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学校編「よく学び、よく鍛えよ」15


 運動の授業を担当している教師べニートはにやにや笑いを抑えながらグラウンドを眺めていた。

 毎年、生徒たちに陣取りゲームを指導し始める時は、色々と気を遣う必要があり厄介だった。

 リーダー決めをしなければならない。

 成績順で上から決めると公表してあるが、実際は少々操作をしている。例えば、子爵家の気の弱い生徒などをリーダーにしてしまったら、彼が気の毒なのだ。かといって、生徒からの推薦で決めても支障がある。

 貴族家の子が多く通う王立学園では、性格劣悪な生徒でもしがらみでヨイショしなければならない生徒が多くいるのだ。成績順で上から決める、としておくのが無難だ。

 実際は、侯爵家以上の家柄で多少でも気の強そうな生徒を選んでいる。良家はたいがい教育熱心なので生徒たちは優秀な者が多い。ゆえに、皆、納得している。

 今回は、主席の第一王子がいるので、ユーシス殿下は文句なく決められた。

 1組はあとはグレン・ドナトで決まりだ。2組でも丁度良い優秀な生徒がいたのでなんら悩む必要もなかった。ユーシス以外の3人は我が強すぎるような気がしないでもないが、チームを引っ張っていってくれるだろう。


 そんなわけで、陣取りゲームを始めた最初の授業ではリーダーの発表とメンバー決めが行われた。

 不公平のないようにリーダー4人にクジを引かせて、順番に欲しいメンバーを指名させていく。

 ここからは教師はただの傍観者で良いから楽だ。

 王太子が4番のクジを引いて運のなさを披露してしまったが、ユーシス本人は平然として動じない様子だった。

 1番のクジを引いた2組のリーダー、サデスが一人めの仲間を指名する。いつも連んでいる友達ではなく、歳のわりに屈強な体躯の2組の生徒を選んだ。無視されたサデスの友人が睨んでいる。あとで友情にヒビが入らなければいいが。

 こういう時は、友人たちとはよくよく相談しておくべきだろう。貴族界の荒波をうまく渡っていくには、人心収攬も必要なんだぜ、とべニートは心中で渋い顔をしたが、表情には出さないでおく。


 二人目、三人目のリーダーたちはいつもの仲間を選んでいる。それなりに運動神経が良さそうな生徒なので迷う必要もなかったのだろう。

 ユーシスは自分の番になると速やかにルシアン・ヴィオネを指名した。ルシアンが自分の元に来ると王子が嬉しそうに笑っている。珍しく無邪気な笑みだとベニートは思った。

 仲良しのいとことはいつも一緒なので、側近のパトリスよりも優先順位が高いのだな、とその場にいた生徒たちは思ったことだろう。パトリス本人が、安堵したように嬉しそうにしていることに、気づいた生徒はいるだろうか?

 べニートは大方の生徒たちとは違うことを考えていた。

 パトリスは、主がルシアンを確保出来たことを喜んでいたのだ。

 ユーシスやルシアンを担当する教師たちは、ルシアンの正体を知っている。彼は奨学生だ。特別なのだ。

 べニートは、ルシアンの叔母である王妃が身体強化魔法の達人であることは自分の学園関係の情報網から知っているし、ルシアンの実母が刑務所で人外レベルの活躍をしていたことも知っている。

 おまけに、ユーシスが、ルシアンを隠すように昼休みのたびに図書室に引き摺って行ったのも気付いていた。

 これは、面白いことになりそうだな、とうっかりにやにやしそうになるのをなんとか抑えた。


 男子は1組が18人、2組が22人で、合わせて丁度40人だった。

 4チームで簡易ルールの陣取りゲームができる人数だ。

 簡単ルールはごく単純だ。

 長四角のコートを4つに区切って、端から「敵の隠密エリア」「陣地」「敵陣地」「味方の隠密エリア」となっている。隠密エリアは細くて狭い。

 つまり、陣地が敵に挟み込まれている。

 隠密エリアには、「斥候」が一人か二人だけ入ることになっている。

 斥候役は、敵にぶつけられても死なない。その代わり、最後まで残っても点数にならない。

 このゲーム、ゼッケンの色で役付がわかるが、生き残った時の点数が違うのだ。

 「王様」は50点、「側近」と「幹部」は20点、残りの歩兵は3点という、平兵士には厳しい点になっている。

 ユーシスは、ルシアンの次にパトリスを選ぶと、あとは順当に見るからに運動神経の良さげな生徒を選んでいる。貴族も商家も関係なく本人の能力のみを基準にしているようだ。パトリスとのやり取りで選んでいるところを見ると、パトリスは情報源として側近らしく仕えているらしい。メンバーに選ぶまではパトリスの情報網を使わなかったのだとすると、ユーシス王子はなかなか立派ではないか。あるいは、他のリーダーがパトリスを選ばない可能性が高いと思っていたのか。

