがいたらいいなって。そして、流れ星に乗って会いに来てくれないかなって。
その冬、ふたご座流星群は例年より遥かに多くの流星を降らした。その要因は全く分からず、研究者たちは頭を悩ましている。また、誰が言い始めたのだろうか。その冬の煌びやかな贈り物は天文マニアの間で「星のお姫様」と呼ばれたそうだ。