舞姫と騎士2
とりあえず、帝国からの婚約申し込みが来なくなったのは良いが、まだ不安は残る。
商人からの情報では、帝国はずいぶん治安が悪化しているらしい。今の皇帝は良くないのだろう。それでも、いくらか勢いが落ちているとは言えまだ十分に大国だ。
「帝国って、男女の産み分けがすんごい上手くて高位貴族は軒並み、男児だらけなんですってね。
それで、他国のご令嬢を狙ってくるんでしょ。オディーヌはこれからも帝国から申込みがありそうね」
帝国やドルセン王国の貴族が、アンゼルア王国に嫁探しに来るのは前からあった。
最近は「乞われて嫁に行ってもあつかいが悪い」と言う話が広まって、断るケースが増えている。
「迷惑だわ」
アマリエが眉間に深々と皺を寄せる。
「男児だらけって、やることが極端よね。帝国は実力主義で、末子にも跡継ぎのチャンスがあるから、どうしたって男の子を産みたいって思うんでしょうね。
ライザから聞いたんだけど。
私の学生のころ親しくしてたライザって友達が、今、コンドロア王国で商いの仕事しててね……」
「婚約者に浮気されてから結婚はこりごりになったって親友ね」
アマリエが飲み終えたカップをソーサーに戻しながら記憶を辿る。
「そう……って、それは言わないであげてよ」
ノエルはライザのことを想い、若干、情けない顔になった。
「ごめん、でも、ちょっと有名よね」
「浮気男をゴリ押しした叔母ってのがいけないのよ、侯爵家に嫁入りした叔母だったから断りきれなかったらしくて」
浮気男はメリソン家の調査能力を甘く見ていた。あっさりバレて巨額の慰謝料を請求された。おかげで、男の実家は傾いた。男が浮気した相手の中には男の義理の妹も含まれていて、余計に注目を浴びた。
数多の醜聞のために、ライザの婚約破棄は有名になってしまった。
「馬鹿よね。
メリソン家って幾つも商会を持ってる家だったわね」
アマリエは再び、編み物を手に取った。
ノエルは話に身を入れる前に編み目に印を付けておいた。
「相手の家は持参金とか、富豪のメリソン家との繋がり目当てだったみたい。でもかえって大損害だったわね。子息の教育を失敗したのが悪いわ。婚約者のいる男と知って付き合った女も同罪だけど。
それで、ライザは、その慰謝料を元手に小さい店を持ったの。
ライザは以前から、化粧ポーチとかパーティ用バッグのデザインを考えるのが好きだったの。実家の店に出入りしていた職人に小物を発注して売ったら評判が上々でね」
「もしかして、この間の誕生日プレゼントにもらったバッグ?」
アマリエが編み物から顔をあげた。
「そうそう。素敵だったでしょ」
ノエルが自慢げに頷いた。
「みんなに褒められたわ。服に合わせやすいし、使いやすいから気に入ってるわ。
自分で商品をデザインして店を持ってるなんて格好良いわね」
「今では、もう店は小さくないのよ。コンドロアに出した支店がうまくいったから。あちらの方で有名なの。休みには色んなところを回って、海外の品や布地とかを見ててね。ついでに現地情報を仕入れてるのよ。
それでね、帝国には男女の産み分けに、ずば抜けて効果的な薬草があるんですって」
「へぇ」
「その薬草っていうのが、女性の身体を、男児を身ごもるのに最適な状態に作り替えるとか言う」
「作り替える?」
アマリエがその言葉に眉をひそめる。
「うんまぁ……男児を受精しやすい状態にするんですって。
昔からそういう方法はあったらしいんだけど。とにかく、失敗のないように。
確実に身体の状態を変えるように改良に改良を重ねて作られた薬草があるの。
それを何年か飲んでると、もう男児しか身ごもれなくなるとか」
「なんだか、ちょっと怖いわね」
アマリエは嫌そうに思わず身を引いた。
「でしょ? 私もライザにその話を聞いたときは鳥肌が立ったわ。
そこまでしなくてもいいのに、って思うけど。
でも、高位貴族の妻とか愛人たちは、妊娠期間が長く続くと旦那のお渡りが少なくなって他の女に目移りされるから、なるべく少ない妊娠で男児を産みたいのよ。
そうなると、確実な産み分けが必要なのね。
必死なんだもの。自分の身体なんてどうでもよくなってしまうくらい必死」
ノエルは話していて気が重くなりそうだった。
「なるほどね。
お国事情って、色々ね。アルレス帝国は悲惨だわ」
アマリエの相づちもため息交じりだ。
「ドルセン王国もけっこうそんな感じみたい」
