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【8】

本日、2話目です。






 2年間という月日は、何もわからずに始めた魔法の修行には決して十分ではない。


 それなのに騎士団の武器を作らせるのだからな、とアルノールはぶつぶつと文句を呟いていた。


「ロシェ先生。確かに自信は全くないですけど。

 これでお金もらっていいんですかね?」


 信頼性テストすら確立されていないのに騎士団で使われるのは不本意だった。

 だからと言って国からの命令を聞かないわけにはいかないだろう。

 ノエルは奨学生だ。

 その学費は国から得たものだ。

 ノエルがそう話すと、アルノールはすぐに首を振った。


「そんなことはまだ15歳の子供が気にすることじゃない。

 ノエルはあの犯罪まがいの家で苦労していた。本来なら国で保護する案件だ。

 慰謝料だと思えばいい。

 孤児院だってもっと良い生活ができたんだから。

 気になるなら、高等部は、騎士団からの金を貯めて奨学金はもらわないようにすればいい。十分に払えるだろう。

 ノエルは飛び級で卒業試験を受けたいと言っていたね?」


 ノエルはアルノールの提案に目を見開いた。

「はい、そうなんです。

 だから、もしも合格できたら2年分の学費だけでいいんですけど」


「ノエルなら飛び級も大丈夫だろう。過去の例から言っても首席の学生は、みな、飛び級で卒業できているからね。

 私も高等部は1年で卒業した」

「1年でですか」

 ノエルは、さすが学園教授になる人は違うと感心した。

「さっさと終わらせて留学しようと思ったのでね。

 ノエルも受けてみればいい。

 学費はもしも足りなければ、私が出世払いということで払っておいてあげるよ」

 アルノールがにこりと頷く。

「でも、ロシェ先生に払わせるのは悪いから……」

「国より私の方が信頼できないかい」

「ロシェ先生は信頼してますけど」

 ノエルは少し迷った。

 ――そうだわ。

 このまま奨学金をもらったら、国から付与魔導士として働けって言われた時断りにくい。


 ノエルはとりあえず高等部は自分で働いて学費を払うのを目標にすることにした。


 そうなると、付与魔法を頑張らなければならない。

 とは言え「売れるもの」を作るのは簡単でもなかった。


 ノエルが楽に付与できるのは、まずは「小さいもの」だ。


 それから、形が複雑だったり表面がでこぼこしているものは付与がし難い。

 ゆえにナイフくらいなら作りやすい。


 けれど、騎士団の希望は「防御力の強い革鎧」だった。

 次いで、火魔法が付与された剣。


 剣はまだしも革鎧は無理だ。

 表面積が大きいし、でこぼこしている。

 剣は、長剣はまだ難しいがレイピアくらいなら頑張ればできそうだ。


 ただ不安なのは、付与魔法が上手く出来ているかあらかじめ確かめるには魔力がどれくらい定着しているかを測るしかない。

 騎士たちが使用中に、もしもノエルの付与が消えてしまったら? それが原因で騎士が命を落とすかもしれない。


 ――お小遣いのために不安な武器を渡すわけにはいかないわ。


◇◇


 ノエルは、セオ・ミシェリー教授の研究室奥にある小さい部屋を作業部屋にしてもらい、一人で籠って付与魔法のレイピア作りをしていた。


 おかげで、教授の雑多なガラクタ……セオ曰く、大事な資料や史料は他に移された。

 申し訳なくてノエルはその話を聞いたときに身が縮む思いだったが、セオは、

「火魔法つきのよく切れるナイフ一振りでいいよ」

 と言ってくれた。

 ナイフくらい、いくらでもプレゼントしよう。


 魔法の授業では、火と風の魔法属性を持っている学生たちは雷魔法の訓練を始めた。

 アンゼルア王国では、火魔法の進化形が雷魔法だ。火と風の混合魔法を極めたものだ。

