学校編「よく学び、よく鍛えよ」14
ルシアンはノートをめくっていた。
召喚術のノートは嫌がらせで破かれたので書き直したやつだ。ユーシスのノートも見せてもらって書き直したページもあり、当時のルシアンの精神状態も相まってぐちゃっとしている。
なんとか目指すところを見つけると召喚術の「初級中の初級」、もっとも簡単な詠唱はどういうものだったか読み返した。
『もしもある日突然、「人間さん、人間さん」という声が聞こえたら?
誰が来るだろうか』
「言葉のわかる者」
「不審者を取り締まる衛兵」
「好奇心旺盛な者」
「警戒心のない者」
スニア教師は生徒たちからそういった意見を聞き出した。
キュリス教師の言葉はこうだ。
「なかなか的を射た答えですね。
召喚の魔法陣は、それなりに強い吸引力なのです。ですから、たいていの精霊は惹かれます。
とは言え、ただ惹かれるだけですから、詠唱が『精霊さん、精霊さん』なんて言う、つたない台詞でしたら惹かれる力に逆らえない低級しか来ないわけです。精霊の衛兵・・と言いますかそういう気質を持った精霊が様子を見に来る可能性は少しはありますが、大方、ヘタクソな見習い召喚士だと推測して歯牙にもかけないでしょう。
ちなみに、今の雑なレベルの魔法陣だとノイズがだいぶ入りますから、魔力の質までは反映も増幅もされません。
ゆえに、詠唱者の魔力の質で惹かれることもありません」
高度な召喚の魔法陣は高位の精霊が存在するという異界との狭間にまで詠唱を届ける、らしい。
あくまで高度な魔法陣の場合だ。低級レベルではそんな凄いところまでは届かない。
要するに、低級は低級なりの召喚効果になる。
ルシアンたちは自分たちが「精霊さん、精霊さん」などと子供じみた台詞を古代語で言っていることに気落ちした。
とは言え、『麗しき水の精霊よ、参りたまえ、我が魔力を対価として与えん』とかいう難しい詠唱はまだ出来ないし、複雑な魔法陣は描けないし、魔法陣に魔力を注ぎながら完璧な詠唱なんて無理なことは知っている。
――それでも、僕の召喚の詠唱に答えてくれた「見える」精霊がいた?
◇◇◇
今日は週に一度の「運動」の授業だった。
王立学園では、基礎学習の中に「運動」の時間がある。
これが面白い。週に一度しかないのが物足りないくらいだ。
王立学園には運動をするための設備がありすぎだろ、と思うほど整っていた。
最初の2か月は、それらの設備の説明を受けながら実際に使う授業が行われた。
運動用の各種マット、プール、筋トレのためのあらゆる器具、魔獣の動きを模した魔導具まであった。
嫌がらせ事件が解決したころ。
運動の時間に「陣取りゲーム」の説明があった。
ルシアンは面白そうなゲームに、すっかりワクワクしていた。
「ユーシスが陣取りゲームの指揮官になるんだろ」
「そうなりそうだな」
ユーシスは若干、渋い顔で答えた。なにか作戦や選ぶメンバーでも考えているのかもしれない。
成績順で上から機械的にリーダーは選ばれる。主席のユーシスは一人目のリーダーで決まりだ。
ルシアンは1組での成績は真ん中くらいなので、絶対にリーダーにはならない。
「陣取りゲームって、すごい面白そうだよな」
ルシアンは王族控え室で着替えながらユーシスに話しかけた。第一王子のユーシスは防犯の関係でこの部屋で着替えることになっている。ルシアンもいつも一緒だ。
男子は運動の授業は2組と合同だった。男子と女子は別れるからだ。
それで、18人の1組男子はふたりのリーダーを決める。2組の男子も同様だ。
ひとりはユーシスで、もうひとりはパトリスかグレンだろう。
学園側が側近のパトリスをユーシスと一緒にしようと配慮するのならグレンかもしれない。
陣取りゲームをするときは、ゲームのルールによって人数は違う。
9人で1チームのときはリーダーがふたり選ばれる。
18人で1チームのときはリーダーはユーシスひとりになるだろう。そのときは、もうひとりのリーダーはサブリーダーや相談役になる。
公式ルールというものはあるけれど、学園でゲームをするときは、そのときの人数やコートの都合などで好き勝手にルールや陣地の面積を変えてしまう。
例えば学園では、陣地の面積や形を工夫し、敵の歩兵が王様エリアにいる王や側近を攻撃しやすくしている。
ゆえに、側近の防御力がかなり重要だ。
「ルシアン、側近、やりたい?」
ユーシスに尋ねられ「希望、言っていいの? やりたくないけど」と笑いながら答えた。
「希望くらい、一応聞かないとな」
ユーシスは本音はどうあれ真面目な顔だ。
「ふぅん。
でも、メンバーはリーダーがクジ引いて順番決めてひとりずつ指名するんだろ?
