【7】
評価やブクマをありがとうございます。
今日も2話投稿します。2話目は夜9時になります。
その日の付与魔法訓練で訓練場に行くと、アルノールがすでに来て待っていた。
「お待たせしてすみません」
ノエルは慌てて室内に駆け込んだ。
「いいよ、慌てなくても」
アルノールが微笑んで宥めてくれた。
癒しだ……、とノエルは思う。アルノールは治癒魔法を持っているせいか否か、全てが癒しだ。
「ロシェ先生。今日、ロベール殿下とお会いしました。
兄弟弟子だからという建前でしたけど。
でも、別れ際に『付与魔導士くん』って」
ノエルは早速、報告をした。
「あぁ……、そうだったな。ロベール殿下は、辛うじて報告する条件に当てはまっているか……」
アルノールが苦い顔をする。
「報告する条件、ですか?」
「条件は色々あるよ。関わりがある部署や信頼ができるかとか。
殿下は学生でありながら魔導研究所にも所属してるんだ。
優秀ではある。
ただ、王子という立場がものを言わせている側面も少々あるな。
ミシェリー教授の弟子なのは本当だ。教授から情報がいったのかもしれない」
「そうでしたか。
でも、信頼できる方なら問題ないんですよね。
今日はちょっと騒ぎになったので困りましたけど」
「騒ぎになったのかい?」
アルノールが心配そうな顔になる。
「ロベール殿下が登場した時点で大騒ぎでしたよ。
女子が」
「ハハハ」
「笑い事じゃないんですけど。女子の妬みは怖いんですよ。
殿下は、おまけに私に近づいて髪ぽんをやったんです」
「髪ぽんとは?」
アルノールが首を傾げる。
そういう顔は珍しく、ノエルは『先生、ちょっと可愛い』と思ってしまった。
「私の髪をナデっと撫でたんです。軽くですけど。
女子たちの叫びが中庭に響き渡りました。
教室に入ってからもなぜか詰問されまくりました。
たった数分の遭遇だけで王子効果が凄すぎます」
ノエルは思い出しただけで疲れた。
「それは悪かったね。
でもまぁ、仕方ないかな……。
ノエルのことを知れば王宮に取り込まなければとどうしても思ってしまうんだ。
殿下も、それで近づいた可能性があるな」
「えぇ……それはまた……。迷惑、というか。いえ、今のは失言です」
ノエルは焦った。
「いや、私には正直に言いなさい。怒らないから。
ノエルには、我が国の事情をもっと知っておいてもらいたいしね。
王太子が決まってないのは知っているね?」
「第一王子じゃないんですか?」
ノエルが答えるとアルノールが困り顔になった。
「違うよ。決まってないんだ。
王宮では何も発表していないから、周りが自動的に第一王子が王太子と考えているけれどね。
その可能性が一番高いからそれでもいいんだが。
我が国の国力は、ずいぶん前からとても情けない状態だ。魔導士が逃げていくのを放置したからだ。
王宮はそのことでずっと国民から蔑まれている。
代々の王家も、以前から家柄重視で国を傾かせた張本人みたいな家から王妃を選んだりしていた。
信頼などないよ。国から逃げ出した有能な貴族家もあるくらいだ。
おかげで先が見えない。
魔導士の養成には力を入れるようにしているが遅かったよ。本当に色々と遅かった。
我が国は資源もさほどない。
かつては、農業国だった。今も半分はそうだ。
だが、農業だけでやっていけるかというとそれも難しいだろう。
南部は気候が不安定だし、北部は湖沼が多すぎる。他の産業がもっと要る。
国の運営は難しいものだ」
アルノールは気難しい顔で首を振る。
「そうなんですね……」
「そんな中で現れた優秀な付与魔導士だ。
王子が興味を持つのも当然だよ」
「それは困ります」
ノエルは眉間に皺を寄せた。
「ノエルはずっとそんな感じだったね」
アルノールが微笑む。
「目立ちたくないんです。ヴィオネ家から目を付けられたくないので。