 それで、火と風の魔法属性を持つ学生限定となる。


 ノエルは4つの魔法属性を持っているが、そのことは秘密にするようにとアルノールに言われている。

 それで、火魔法と風魔法だけを使うようにしていた。一番強い魔法属性は火と風なので楽ではある。

 その代わり、部屋に戻ると必ず結界と土魔法と水の生成に精をだした。


 ごくたまに、魔法とは関係のない悩み事をアルノールに聞いてもらったりする。

「ディアンっていう男子と喋ってるとエリーザ嬢に睨まれて、根も葉もないデマを流されるんです」

 と目下の悩みをつい話した。

「男子に離れてもらいなさい」

 アルノールは即答した。

「ただ喋ってただけなんですけど」

「そいつが原因でデマを流されるような男は近寄ってはダメだな。

 ノエルは、別に彼は好きでもないらしいし、そいつはノエルが嫌な思いをしてても放置するような奴だ。

 付き合う必要はない」


 きっぱりと言われて、その言葉が胸に刺さるようだ。


 ――私、ディアンのこと好きじゃなかったっけ……。


 前は、好きだった。

 髪を撫でられるとどきどきした。

 でも、他の誰かに揶揄われるとディアンは迷いなく否定するのだ。

 何度も何度もはっきりと「違う」と言われた。

 見込みなど全く無い、と思い知らせるように。

 その度に好きな気持ちも削られていった。


 ディアンはいつも大声で拒絶する。

 ノエルはさすがにその意味に気付いてる。

 不良物件のノエルとの噂は困るのだ。

 ――でも、私がエリーザにデマで貶されるのは放置だったわ。ロシェ先生の言う通り。


 ディアンのことが何かわかったような気がした。


 ノエルは穏やかに中等部の3年を過ごしていた。

 ……のだが、そこに少しずつ波風が立ち始めた。


 ノエルの願い虚しく。

 教授の研究室でロベール王子と遭遇するようになった。


 作業部屋でノエルが仕事中、ロベールは隣室でミシェリー教授と喋っている。


 ――美味しいお土産付きだから、ちょっと楽しみになってしまってる自分の食い意地が憎い。


 学園の食堂ではお目にかかれない高級菓子が持ち込まれるとついニンマリしてしまう。

 ――ミシェリー教授も嬉しそうだし……。

 厳つい顔して甘党なのね、先生。


 ノエルは作業をしているためにセオが手ずからお茶をいれてくれる。


 作業が終わるとお茶と高級菓子が待っているというこの贅沢。


 今日もお喋りとお茶を楽しむと、寮に帰る……王子のお見送り付きで。

 可愛い女の子が遅い時間に危険だからね、と。


 ――いえいえ、王子殿下の方が護衛対象でしょ。

 まぁ、騎士様の護衛付きだけど……。


 今までは遅くなったら、セオかアルノールが送ってくれていた。

 でも、ロベール王子が来るときはアルノールは来ない。

 不思議と二人は遭遇しない。

 おそらくミシェリー教授からアルノールの方に連絡がいくようになっているのだろう。


 ――ロシェ先生に送ってもらえる方がいいな、緊張しなくて済むし。


 ノエルは他の女子が聞いたら贅沢だと言われそうなことをいつも考えていた。


◇◇


 昼休み。ノエルは図書室の資料を読んでいた。

 次いで、ゴシップ誌を手に取る。

 昨今の王家情報が載っている。単なる噂のような記事も。

 隣にはライザがいる。

 ライザは、もっぱら「サロン百花」という名前からしてゴシップ誌ふうの雑誌を読み耽っている。

 時折、ライザからも貴族の噂情報を聞き込んだ。


 ――少し、わかったわ。


 我が国の王家は若干の問題を抱えていた。

 ときは30年ほども前に遡る。


 国王が子爵家の美しい令嬢と恋に落ちた。

 決まっていた婚約者候補たちを全て断り、子爵令嬢を選んだ。

 その際は令嬢を侯爵家の養女にし、家柄ロンダリングまでした……バレバレだったが。

