【6】
今日の2話目になります。
入学して2年が過ぎ、ノエルは3年に進級した。
今年、ノエルは15歳になる。背もそれなりに伸びた。
制服がきつくなり教務に相談していたら、ライザが新調したので古い制服を手直ししてくれた。
新品みたいに綺麗だし、オートクチュールの制服だったらしく生地も違う。お直し代くらい払おうとしたのに、ライザが「侍女がちょいちょいっとやってくれただけなのにお金なんかわからないわ」と面倒くさそうに言うので大人しくもらっておいた。
ノエルの友人、ライザは、格好いい令嬢だ。スタイルが抜群に良い。
メリソン家は子爵家だから家柄的にはノエルの方が上だ。
でも、メリソン家はとても裕福なのだ。
一度、ライザの家に呼んでもらったが豪邸だった。
ヴィオネ家も、敷地は広いし邸も大きいが何しろ古い。
廃墟のような邸だ。
苔むした外壁に煙突は半分は崩れて使えない。窓枠もほとんどが傾いて、鎧戸が引っかかっている。
あらゆるところの塗料が剥げているし、木が腐って傷んでいる箇所は数えきれない。
使用人に直させないのかと思っていたが、大工仕事もできる使用人は給金がとても高いという。
壊れてない煙突もとっくに煤掃除をしなければならない有様だ。
母はノエルにやらせようと考えていたらしいが、貴族令嬢が屋根に登っている姿を近所に見られたらマズイからやめたという話を邸の噂で聞いた。
ここまでくると、面白い母親だ、とさえ思える。
ノエルは貴族令嬢としては常識知らずだが、邸の図書室でマナーの本を読んだことはあるし、なるべくそのとおりにするようにしていた。
自分が小柄でガリガリに痩せていて傷だらけで、みっともない自覚はあった。その上、立居振る舞いまでみっともないのは嫌だと思っていた。
今は、火傷の痕は消えたが。ノエルのマナーは自己流なので十分ではない。
ライザは、そんなノエルをさりげなく直してくれる。
そっけない割に面倒見が良いのだ。
「やっぱり、学園の先生たちって優良物件よね」
3年になると、ライザはそんなことをよく言うようになった。
――って言うか、前からたまに男子の品評してたっけ。
ライザは次女なのだが、何しろ実家のメリソン家は裕福だ。持参金はたっぷり用意されているだろう。
それに、メリソン家自体が幾つもの商会を経営しているので、繋がりを持ちたい貴族はたくさん居そうだ。
「ねぇ、ノエルは婚約とか興味ないの?」
「ライザさん、あのね、私にそれを聞かないでよ。
不良物件代表の私に、優良物件の令嬢が何を聞いちゃうわけ?」
ノエルは恨みがましい目でライザを見た。
「ノエルは魔法の腕が良いから、どうとでもなるでしょ。
国立の魔導研究所に勤められたら引く手数多よ。
ねぇ、それより、王立学園から移ってきたジョエル先生、素敵よね。
もう、昼休みのたびに女子が群がってるって」
「若い男性教師は全員、そうじゃない?
アルガン先生がダントツみたいだけど」
「あー……ねぇ、アルガン先生はね、格好いいし。
ご実家は由緒正しい伯爵家だし」
「でもさ、歳の差があるでしょ? 先生たち20代の半ばとかよね?」
「それがいいんじゃない!
若い私たちのピチピチしたところで籠絡するわけよ」
ライザが力強く言い切る。
「はぁ、上品なライザがピチピチなんて……」
「もたもたしてたら、素敵な先生はみんな気がついたら既婚者になってるんだからね。
国立学園の教師なんて将来的にも安定しているし」
「だよねぇ」
「そういえば、昨日はアルノール・ロシェ先生が中等部の方に来てたわ」
ノエルは週に2度くらいは会っているアルノールの名前が突然、出てきて、心臓がどきりと脈打った。
「へ、へぇ」
なぜかドキドキが収まらない。
「ロシェ先生もお顔は素敵なのよね。
知ってる? ノエル。高等部の先生よ」
「あ、うん。
入学試験のとき、得意技の実技で担当してくれたのロシェ先生だったから」
「うわぁ、いいわね」
ライザが羨望の声をあげる。
「そう? あの時は試験で緊張してたから余計なこと考える余裕なかったわ。
ライザは余裕だったのね」
「少しは緊張したわよ。
でも、得意技でそこまで緊張する必要ないんじゃない?