家を出てから今まで、2年以上、音沙汰なしですけど」
「ヴィオネ家に関しては少々情報を集めてるんだけどね。
どうやら君の姉は、サリエル殿下の婚約者候補になっているらしい」
「あのゼラフィがですか」
ノエルは思わず目を見開いた。
「魔力量が高いからね」
アルノールが苦笑する。
「魔力量がそんなに重要だとは知りませんでした。
びっくりです」
「まぁね。
成績も重要なんだが……」
「私が12歳で家を出るまでは劣等生だったんですが、成績が上がったんですね」
「ノエルから、家庭教師の宿題はノエルがやらされていたとか、成績が悪くて父親に怒られていたという話を聞いていたので王立学園の知り合いに聞いたら、確かにゼラフィ嬢は中等部では成績が最下位だった。
でも、高等部に進学してからは以前よりは良い成績を維持している。
それから魔法の実技では、訓練場の障壁を壊すくらい炎撃の威力がある」
「……壁、壊していいんですか」
ノエルは、ヴィオネ家には弁償できないような気がした。
「本当は壊されたら困るんだが。
稀にあることだし仕方がない。
それより、騎士団から勧誘が来たらしい」
「うーん、母は嫌がりそうな気がしますね。
父はわからないですけど」
「その通り。夫人から断りが入ったそうだ」
「ハハ」
ノエルは思わず笑ってしまった。
「容姿も悪くはないということで、サリエル殿下の婚約者候補になったんだよ」
「そうですか」
「……ノエルは、彼女が王子妃になることに関しては何も思わないのかい?」
アルノールが心配そうに尋ねた。
「私は、自分から縁遠い人になってくれるのなら、ちょっと歓迎というか」
「万が一、サリエル殿下が王太子になっても?
未来の王妃候補ということだよ?」
「そうしたら自分勝手できないんじゃないですか?」
ノエルは首を傾げた。
「我が国はけっこう王族は勝手ができるんだよ」
「え」
ノエルは思わず目を見開いた。
あの性悪が国のトップで好き勝手やるなんてとんでもないことだ。
「その時はどっかに亡命します」
ノエルは真剣に国を捨てることを考えた。
「私も一緒に行こう」
アルノールがにこやかにそう言った。
「一緒に行ってくれるんですか」
ノエルはアルノールに縋り付かんばかりに身を乗り出した。
ひとりきりで逃亡する予定だったが、アルノールが一緒にいてくれたら心強い。
国外に行くことも視野に入れ外国語は頑張ってはいたが、ノエルは12歳まで独学だった。
おかげで、単語や文法はけっこう丸覚えしているが発音は自信がない。
それに何より、アルノールと一緒ならきっと楽しい。
お喋りしながら馬車に乗る旅がふっと頭に浮かんだ。
「いいよ、もちろん。
ノエルが国を出るときは一緒だね」
ずいぶん軽い言い方だった。
ノエルは、ふいに舞い上がっていた頭が覚めた。
冗談らしい。
冗談に決まっている。本気にしたのが馬鹿だった。
「私、本気だったんですけど……」
すっかり気分が墜落した。
「私も本気なんだけどな」
「そうですか」
アルノールは苦笑しているが、ノエルの気持ちが上昇することはなかった。
「信じてないみたいだね?
祖国を捨てたがっているのはノエルだけじゃないんだよ?」
「え……ロシェ先生、が?
でも……ロシェ先生は、才能があって国立学園の教師で、若くて格好良くて。
順風満帆じゃないですか」
ノエルは目を見開いて戸惑った。
「そんな風に言ってくれるのはノエルだけだよ」
アルノールは優しく応えた。
「でも、私と違って……」
「私からすれば、ノエルは希な能力を持っていて、自分の努力でひどい家族から逃れて学園でも良い成績で、将来は明るく見えるよ」
「そんなこと……」
「もしも、ノエルが国を出るときは誘ってくれ」
思いの外、真剣な声でそう言われてノエルは思わず頷いた。
「はい」
「約束だよ」
アルノールのその瞳がなぜか切なく見えた。