「オディーヌはそういう国には嫁にやらないわ」
「それがいいわ」
ノエルが頷く。
「ジュールは、騎士団の男にも嫁にやらないって言ってるくらいよ」
「あら、なんで?」
「私、騎士団に居たでしょ。女性騎士たちが、男の同僚から受けるスケベな嫌がらせをなんとかしようと相談窓口を作ってもらったことがあるのよ。
でも、結局あまり役に立たないまま、なくなったんだけどね」
「スケベな嫌がらせ? そんなのあるの?」
ノエルは思わず編み物の手を止めた。
「そりゃあるわよ、どこにでもあると思うわよ。騎士団の下っ端なんて、ケダモノみたいなのゴロゴロいるんだから。ノエルは、上層部の上澄みしか知らないだろうけど」
「団長も、副団長も、紳士だわ」
ノエルは若干、動揺していた。
「まぁね、団長はノエルのファンだから余計ね。
それに、副団長はダンディよね、紳士だわ確かに。美男だし。隊長クラスも立派な男が多いのよ。
でもねぇ……。団長たちと比べれば、マジ、野獣みたいな奴らがいるのよ、騎士団には。
私が嫌がらせされてる現場にジュールがたまたま来あわせて声をかけてくれたのがなれそめなんだけど……」
「え? そうなの? 当て馬の男に迫られてるところに颯爽とジュールが現れて救ったって話じゃ……」
ノエルは聞いた話との違いに戸惑った。
「なんでそんな格好良い話になってるの……」
アマリエが脱力気味に苦笑した。
「アマリエからちらりと聞いた話と、侍女から聞いた噂話でそうなったのよ」
「いやいや違うから。
単なる嫌がらせの常習犯の先輩騎士に壁際に追い詰められてね。ジュールが『なにやってんですか、こんなところで』って声かけてきて、先輩騎士が怯んだから、股間を思いきり蹴りあげて難を逃れたのよ。まぁ、ジュールが現れなくてもやる予定だったんだけど、よりやりやすくて良かったわ。
んで、ジュールがその時、私の格好良さに惚れたとか言う。金的蹴りのどこが格好いいんだかって感じだけど」
「噂とだいぶ違うわね……。
でも、噂の方がロマンがあるから放っておいたほうがいいわ」
無難な噂をわざと流したのはもしかしてジュールかしら? とノエルは首を傾げた。蹴りを食らった騎士は伯爵家の子息だったのに僻地へ飛ばされたと言うから、間違いを指摘する者はいない。
「そう?
まぁ、そんなわけで、相談窓口に品の良い治癒士の女性に来てもらったから、手に負えなかったってのもあるみたい」
「……結局、騎士団の嫌がらせ問題はどうなったの?」
「団長の執務室に『ご意見箱』を置いたら、潮が引くようになくなったわ。
団長が『殴る』って宣言したから」
「……さすが団長」
後ろで控えている侍女たちはこっそりと考えていた。
アマリエ妃の「当て馬事件」を妃が勘違いしているのは驚きだった。
アマリエに嫌がらせをしていた男はずっと片想いを拗らせていたのは有名だったのだ。ジュール殿下はアマリエに一目惚れし、その伯爵子息よりもご執心だったのは様子でバレていた。傷心の伯爵子息は、自分から僻地に向かったと言う。
それに、王と王弟が、妻たちの暴走を止めているのも二人を気遣ってのことだ。
ノエル妃は女の子が生まれると信じているらしく、一方、アマリエ妃は元気な男児が生まれるだろうと思っているようだ。だが、産み分けなどせずに自然に任せた妊娠だ、どちらが産まれるかはわからない。予想と違ってもがっかりしないように、王と王弟は心配しているのだ。
我が国はとても平和だ。
それから半月ほどして。ノエルが無事に第二子を出産し、さらに10日ほどのちにはアマリエも第二子を出産。
出産後。
ノエルとアマリエは二人で準備していた産着や剣や帽子を、互いに交換した。
ノエルとシリウスは次男をエカルトと名づけ、ジュールとアマリエは次女をヴァレリーと名付けた。
王たちは案じていたが、二人の妃はがっかりなどしなかった。
互いに、「交換できて良かったわよね」と喜んでいたという。
ノエルもアマリエも、もしも産着や毛糸が余ったら誰かにあげればいいと思っていたが、交換すればよくなったので丁度良かった。それに、未来の騎士や舞姫がどこにいるかはわかっていた。
旦那たちが心配して「期待し過ぎない方がいい」などと言ってくれていたのは後から知った。
でも、これはふたりの秘密だ。
読んでいただいてありがとうございます。
明日も8時か9時くらいに投稿いたします。