私は的当ての方が緊張したわ」
「試験って言えば……ライザは初等部から国立学園よね、入試は関係なくない?」
「初等部の最高学年の年度末試験が、そのまま中等部への進学試験を兼ねてたのよ。
そういえば、高等部の先生たちが助っ人に来てたわね。
美男の先生がけっこういるのよ。
高等部に進学するの、楽しみ。
でも、ロシェ先生はいまいち人気ないから狙い目かも」
「えぇ? どうして?
優しいし、モテそうなのに?」
ノエルは思わずライザを振り返った。
「だって、ロシェ先生は茶色い目に茶色い髪でしょ」
「えっと……。
茶色って言うか、くるみ色の髪に琥珀の目よ」
「フフ。
そういう言い方もあるわね。
でも、はっきり言って、くるみ色も茶色みたいなものだし、琥珀も茶色い宝石だわ」
「それはそうだけど……」
「王家が、王太子を決めるときにも茶色い目と髪だと選ばれないみたいよ」
「え? そうなの?」
「そうよ。
だって、髪と目の色は魔力が影響するでしょ?
茶色い目と髪の国王だと国民に示しがつかないわ」
「でも、必ずしも魔力と茶色い髪と目は関係ないのに……」
「まぁね、実際はね。
それでも、一眼で魔力が高いとわかるのは、やはり金の髪に青い目や黒髪に黒い目でしょ?」
「一眼でわかるのは、ね……」
「だから、よ。
建国記念祭の時とかに、国民に挨拶をする陛下が茶色い目と髪だった場合を想像してよ。
やっぱり駄目ってわかるでしょ?」
ノエルは、試しにアルノールが王宮で挨拶する姿を想像してみた。
――すごく様になってるような気がする……。
「わ、わかんない」
「想像力がないわねぇ、ノエル。
とにかく、一番人気は金髪や黒髪よね。
次いで、金茶色でもまぁ、いいかしら。
焦茶も良いかもしれないけど」
「……ライザって、面食いなのね」
――と言うか、好みの範囲が狭小と言うか……。
「そうよ。
だって、朝起きて朝食の席の向かいに変な人が座ってるなんて、嫌だもの」
「具体的すぎる」
「ノエルが考えなし過ぎるのよ。
私、あと4年間で相手を決めるんだもの」
「4年間って、つまり高等部卒業までに、ってことね」
「そうなのよ。
その頃、ノエルは飛び級でもう居ないんだっけ?
私も一緒に卒業したいわ。そうしたら、学院に入ってるかもしれないけどね。
とにかく18歳までに相手が決まらなかったら、ドルセン王国とアルレス帝国に婚約者探しに行けって言われてるのよ」
「えぇぇ、ホント?」
「ドルセン王国とアルレス帝国の男性って、ちょっと偉そうで嫌なの」
ライザが眉を顰める。
「偉そう? アルレス帝国は超大国だから偉そうなのはわかるけど……」
「ドルセンもよ。
私、3年に進級した途端から、夜会にたまに行くから知ってるの。
そりゃ相手は金持ち国で、我が国は貧乏よ?
だからって、上から目線なのは感じ悪いと思わない?」
「まぁ、確かに……。
3年になった途端って。私たち、まだ14歳よね」
「ノエルはね。
私、誕生日早いからもう15歳よ」
「あ、そうだった。ライザは15歳だし、背高いし」
「もう、これ以上、背高くなりたくないわ。
小柄な方が可愛いっていう男性、多いみたいだから」
「なにそれ……。
スタイル抜群のライザがそんなこと言うの。
贅沢すぎるわ!」
「……なに怒ってんのよ」
ノエルがライザと喋りながら中庭を歩いていると、なぜか周りが騒ついた。
『ロベール殿下だ』
『第三王子殿下だわ』
『素敵ね』
その声にライザが反応した。
「ノエル! 見に行きましょう!」
「え? 不敬罪にならない?」
「なにバカ言ってんのよ。第三王子を見るだけで不敬罪になってたら国民が半減しちゃうわよ」
ノエルは、そう言えばそうか、と納得した。
王子殿下が視察で町を歩くなんて、よく聞く話なのだから。
ノエルは急ぎライザと一緒に人垣の方へ向かう。
遠目ではあるが、美男の王子の姿が見えた。
――第四王子も格好いいって言うし。
我が国の王族は美形揃いね。
ノエルは感心した。
王妃に美女を選んでいるからとは思うが、血筋の力は偉大だ。
ノエルとライザは、周りの野次馬たちの話で、ふだんは学院の方にいるロベール王子がなにか用事があって国立学園の教授に会いに来た、という情報を仕入れた。
稀なことらしい。
滅多にない機会なのだから、麗しい王子の姿を目に焼き付けておく。
――でも、どこかでお会いしたような?