 国王の我儘で王妃が決まったのは良かったが、王妃はまったく懐妊しなかった。

 5年が過ぎても妊娠の兆しはなく、ついに第二妃を娶ることになった。

 だが、それから2年過ぎても、第二妃も妊娠しなかった。


 ついに側室まで娶ることになった。

 多産で有名な伯爵家と侯爵家から選んで、二人の令嬢が後宮へと入った。

 二人の側室はそれぞれ明くる年には身籠った。

 10年近くたってようやくのことで国は沸いた。

 生まれたのは二人とも王子だった。さらにお祭りムードになった。


 二人の王子のうち少し先に生まれたのが第一王子ジュール殿下で、王太子候補筆頭だ。

 現在22歳。王立学園を卒業後、国王の補佐を務めている。

 王都の施設の視察などで、最も国民の前に姿を見せている王子だ。

 ライザ曰く「とっても素敵な王子様よ」という。

 婦女子の場合、王子に対する評価のかなりの割合は容姿が占めているらしい。


 第一王子と第二王子が生まれて遅れること3年後に、第二妃が王子を産んだ。

 第三王子のロベール殿下だ。

 現在19歳。学院の研究室に所属。

 ゴシップ誌によると「ロベール殿下の実母の実家は富豪の侯爵家」「妃の父は財務大臣」と書かれている。

 後ろ盾は強力だ。母親の血筋と家柄からして生粋の王子様だ。


 さらに遅れること2年後。

 王妃が、第四王子サリエル殿下を産んだ。

 現在、王立学園の法学部に所属。

 サリエル王子は17歳。ゼラフィと同い年だ。


 ノエルは、新聞の写真に視線を落とす。視察中のジュール殿下だ。

 ご兄弟は似てらっしゃるのね、とノエルは悟った。

 でも、それでもノエルは約束したのだ。

 一緒に外国に行こう、と。


「ねぇ、ライザ。

 でも、これで見ると、王太子は第一王子のジュール殿下に決まりじゃない?」

 ノエルは小声でライザに尋ねた。

「どうしてそう思うの?」

 ライザが眉を顰める。

「今現在、陛下の補佐をされてるんでしょ? 視察とかも真面目にされるような王子殿下だもの。

 第一王子だし。

 ジュール殿下が王太子で良いわよね?」

「でも、実母が側室よ?

 領主会議では支持を得るのは難しいと思うわよ」

「えっ、そうなの?」

 ノエルは思わずゴシップ誌から顔を上げた。

「それはそうよ。だって、第三王子の後ろ盾は富豪の侯爵家と財務大臣だもの。

 それから、第四王子を産んだのは、国王の寵愛を一身に集めている王妃だわ。

 どちらも甲乙つけ難いくらいに支持を得てるんだから」

「そういう理由で王太子を選ぶのって、ダメじゃない?

 第一王子を王太子に選ぶのが伝統というか、そういうもんじゃない?

 それに、家柄的に問題がないから側室に選ばれたんでしょう?

 まぁ、多産の家から選ばれたとかは書いてあったけど」

「王子が全然、生まれなかったからね。

 ここだけの話。

 国王の魔力量と、王妃と第二妃の魔力量の差があり過ぎて、妊娠しづらかったらしいわよ。

 王妃は、何しろ魔導士の家系とは縁もゆかりも無い子爵家の出だものね。魔力はほとんどない人よ。

 第二妃も、家柄と父親が財務大臣という影響力で選ばれたんであって、魔力は考慮されなかったのね。おかげで子は出来なかったんだわ。

 そんな裏事情で、魔力的に釣り合う家から側室を選んだわけ。そうしたらすぐに御子ができたのよ。

 第一王子と第二王子は魔力は高いでしょうね。

 お二人に比べて、ロベール第三王子とサリエル第四王子は魔力量は高くはないみたい。

 特に、サリエル王子はかなり低めね」

 ライザは声を潜めて教えた。

「サリエル王子のその『噂』は雑誌にも載ってたわ。

 魔法実技の授業中に、魔力切れを起こして倒れたとか。

 サリエル王子は法学部なのに魔法実技があるの?」

「ああ、それは中等部の頃の話じゃない?

