学校編「よく学び、よく鍛えよ」12
昨日からの真相編、後半です。
「セルバ教師が協力的になってくれたので良かった。
何しろ、もともとが治癒魔法だからな。精神操作の痕跡に乏しかった。
だが、陛下が揺さぶりをかけたので、セルバ教師は『これはマズイ』と思ったらしくてな。
それまでは、頑なに『希望順位は書いてなかった』だの、『間違えた』だのと言い張りおって。
他の生徒たちも自覚がないしな」
ルカが愚痴る。よほど面倒だったらしい。
シリウスも、教師でありながら非協力的なダニス・セルバに苛立ち、パトリスを利用することになったが、調べてみると彼には生徒たちよりもさらに強力に仕掛けられていた。
ダニスが不自然に接触してきた生徒を思い出してくれたおかげでより早くハルクを抑えられた。
「ようやく、真相を学園にも知らせられる。
停学になった生徒たちにも」
シリウスは穏やかにルシアンたちに教えた。
調べは難航したのだろう。だから、ルカ・ミシェリーが呼ばれた。
ルシアンに嫌がらせをした生徒にはその時の「記憶障害」と言う症状があったので、ほとんどがハルクの操作でやらされたことがわかった。
「犯人はハルク・オルデンですよね? ルシアンの報告にあった」
ユーシスがそう言うとシリウスが頷いた。
「そうだ。よくわかったな、ルシアン」
「魔草が教えてくれたんです」
「ハルクが犯人と確認されてるよ。停学になった7人のうち6人とも接触していた。
ひとりだけはハルクは関わっていなかった。最初にやった生徒だけ。他はやらされていた。
ルシアンのよからぬ噂を喋っていたせいでハルクに目を付けられたのは彼らの落ち度ではあるが、停学になるような嫌がらせまではやる気はなかった。悪感情を利用された。
オディーヌと親しげなことに嫉妬した者と、ユーシスの側にいられることを羨んだものと。
それから、自分の婚約者がルシアンを褒めていたために腹を立てたものと」
「え、モテてたって、それ……」
とルシアンは思わず口走りそうになり、慌てて口を押さえた。
「良かったわね、ルシアン」
オディーヌに軽蔑したように見られ、ルシアンはムっとした。
「知らないし!
そんなバラ色の学園生活じゃなかった!
灰色しか経験してない!」
「なにが灰色よ!
私が仲良くしてあげてたでしょ!」
「こんな事件に巻き込まれたのにルシアンが元気で良かった」
シリウスが微笑んだ。
「あ……、ありがとうございました。
父にも知らせておきます」
ルシアンはオディーヌから陛下に向き直り礼をした。
「こちらからも知らせてあるよ。ジェスに報告に行かせた」
「助かります。父たちも安心したと思います」
「ああ。そうだろうね」
学園への報告と、生徒たちに知らせる手筈はもう整っていると言う。
ただ、新種の魔法ゆえに、どんな精神操作かの詳細は伝えない。
「治癒……と言うことは、父上もできるのですか」
ユーシスが尋ねた。
ルシアンもそれは気になった。他の治癒師でもできるのだろうか。
「私も試したのだが、出来なかったな。
気になるので試みはまだ続けておくつもりだが。これまでも聞いたことはない」
「私も聞いたことはないな。若干、似たものはあったが。
それは、治癒魔法を施したのちに、暗示を植え付けると言うものだ。
暗示は、魔法ではなく、ただの命令とか言い聞かせだった。
治癒魔法の魔力が浸透した後でな、被験者が謝意で懐柔されやすい状態なので、命令に操作されたようだ。
どうやら治癒師は、人の心に踏み込みやすいのだな。
だが、今回のものはもっと強い。やはり、別物だな」
ルカが説明を付け足した。
すっかり解明されたわけではないが、とにかく、そう簡単に真似はできないようだ。
ただ、真似しようとする者が増えて、その中から出来る者が出てきてしまうと厄介なので今回の「技術」に関しては極秘にすると言う。
ルシアンは安堵して学園に戻った。
嫌がらせはぱたりと止んだ。
ハルクが捕まり未成年の犯罪者用、更生施設に入ったからだ。
まだ13歳と言う子供の年齢ではあるが危険と判断されたため、己のやったことの意味を理解するまでは出られない。
やったことが悪質だった。
ルシアンが側近候補に混じることになったら困ると思ったのが動機らしい。
パトリスを陥れようとしたのもそれだ。
ミロシュは、ハルクの幼馴染で遠縁だが、すでに何年も前から操られていた。
ミロシュは優秀なので、情報収集をやらされていた。
ミロシュの回復には時間がかかると言う。セルバ教師や皆の手当も始まった。
学園は、新種の精神操作が行われた、と知られて若干パニック状態だ。
パニックになることはわかっていたが、真実を知らせた方が良いと学園側とも話し合って決めた。
あれから、ダニス・セルバ教師が、ルシアンに謝って経営学を受けないかと誘ってくれたが迷った末に辞めた。
やはり選択授業は4つくらいが丁度良い。
いつでも質問に来てくれと重ねて言われて、それは嬉しかった。
何もかも落ち着いた。
ハルクがミロシュを操るのは、側近候補になるずっと前からだったと言う。
だから、ユーシスの側近の件はハルクが犯罪に目覚めたこととは関係ない。ハルクは元から犯罪者予備軍だった。
とは言え、早めに決めておいた方が無難だからとユーシスはパトリスを側近に決めた。