万が一、他のリーダーが先に僕を選んだら違うチームかもよ?」
ルシアンの指摘にユーシスがまた渋い顔をする。
「それな。
でも、幸いなことに今までの運動の授業は、生徒に設備を覚え込ませるために球技はなかった」
ルシアンとユーシスの他にはカロンしかいないのにユーシスが声を潜める。パトリスはお遣いで先に行っていた。
「うん、そうだな」
ユーシスの言う通りだ。
学園側としては、生徒が慣れない設備で事故や怪我をしないように、まずは慣れさせたかった。おかげで、今までずっと設備中心の運動だった。球技はやっていない。
「要するに運動能力は正確にはわからない授業だった」
「そう、かな?」
これまでの授業を思い返すと、設備に使い慣れている生徒が有利な授業になっていた。あまり互いの運動能力がわかる授業でもなかったかもしれない。8回の授業のうち半分は温水プールでの水泳で、あとは、筋トレで体を痛めないやり方とマット運動だった。
「きっと大柄な生徒を選ぶさ」
ユーシスはにこりと笑った。
「昼休みにボールで遊ばなかったのはそのためじゃないよね?」
ルシアンは、この2か月、昼の休みはユーシスが誰に誘われてもボールのゲームはやらなかったし、ルシアンを引きずって図書室に行っていたのを思い出す。
「へへ」
いとこが悪そうな笑顔になった。
なるほど、と納得した。ルシアンは平均より少し高いくらいの背丈で細身だ。父の体型に似ている。強そうには見えない。
ルシアンが身体強化魔法を使えることは知られていない。そういえば、ユーシスに会話を誘導されていたような気がする。身体強化魔法が話題に上らないように、だ。
運動の授業でも、まだ身体強化など微塵も出てこない。
中等部一年で身体強化魔法が達人級なんて、魔導科の生徒にはほぼいないだろう。騎士の家庭なら子息に叩き込んでいるかもしれないが。そういう強者は騎士科に入っている。
このためだったのか、とルシアンは呆れた。
ルシアンが「身体強化魔法は5歳くらいで自然と出来た」と話したらパトリスが驚愕していたが、その時もその場にはパトリスとルシアン、ユーシス、従者のカロンの4人だけだった。
パトリスはユーシスの側近になるために、護衛の腕を鍛えようと身体強化魔法は猛特訓していた。でも、まだ使いこなせていないと言う。剣術も真面目にやっている。
残念ながら、パトリスはどう見ても能力は側近や文官向きなのだ。
ユーシスが、落ち込んだパトリスに「でも、パトリスはルシアンよりずっと思慮深いだろう」と慰めていた。
ルシアンとしては、その慰め方はあんまりだろ、と思ったが、空気を読んで文句は言わないでおいた。
その日、授業でリーダー決めと、メンバーの選定が行われた。
1組のリーダーはユーシスとグレンだった。
メンバーの選定は、2組も交えてリーダーが順に欲しいメンバーを指名していくやり方だった。
ユーシスは、無事にルシアンとパトリスを自分のチームに入れることに成功した。
お読みいただき、ありがとうございます。
(^^)
 