 中等部までは魔法実技は必修だもの」

「そうなのね」

 ノエルはふと思った。

 魔力量の少ないサリエル王子。

 魔力量の多い婚約者候補のゼラフィ。

 ――だからゼラフィが選ばれたのかしら。


「国王になるのに魔力量とかは関係あるの?」


 ノエルはライザに尋ねてみた。

「本来はあるはずよ。

 ねぇ、ノエル。

 あなた、古い魔導士の家系よね?」

「そうらしいわ。

 今はすっかり廃れてるけどね」

「ホントそうね。

 だって、古い魔導士の家に遺る言い伝えを知らないの?」

「私は蔑ろにされてた次女だもの。知らないわ。

 それに我が家はもう芯から落ちぶれてるのよ。

 消えるのも時間の問題かも。

 あぁ、ゼラフィが王子妃に決まったら少しは延命できるかもしれないけど」

「そうだったわね。

 いいわ。教えてあげる。

 本当だったらノエルにも伝わっていたはずの話なんだもの」

 ライザは器用に防音の結界を張った。

 ノエルは大事な話なのだとわかった。小声でも心配だからだろう。


「ありがと、ライザ。

 拷問されても秘密にするわ」

 ノエルが思わず誓うと、ライザが笑った。

「そこまで秘密じゃないと思うけど、お願いね。

 うちはノエルの家よりも魔導士としては下っ端だけど、きっちりと魔導士の伝統は大事にしてるのよ。

 あのね、我が国は魔導士が民と領土を守って興した国でしょう」


 ライザの前置きにノエルはアンゼルア王国の歴史を思い出す。


 アンゼルア王国は元は貧しい農業国だ。

 資源は乏しく、自然環境も不安定だ。

 その代わり魔導士が多かった。

 周辺国から攻められると魔導士たちが闘った。

 1600年ほど前には、強い魔導士を国王と定めアンゼルア王国とした。


「国を守るために多くの魔導士が命を落としたわ。

 今は、周りの国とも同盟を結んで、農作物の輸出で糊口を凌いでる感じね。

 1600年前も貧しい国だったのよ。国を守るのは大変だったでしょうよ。

 なんとか守り切って国を作ったんだわ。

 生き残った中で最も多くの犠牲を払い国を守った家が王家となった。

 その時に誓ったのよ、国王は魔導士としての力を大切にすることを。

 そうでなければ、国神の加護を失う」


「国神の加護を失う?

 それは大変なことね」

 思わずぶるりと体を震わせた。


 ノエルは魔力という人智を超えた力を使わせてもらっているのは人智を超えた存在の恩恵だろうと思うのだ。

「ふふ。

 やっぱり、ノエルは生粋の魔導士ね。

 こんな貧しい国が国として成り立ってきたのは国神の加護があるからと思うわよね。

 それに、ご先祖様はたくさんの犠牲を払って国を守ったんだもの。その伝統を守るのは子孫の役目よ。

 中心となるのは王家のはずだったわ。

 でも、数十年も前には、魔導士を契約で縛って搾取する家が取り立てられたんだわ。

 王家はそんな家からも王妃を選んで嫁がせた。

 だから、国はずいぶん傾いたわ。

 あの時の国王は、皆、短命だったわよね。

 国神を怒らせたからだって、うちの父は言っていたわよ」

「私もそう思うわ。

 ひどい話よ」


 ノエルは当時の話を聞いて憤慨したのだ。違法な契約で魔導士を縛り奴隷にしたのだ。


「それでね、ノエル。

 我が国の王は『国神が選ぶ』と言われているのよ。

 ここ何代かはどうだか知らないけれど。

 多分、それが蔑ろにされてたんじゃないかしら」

「と言うと?」

 ノエルは思わず眉をひそめ尋ねた。

「相応しくない王妃が選ばれると、子が産まれ難くなったりするわけ。

 だから、あの王妃は子をなかなか産めなかった。第二妃もね。

 側室のお二人は元の婚約者候補だった方よ。

 国神の加護のおかげか、すんなりと王子が生まれたわ。

 それなのに、他の王子を王太子に選んでしまったらどうなるかしら?」

「……国がヤバいかも」

「もぅ、ノエル。

 淑女はヤバいとか言っちゃダメよ。

 まぁ、傾くかもね。

 この国は泥舟かもしれないわ。

 私の父は、だからドルセン王国とアルレス帝国に婚約者探しに行けとか言ってるのもあるのよねぇ」


 ライザが物憂げに微笑み、内緒話は終わったと言いたげに防音結界を解いた。





読んでいただき、ありがとうございます。明日も同じくらいの時間になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] ライザちゃんが今はまだ仲良くしてくれているので、ホッとしています。 これからも仲良くしていてほしい。
[一言] 王子という立場がものを言わせている →王子という立場が「物を言う」 →王子という立場「に」物を言わせてる
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