 この年齢で情報の価値を知っているのだとしたら、王家の帝王学は優れものだ。


 メンバーが決まるとリーダーは渡しておいたゼッケンを配っている。

 ユーシスは、パトリスに歩兵のゼッケンをいの一番に付けさせ、パトリスは苦笑している。

 ルシアンには側近のゼッケンだ。若干、そのことに他のメンバーの視線が厳しいが、ユーシスはご機嫌なままだ。


 さて、ゲームでもするか、とべニートはにこやかに声をかけた。


 ゲームが始まって数分もしないうちに、生徒たちはユーシスがルシアンを選んだ理由を知った。

 ルシアンは、残像しか見えないくらいのスピードで走り、グラウンドにいた全員が呆気に取られた。

 ユーシスはただ楽し気に微笑んでいる。


 皆、ユーシスが、昼休みのたびにルシアンを連れて図書室に行っていた理由がわかっただろう。

 ルシアンは、身体強化魔法の使い手だった。しかも、達人レベルで。


 ユーシスチームが全てのゲームで圧勝し、ルシアンが「あのさ、俺、斥候役もやってみたいんだけど」とユーシスに頼んで「駄目」と即座に却下されていた。

 斥候役では、王様を守ることが出来ないからだろう。


 ユーシスは、案外、容赦ない王様になりそうだった。


◇◇◇


「ユーシスが、陣取りゲームが楽しいって言ってたわ」

 ノエルが朗らかにシリウスに話しかけた。

「ルシアンを確保出来たんだろうな」

 シリウスも楽しげに答えた。

 ルシアンが身体強化魔法を使えば竜や風狼並みの身体能力であることは知っていた。

 ゼラフィがそうだった。

 血筋は争えない。ノエルも身体強化魔法は6歳くらいで出来ていたと言う。

 ルシアンはノエルよりも強化できる筋肉を持っているし、ゼラフィよりも魔法は巧みだ。おかげで、騎士団も垂涎ものの強化魔法の使い手になっている。

「ルシアンを側近にしとけば絶対にユーシスは安全ですって。

 でも、公式ルールでゲームするときは幹部にしておいたとか言ってたわ。

 ゲームの前半は敵歩兵と幹部を残らず潰す役割を振って、多少、周りの兵が減ったら王様の護衛をさせればいいとか。簡単すぎて勝負があっさり付きすぎるのが難点とか」

「……そうか」

 シリウスはユーシスが圧勝を目指して容赦なくやっていることがわかって「完璧主義のユーシスらしいな」と苦笑した。

「今度の球技大会は、見にきてとか言ってたけど」

「ああ、予定は空けてある」

 シリウスはにこりと笑った。

 魔導科も騎士科も交えての球技大会になる。

 魔導科で始めて優勝チームになるかもしれないな、と大波乱の予感がした。


 ゼラフィの子が活躍していることを、伯父として国王として安堵する。

 あの奇妙な事件が解決して良かった。


 シリウスは、ゼラフィを許すつもりはなかった。今でもその気持ちに変わりは無い。

 ただ、ゼラフィに対するよりもさらにそれ以上に、姉妹の両親に対する怒りの方が大きかった。

 ノエルと出会い、虐待の話を聞いた時から、最初からだ。ゼラフィのノエルに対する暴行は姉妹がほんの幼い頃からだ知れば自ずと背景がわかる。

 親がその状況を作った・・あるいは許した。明らかだった。


 ゼラフィの刑務所内での報告は定期的に行わせていた。

 彼女は、ルシアンの母親だ。

 サリエルの子をゼラフィが孕っていると知ってから、シリウスは赤ん坊を守ることを優先させようと決めた。王族の子だからだ。

 それに、サリエルは前の王妃とは異なり人格も優れていた。

 サリエルは、王宮魔導士のルカ・ミシェリー公爵に気に入られていた。魔導の技が上手いと認められていた。

 魔導の技術は努力と修練が大事ではあるが、センスも大事だ。こればかりは生まれ持った才能だ。魔力量が低いのは残念ではあるが、それを補って余りあると言う。サリエルは王家の血筋を十二分に受け継いでいた。


 ゼラフィは本来なら処刑されても仕方のない罪を犯し、過酷な刑務所に送られた。法に則って彼女の処遇は決められている。その範囲内で子を守らなければならなかったが、できる限りのことはした。

 ゼラフィが並外れた健康体だったのも幸いだった。彼女が身体強化を速やかに身に付けたのは予想外だったが、元からその才能があったのだ。

 無事にルシアンは生まれ、ゼラフィは事故で亡くなるまで刑務所で存外、楽しそうに暮らしていた。


 シリウスは、ゼラフィのおかげで思い知ったことがあった。

 刑務所内で罪を償っている囚人たちも国民だ。

 当たり前のことだ。だが、シリウスは考えていたつもりではあっても、さほど思うことはなかった。

 どうしても一般の国民の方が優先されていた。そのためにジャニヌ刑務所内での事件の対処が長年おざなりだったのだ。結果を見ればそれが本音だとわかる。誤魔化しようがない。

 だが、ゼラフィに考えさせられた。

 ゼラフィは、ゲームの中ではあるが、仲間たちに「私たちの王様」と無心に呼ばれていた。何らの邪気もなく親しみと尊敬と愛情を込めて、純粋に呼ばれていた。

 ゼラフィは仲間たちを一欠片の迷いもなく守り切って死んだ。

 そのことを思うと、複雑な心境にならざるを得ない。

 自分は国神に王という立場を押し付けられるようにしてここにいる。そんな自分と、純粋だった彼女とを比べてしまう。

 その感情は、彼女の罪が許せないという私怨とは全く別の次元にある。

 彼女が守ってくれた者たちのためにも、ルシアンを守りたいと思う。

 彼女の息子が幸せであるように。

 彼に相応しい人生を歩めるよう、十二分な支えとなりたいと、そう思わずにはいられなかった。




亀更新になりました。読んで貰えて嬉しいです。ありがとうございます。

m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] 泣けた。シリウスの思いに心が動きました。
[一言] 先代の主人公夫婦が過去のやらかし案件とか、正常不安定な隣国との関係とかで苦労してる中で子世代が頑張ってるのが本当に楽しいです。 父親の技術と母親の魔力を引き継いだルシアンの強さが出てきたり…
[一言] ゼラフィがノエルにやったことを考えると許せん!と言う気持ちは確かにあるけど要因はクズ親のせいなのが、刑務所に入ってからそれまでの人間関係が一新したことで、ゼラフィの本来の良さが発揮できたのは…
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