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ある訪問者2

お読みいただきありがとうございます。






「私はセス・レフニアと申します。

 今は、体調を崩して無職ですが、魔導具を扱う技術者でした。

 その前は、王立研究所の研究員でした。前の王のころです」


 セスは「前の王のころ」という言葉を語るときにわずかに眉間を歪ませた。

 ハイネは色々と察して、「それはそれは……」と労る言葉を呟く。


「あの頃の私しか知らない者は、きっと今の私を見てもわからないでしょう。

 若い頃、私はひどく太ってましたから。おかげで、ずいぶん損をしました。見た目で判断する者から、私の能力は何割か低く見られていました」


 辛いことを思い出したのか、セスは気を取り直すように首を振ると話を続けた。

「単なる言い訳ですが、元からそういう体型だったわけじゃないんです。少し太めくらいでした。

 ですが、職場で上司に『摂生が出来ない者は無能だ』などと連日罵られて。その上司に仕事の成果を横取りされるようになりました。

 私はどうやら、精神的に追い詰められるとかえって食生活が乱れて太るらしく。悪循環に陥りました。

 自棄になったんです。それで、危険な職場に転職しました。

 給料はとても高かった。ですが、健康的な仕事場ではありませんでした。

 まぁ、自棄になった人間には丁度良かったですよ。

 長生き出来ないならその方が良い、死んでもいい、くらいの気持ちでしたから。

 そんなときに、あるひとに出会ったんです。

 別に、慰めてもらったわけではありません。そんな甘いひとではありませんでしたから。

 でも、なぜか勇気をもらったんです。

 なぜでしょうね? 未だに上手い言葉は見つかりません」

 と、セスは首を傾げる。出会いの時を思い出しているのか表情は穏やかだ。

 ハイネは彼の思い出を邪魔しないように、静かに耳を傾けた。


「やたら元気なひとだったからですかね。

 弱った仲間のために、倍も働いて、当たり前みたいに笑ってるひとでした。

 お礼を言われれば素直に『もっと崇めなさいよ!』と言うんですよ。素直……と言っていいかわかりませんが、まぁ、素直ですよね。

 彼女がいるだけで、晴天みたいに明るいんです。

 休憩のほんの短い時間に話をするようになりました。彼女は仕事の能力が高いので、私はときおり、頼ったんです。補佐をして貰うと楽だったので。

 その頃には、私は仕事に慣れて、やり甲斐を感じていました。

 難しい仕事でした。岩盤の堅さやなにかを見ながら、魔導具の加減をするんです。辺りに魔力を注いで……土魔法の魔力です。それによって、地層とかも見ました。自分の魔導の技術が磨かれていくのがわかりました。