そんなはずはないのに……。
どう考えても初対面なのにどこかで見たご尊顔の気がする。
「目の保養になったわ」
とご機嫌のライザと王子殿下見学をしていると、なぜか人垣を押しのけるようにしてロベール王子がこちらに向かっている。
「ハハ。やっぱり、いた。
金のくるくる巻毛。
幸運だな。会えるなんて。
君、ノエルだろう」
ノエルは王子の気安い様子に頭が真っ白になったが、すぐに気を取り直して淑女の礼をした。
「は、はい、ノエル・ヴィオネと申します。お初にお目にかかります、王子殿下」
「ああ、仰々しい挨拶は学園では要らない。
私も、まだ学生の身なのだからね。
聞いているよ。ミシェリー教授の弟子をしているって」
ノエルは、咄嗟に思い出した。
また新しい設定が増えたのだ。
以前は「奨学金をもらっている関係で教務の手伝いをしている」だった。実際は付与魔法の訓練をしている。
最近、さらにまた言い訳が増えてしまった。
ノエルが付与魔法をかけた武器を騎士団に渡すことが決まったからだ。
その結果、ノエルにお小遣いが支給されるらしい。
アルノールとミシェリー教授が手を回してくれた。
とても助かる。
ノエルは、奨学金と教材費としてもらえる少しの現金で生きている。
余裕などないので寮での私服に持ってきたゼラフィのお下がりを着ている。
ゼラフィが大柄だったおかげで今のところサイズに余裕はあるがさすがに古くなってきた。
小遣いは有り難いが、それに伴ってノエルの拘束時間が増えた。
ゆえに、教務の手伝いだけでは理由が足りなくなったため、ミシェリー教授の助手をしていることになっている。教授は魔導具の設計を学園内の研究室で行っていて、試作品も作っている。
ノエルは魔力操作が上手いことは定評なため、けっこうすんなりとその言い訳が受け入れられている。
――でも、どうして、それをロベール殿下が?
「どうしたのかな?
兄弟子としても挨拶をしてほしいな」
「ぁ、はい、兄弟子殿下、よろしくお願いします」
ノエルはロベールの言葉で気がついた。
彼は、どうやらミシェリー教授の弟子なのだ、と。
ノエルは本当はアルノールの弟子で、ミシェリー教授とは部屋を借りるときにお会いするだけなのだが、話を合わせなければならないだろう。
話の合わせ方を教授たちに確認しなければ……、とノエルが頭の中で計画を立てていると、王子の綺麗な顔が不意にノエルの耳元に近づいた。
「うっかりしてたらダメだよ、付与魔導士くん」
「え?」
ノエルが驚いて目を見開くと、ロベールは妖しい笑みを浮かべながらノエルの髪をポンっとひと撫でし颯爽と立ち去った。
周りの女子たちの叫びがすごかった。
隣のライザを見ると、目をキラキラさせていた。
教室に戻ると、女子たちに質問攻めにされた。
ノエルは満足に答えられなかった。
「いや、だから、殿下にお会いしたなんて、さっきが初めてだから。
何も関係ないわ」
「頭撫でられてたじゃないっ!」
なぜかエリーザになじられる。
エリーザはディアンに惚れてフラれた女だ。
なんで、あんたが出てくる? と甚だ疑問なのだが。
「小動物とでも勘違いしたんじゃない?」
ノエルは面倒になって投げやりに答えた。
「それはそうかもしれないけどねっ!」
――なんで冗談を肯定するかな……。
ノエルの目が遠くなる。
「お前、ロベール殿下は、ちんくしゃなんか相手にする人じゃないって知ってるよな」
不機嫌顔のディアンまで口を挟んできた。
「ちんくしゃで悪かったわね!
初めてお会いした殿下にいきなり妹弟子とか言われて、髪ぽんされただけで、なんでそこまで言われなきゃならんのよ!」
「……ホントに初めて会っただけか?」
「当たり前でしょっ」
「まぁ、ノエルならそうだよな」
ディアンが微笑みながら頷く。
ディアンは顔と家格は良いが、時々、意地が悪い。
ムカついたが、事実だから仕方がない。
ライザは色々と疑問だった。
ロベールは、ノエルを探していたような口ぶりだった。
ミシェリー教授の妹弟子に興味津々な様子だったのだ。
――ノエル。ミシェリー教授の極秘な作業の手伝いでもしてるのかしら。
ノエルって、魔力制御とかすんごくうまいものね。教授が弟子にしたがる理由もわかる気がするし。
魔導研究に関しては、迂闊に覗き見ることはできない。知らないふりが安全だ。
だが、ロベール殿下のあの言い方は気になった。
お読みいただきありがとうございました。
また明日、8時か9時くらいに投稿します。