学校編「よく学び、よく鍛えよ」3
新入生説明会が終わると、クラスを確認してから各教室に向かうことになった。
張り出されたクラス分けを端から見ようとすると、ユーシスに腕を引かれた。
「ルシアンは、きっと僕らと同じクラスだ」
見ると、本当に同じクラスだった。
「何順でクラス分けしてるんだ?」
「成績順。ルシアンの成績が良さそうなのは読んでる書籍でおおよそわかってた。
サリエル伯爵に勉強習ってたんだろ? 叔父上はすごく優秀だったらしいね」
「うん。父上の勉強はわかりやすかったよ」
教室へ移動するためにルシアンたちが歩くと、人の視線も動く。
どこに居ても注目の的だ。
ユーシスは涼しげな顔で堂々としたものだ。オディーヌもいつものように澄まし返っている。
ユーシスたちは人に見られるのに慣れていた。
ついでにルシアンも見られているが、さすがに慣れてきた。
――父上に毅然としてろって言われたし。
父からは言われていたのだ。
『ルシアンは私の息子であり、古い魔導士の家系であるヴィオネ家の嫡男だ。誰も手を出せない。守られているんだよ。でも、その代わり、家を背負っていることを忘れないように。
ルシアンは耳が良いから色々と聴こえるかもしれないが、面と向かって言われたわけでもないことに惑わされなくていい。毅然としていなさい。そうすれば、良い体験だったと、後で笑えるだろう』
教室前で、生徒のリストを持った教務の確認を受けてから教室に入った。
程なく年配の男性が教室に現れ、室内の騒めきが静まった。
「ザック・マルロウだ。魔導の授業とこのクラスを担当する」
黒髪に金の瞳をした教師がそう告げた。
次いで自己紹介となった。「自由に自分を紹介すればいい」と言われ、端の生徒から始まった。
このクラスは高位貴族の子弟が多いようだ。商家の子もいるが少ない。
ユーシスの順番は15人ほど後だった。
「ユーシス・アンゼルアです。ほとんどの皆とは1年年齢が年下ですが、早く学園を体験したいと思い入学させてもらいました。実り多い学園生活を過ごしたいと考えています。趣味は遠乗り、得意は速読です」
にこりと綺麗に微笑んだ。
完璧な王子の顔だった。目が笑ってない。こういう時は、いつもの屈託のない笑顔は使わないらしい。
王子様の作り物っぽい顔に、周りの女子たちが頬を赤らめたり小さく素敵と呟いている。
次はオディーヌだった。
「オディーヌ・アンゼルアですわ。趣味は馬の世話、得意技も馬の世話ですの。よろしくね」
オディーヌには特に男子からの熱心な視線が集まっている。
オディーヌの場合は、ユーシスとは反対だった。
普段の皮肉っぽいオディーヌではなく、やけに可愛らしく微笑んでいて『社交してる』と言う感じだ。
ルシアンが感心しているとオディーヌに睨まれた。
ルシアンの番になった。
「初めまして。ヴィオネ伯爵家、長子。ルシアン・ヴィオネです。趣味は薬草の研究です。得意もそれだと思います」
薬草の研究……と言うのは嘘でもないが、能力を隠すための隠れ蓑だ。座り込んでそこらの植物を見ていても「趣味だからだろう」と見てくれる、と思う。少なくとも言い訳にはなる。
この日はあとは教科書を配られて終わった。
◇◇
ルシアンは学園が終わるとユーシスと王宮に向かうことになっていた。
王立学園からヴィオネ家の邸まで馬車で1時間半かかる。このくらい距離があると入寮を許可してもらえる……のだが、ユーシスに「じゃぁ、うちに泊まればいい」と誘われた。王妃と陛下からも「そうすればいい」と言われて話が進んでしまった。
サリエルはそんな特別扱いをしてもらって良いのかかなり迷っていたが、「身内なのだから当たり前だ」とまた押しきられた。
――父上、押し切られ過ぎじゃないだろうか。でも、国王陛下にゴリ押しされたらやっぱ逆らえないか。
迎えの馬車が待つ階下へと階段をおりながら、ルシアンはユーシスたちに声をかけた。
「ユーシス、オディーヌ。
少し寄りたいところがあるんだ。ハイネからの用事で。
セス・レフニア先生に渡したいものがあるから、先に行ってて」
「へぇ。ハイネは、学園教師に知り合いがいたんだ?」
「意外ね」
オディーヌも振り返った。
「うん。茶飲み友達だって。