他の候補は、ハルクは論外で、ミロシュは療養中なので保留。残りの二人には「パトリスに決めたので」と断った。
ミロシュの回復次第で、また彼については検討はするがどうなるかは不明だ。ミロシュがどう決まっても「あとはカロンがいるから」と増やすことはないらしい。
ミロシュの家、クランツ侯爵家は、こんなことがあったので側近は懲り懲りかと思ったが、次男のミロシュの勤め先としては理想的なのでまだ諦めていないと言う。
ルシアンとしてはがっちりと操られているミロシュしか見ていないので、なんとも言えない。彼はルシアンには、かなり冷たい目を向けていたのだから。
回復した彼に興味はある。
気分的に、親しくなれる感じは皆無だが、長年の呪縛から抜けた彼はどんなだろう。
◇◇◇
セス・レフニア教授にまたハイネのお茶を持っていった。
久しぶりだった。ヴィオネ家に帰っていなかったので運べなかった。
「ありがとう、ルシアン。
お茶を飲んでいきなさい」
誘われて、静かなセス教授の研究室に入った。
ユーシスが生徒会室なので、今日はゆっくりできる。
教授が忙しければお茶をご馳走になったらすぐに帰るが、教授はのんびりした様子だ。
少し固めのソファにくつろいだ。
「事件が解決したらしいね」
セスに嬉しそうに言われて、ルシアンは『本当に終わったんだな』としみじみ思った。
「はい、良かったです。被害にあった連中は災難だったかもですけど」
「ルシアンの悪口など言うからだな。
自業自得の部分もある。失敗から学ぶことを祈るよ」
セスはルシアンの前に茶のカップをおいた。
「悪口くらいなら、聞こえないふりしてればいいから許します」
ルシアンは強がり混じりの言葉を述べた。
「そうか。
まぁ、自分の品位を落としている連中にこだわるのは時間の無駄なのだろうな。
ハイネ殿たちも安心しただろう」
「父上とハイネは、私が話をしたらすぐに暗示だろうと言ってました」
「だろうな。教師たちの幾らかは、新種の精神操作ではないかと疑っていたものだ」
「そうなんですか?」
ルシアンは思わず顔を上げた。
「流石に声高には言えないがな。
調べがつかないうちは、迂闊なことは言えないものだよ。
ただ、そういう可能性も考えた。
教師たちは、ルシアンが只者ではないことは知っていたしね」
「えと……僕は、只者ですが……」
ルシアンは首を傾げた。
「契約魔法で生徒の情報は漏らさないようになっているけれどね。
ルシアンが奨学生なのは、一部の教職員は知っている。
只者では、王立学園の奨学生にはなれないからね。
陛下は、ルシアンを守るために奨学生にしたのだろう。
王立学園の主たる教師にルシアンを守らせるためだよ」
「え……」
「国にとって得難い才能のあるものしかこの学園では特別としない。
王族であると言うだけでは足りない。
囲い込みたいという理由もあるのかもしれないが。それだけではないだろう」
「僕は……」
ルシアンは混乱し、そのまま口をつぐんだ。
不意に、暖かな手がルシアンの髪を撫でた。
「話し過ぎたかな?」
案じるような優しい声だった。
「いえ。教えてくださってありがとうございます。知らなければ、陛下に感謝できなかった」
「甘えて受け取っておけばいいよ。勝手にやってくれたことなんだから」
セスに朗らかに言われて、ルシアンは思わず笑った。
「はい」
「私にも頼って欲しいな。ルシアンのことは知っているのだからね」
ルシアンは、セスの「知っている」と言う言葉に思う以上に深い意味があるような気がした。カップを手に取るセスの手首には、ルシアンも持っている腕輪と似たものが付けられている。
「レフニア先生。その腕輪、私も似たのを持っています」
「そうだね。でも、ルシアンは付けないのかい?」
ルシアンは、セスがそれを知っていたように答えるのを不思議な気持ちで聞いた。
「学園では無くしたり壊すといけないので、実技のない時だけ首に下げておくか、王宮の部屋に置いておきます」
「そうか。確かに学園ではその方が安心だろうな。
この腕輪は、特別な山で採れるものだよ。普通は手に入らない。
私は恩人にもらった」
「恩人ですか」
恩人という言葉の響きはこんなにも特別だっただろうか。
「私の職場を救った人だ。犯罪者が捕らえられずに酷い所業を繰り返していた。彼女はそいつらを退治したんだよ」
セスは楽しげにそう言った。
「すごい人ですね」
彼女と言うからには女性なのだろう。
「本当だね。それから、何年もして事故が起きてね。彼女は数十人もの仲間たちを救って亡くなった」
セスの瞳が悲しみで揺れるのをルシアンは見た。
「そう、ですか」
なぜかルシアンの胸にも悲しみが過ぎる。
「腕輪は、大切にね」
セスは微笑んでいた。もうルシアンを見つめる瞳に悲しみはなかった。
「はい」
ルシアンは頷きながら、父に腕輪のことを尋ねようと決めた。
ストックの関係でまた不定期になりそうです。すみません。
m(_ _)m
ルシアン、ハルクがいなければけっこう楽しい学園生活でした。
精神操作はほかのパターンもあるかもしれませんね。読者の方から「火魔法の煽り」とか伺いましたが、じわじわ頭の中を熱くするとか…拷問ぽいですが。瞬間的におかしくなりそうな…。熱い気候の方が犯罪発生率は高いそうです。