 ですから、辞めたくはなかった。ですが、健康診断で引っかかったんです」


 セスは、堪えきれないように言葉を切った。

 やり甲斐のある仕事と人との出会い……。幸せな頃だったのだろう。それが崩れていくのは不遇だった彼にとってさぞ辛かったに違いない。

 吐息が震えていた。沈黙は僅かな間だけだった。すぐにセスは話を続けた。


「現場は、空気が悪かったんです。

 そういう職場ですから、職員は毎日、薬茶を飲まされるのです。身体の浄化に効くという。

 魔草が入ってる高価な茶ですよ。ただ、魔草ですから相性があるんです。魔力の相性です。

 私は、残念ながら合わなかった。

 何年も働くうちに、肺がやられました。

 健康診断で引っかかる技術者を使っているわけにもいきませんから、後釜が来たんです。

 彼が使えるようになったら、私は辞める予定でした。

 それから引き継ぎに3年以上もかかりました。

 体調が思わしくない時もありましたから、彼にはきっちり仕込んでいたつもりだったのですが、どうも……。引き継ぎは上手くいっていませんでした。

 彼女が亡くなったのは、そのせいだったんです。

 私は、その時、相変わらず体調を悪くして休んでいました。

 引き継ぎの期間は過ぎていました。もう、さすがに、後釜の彼には独り立ちさせなければならない時でした。

 上司たちもそう考えていましたので、彼には圧力がかかっていたんです。

 やる気がない、能力がない、と暗に言われて、彼は意地になっていた、と思います。

 ひとりで、まだ出来ない仕事に手を付けたんです。

 それで、事故が起こりました。

 彼女は、落盤で亡くなりました」


 セスは、重い息をついた。

 ハイネは、彼がどういったひとか、よくわかった。

「レフニア様のせいではありませんね」

 ハイネは決まり切ったことを述べた。

 おそらく、セスは数え切れないくらい、そう言われたことだろう。

 今の話によれば、事故の現場に彼はいなかったのだから。

 でも、彼はそうは思えないのだ。


 ハイネのなんの慰めにもならないであろう言葉を、セスは疲れたような顔で聞いた。

 実際、彼の心は疲弊し、すり減ってしまっている。


 あの事故から2年は過ぎている。

 それでも、彼は、つい先日に事故がありショックを受けたばかりのような顔をしている。

 涙は涸れたのかもしれないが、心は干からびた涙をまだ溢れさせたいと欲しているように見えた。


「私は、職場を離れたくなかった。

 そのために、後進の指導に甘さがあった」

「そんなことはないでしょう」


 ハイネが断言すると、セスは訝しげな目を向けてきた。

「なぜそう言い切れるのですか?」


「レフニア様は生真面目だとわかるからですよ。

 ほんの少々、言葉を交わしただけですからわかることは僅かですが、『生真面目なひとだな』と言うことはわかります。

 レフニア様の大きな特徴は、『生真面目』ですよ。

 そう言われませんか?」

 ハイネに問いかけられて、セスは「それは……」と口ごもった。

 否定されなかったので、ハイネは話を続けた。

「自棄になって転職した先は、難しくて危険な職場だったそうですね。

 そういうところからもわかります。

 ふつうは、そういう時は、『難しい』仕事は選ばないでしょう、自棄になってる時ですからね。

 自棄になった気分でもできる仕事にするものではありませんか。

 難しい職場に自棄になって転職して、きっちり自分のものとし、やり甲斐を見つけるひとですから。

 マジメに決まってますよ。

 それで、レフニア様は、体調が悪かった、と。

 仕事を休むこともあったのですよね。

 そうしましたら、いくらレフニア様が職場に残りたいと思っても、その後輩を、仕事を任せられる人間に教育しなければと、引き継ぎ用の資料を作り、自分で見つけた仕事のやり方を惜しげもなく与え、必死に教えたのでしょう?」

 再度、ハイネに問われて、セスは、またも答えに詰まった。

 ハイネの言う通りだった。

 まるで、見てきたかのように当てられて、なんとも言い様がなかった。

 ハイネは、ひとり頷いて、また続きを語った。


「ずいぶん、頑張られたと思いますよ。体調が悪いのに、3年も引き継ぎをしたんですから。

 ですが、残念ながら、そういう危険な職場に来る人間というのは、訳ありの者が多かった。

 やる気のない人間にいくら教えようとしても、ザルに水を入れるようなものです。

 そんな中、その性悪な後輩は、良いところを見せようとして、レフニア様が休みのときを狙って難しい仕事に手を出した。

 おそらく、レフニア様は、準備だけは途中まではやってあったんじゃないですか?

 体調が悪くなりながらも、出来るだけのことはしてあった。

 だが、後釜の青年にはまだ無理だった。

 それなのに、出来ると思い込んで彼は手を出した。

 で、事故が起きた。

 違いますか?」


 セスは、ただただ目を見開いてハイネの話を聞いていたが、ハイネに尋ねられて思わず頷いた。

「そう……です」

「レフニア様。

 私が思いますに、亡くなった彼女は、愛するレフニア様が自分が悪くもないことをいつまでも悪いと思い込んでいたら、必ず怒ります」


 セスは「必ず怒る」と言うハイネの言葉があまりにも的を射ているために、思わず「ハハ」と苦笑した。


「……レフニア様もそう思いますね?」

 ハイネは、セスの苦笑いに自分も苦笑しそうになりながら尋ねた。

「そうだろうと思います。

 そういうひとでした」

 セスは頷いた。

 彼女に愛されているということも本当だと思っている。

 セスは、彼女に愛されていたのだ。

 あの事故のときも、彼女が事故が起こりそうだといち早く気づいたのは、彼女がいつもセスの仕事を見ていたからだろう。

 彼女はあの時、走り回っていた。誰も被害が出ないようにしようとしていたのだ。


「その愚かな後輩に、とりあえず全部なすりつけましょう。

 レフニア様は現場にいなかったのですから、責任は問われなかったんじゃありませんか?」

「……その通りです。

 さすがに問われませんでした。

 私がやると言ってありましたし。

 私の休みが1日延びただけで、困ることもありませんでしたから。

 彼がやる必要はなかった」

「彼女のためにも、その事故に関しては、レフニア様に責任はないことは認めましょう。

 どうか、そうなさってください。

 彼女にはその方がいいんです。そういうひとですから」


 セスは、しばらく迷うように押し黙っていたが、「そうします」と呟いた。


ありがとうございました。

明日も同じくらいの時刻に投稿予定です。

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