僕もついでに教授の著書を貰ったりしてる。
今日は、頼まれてたものを渡して挨拶するだけ」
「私も一緒に行こう」
気まぐれに言い出したユーシスも共に行く事になり、別の馬車のオディーヌとはここで別れた。
◇◇
ドア横の壁に下げられた札でレフニア教授の研究室であることを確認し、ノックする。
すぐに「どうぞ」と穏やかな教授の声がした。
ルシアンは、ハイネに会いに来ていたセスに何度か会ったことがある。
中背で細身の教授は見るからに研究者という知的な容貌で、それでいて優しげだ。
「レフニア先生、友達も一緒なんですが、良いですか」
ドアを開けて声をかけると、すぐに「構わないよ」と返答があった。
ユーシスと連れ立って中に入ると、第一王子の姿にセスが目を見開いた。
「これは、殿下。
お初にお目にかかります」
セスはすぐに気を取り直すと微笑んでお辞儀をした。
「教授、私は一介の生徒です」
ユーシスも微笑む。
「そうでしたね。
いきなりで驚いてしまいましたよ」
セスが苦笑混じりの顔になった。
「レフニア先生、これ、ハイネからです」
ルシアンは鞄から出した包みをセスに差し出した。
「ああ、ありがとう。助かる。
ハイネ殿はお元気か」
セスは包みを大事そうに受け取ると、朗らかに尋ねた。
「はい。ハイネは、ご活躍を楽しみにしてますと言ってました」
「ハハ。頑張らないといけないな。お礼を伝えてくれ」
セスの研究室は大きな図面机と書棚でいっぱいだった。
部屋の様子を見回していたユーシスが、ふいに口を開いた。
「ハイネ殿からレフニア教授に、どんな賄賂が運ばれたんですか」
ユーシスのとんでもない発言にルシアンは呆気に取られ、セスは再び苦笑した。
「香草茶ですよ。安眠に効くんです。柔らかな香りの良い茶です。
私がハイネ殿に著書を贈ったお礼です。何年か前から友人なのですよ」
「そうでしたか。
私も、魔法陣構造学の授業は楽しみにしています。ルシアンから宣伝されたので」
「そうですか。教えがいがあります。私も皆に教授できるのを楽しみにしてますよ」
ルシアンとユーシスは間もなく辞去した。
「……ユーシス、どうしてあんな妙な冗談を言ったのさ」
馬車乗り場に向かいながら、ルシアンはいとこに文句を言った。
数歩先を歩いていたユーシスが振り返り、探るような目でルシアンを見つめた。
ユーシスは、なるべく意味ありげに、いとこに尋ねた。
「ルシアン。
レフニア教授は、本当にただのハイネの友人?」
「へ?」
ルシアンは間の抜けた声で答え首を傾げた。
ユーシスはルシアンの様子を見て悟った。
――……ルシアン、本気で知らないんだ……。
ルシアンの出生の秘密を知っている者はごく少ない。
ユーシスも知らなかったし、尋ねても教えて貰えなかった。
でも、気になった。
幼い頃は、ただ、ルシアンが気に入って、楽しく過ごせれば良かった。
一緒に過ごすうちに、気になることが出てきた。
――ルシアンの母上は、どこに居るのだろう?
亡くなったのだろうか?
そういう家族の死を不躾に訊いたらいけない、とユーシスは言われていた。
だから、母ノエルに尋ねた。
「ルシアンの母上はどこにいるの?」
ノエルは、なぜか辛そうな顔をした。
「時期が来たら教えてあげるから、今はそっとしておいて、ね。
ルシアンのお母様は、ルシアンのそばにはいられないの。ルシアンは大らかな子だから、気にしてないみたいだけどね。あるいは、『気にしないようにしている』のね。
だから、ルシアン本人も知らないことなのよ」
「気にしない」と「気にしないようにする」は、全然違う。
――たぶんルシアンは、幼い頃は本当に気にしてなかった。母がいないことを。でも今は、きっと「気にしないようにしている」。
ユーシスはそう推測している。
ユーシスなら、気にしないようになど出来ないだろう。
けれど、どんなに気に病んでいても、色んな事情でどうにも出来ないことはある。
逆に、大して気にしてなくても、立場や環境的になんとでも出来たりもする。
ルシアンは、きっと、彼なりに思うことがあるんだろう。
ユーシスは、ずっと母の言いつけを守っていた。
読んでいただいて、ありがとうございます!




