【5】
読んでいただいてありがとうございます。
今日も2話投稿になります。2話目は夜9時です。
「先週、付与魔法の武器は魔剣と比べられると話しただろう?」
アルノールにそう問われて、ノエルは「はい」と頷いた。
ノエルが尋ねたのだ。
付与魔法つきの剣は、魔剣と同じくらいの価格と本に載っていたが本当ですか、と。
「付与魔法の剣は、魔剣と比べられながら値段が付けられているよ」
とアルノールは答えた。
付与魔法の武器よりも、魔剣の方が歴史が古いのだそうだ。
付与魔法のかけられた武器や防具は、低級、中級、上級とランク付けされている。
どれだけ長持ちするか。どれだけ強い力が付与されているか。
魔力を測れば、おおよそ価値がわかるという。
「魔剣の定義だが。
大まかには『魔力の籠もった剣』を魔剣と呼ぶ場合もあるが、狭義では『魔力の籠った出自の分からない剣』となっている。
つまり、付与魔導士が作った剣は魔剣とは区別しているんだ。魔剣の何割かは、呪いによって作られているのでね。
呪いの知識自体が禁忌になっているために研究が進んでいないんだ。
まぁ、それは置いておくとして。
魔剣は、使いにくいものが多い。
過去には、手にした途端、目の前の生き物を殺して自分の喉も刺すという効果がついた剣もあった。
効果というか、呪いだな。
聖剣と魔剣はその力が長く衰えないところは似ている。
ただ、魔剣は、突然ふつうの剣になってしまった、という例がけっこう記録されている。
それから、付与魔法つきの剣は、売りに出されているものは付与の効果が1年から10年くらいまでが多いようだ」
「1年でもすごい……」
ノエルは自分の卵の結界が1か月も保ったことに驚いたくらいだ。
「呪いの剣は、周囲の悪意や呪詛を吸収してその効果を長くもたせている、と言われている。
これに対して、付与魔法の剣は周りの魔素を吸収している。
ノエルの卵の結界は2か月目だよ」
「そ、そうですか。
意外です。いつも、私が手に取ると魔力が吸収されて無くなってたので……」
「本当かい?」
アルノールが目を見開いた。
「はい。知らなかったんですか? 先生」
「知らなかったなぁ。
すごい情報だ」
「えー? すごい情報?」
単に、魔力が持ち主に返ってしまうことが凄い情報とはこちらが驚きだ。
後日、他の付与魔導士の品を試したところ、魔力の吸収は出来ないことが確認された。
また、自分の作ったものは、魔力が吸い込まれるのを押し返すように防ぐと問題なく触れるようになった。
◇◇◇
ノエルは学園に入るときに魔力検査を受けたが、その結果、魔力は「大」で、魔法属性は「風」「火」。次いで「土」だった。「水」もわずかにあった。
4歳で魔力量の鑑定を受けたとき、魔法属性はなにも言われなかった。
ノエルの魔力量がごく少なかったからかもしれない。
アルノールは、ノエルの魔法属性を、再度、詳しく調べた。
「水はわずかだが、土はそこそこ強いね」
とアルノールは鑑定の魔導具を見ながら言う。
「入学のときに『土』があるって言われて意外でした。
土塊の生成は出来なかったので」
「土魔法は、『風』や『火』に比べれば頑張らないと出来なかっただろうな。
それに、土塊の生成は少しコツが要るからね。
ノエルは魔力量が高いから、力業でそれなりになんでも出来ると思うよ。
水の生成もやってみるといい。
自室で簡単にできるからね」
「練習します。
アルガン先生が、苦手な魔法属性でも練習しなさいって言ってました」
「それが基本だよ。
4つも魔法属性を持ってる者は少ない。大変だろうけど1日1回はやりなさい。
ノエルは結界魔法が得意だろう。
結界の堅固さには『土』の魔法属性の強さも関わってるんだよ。
堅牢さや、頑丈さ。そういった堅さの質は、土魔法属性の領域なんだよ。
土の魔法属性を持っているのは当然だな。
むしろ、結界がこれだけ得意なところを見ると、火や風よりも強いようにさえ思える。
それは、ノエルが結界魔法の修練で土魔法属性の質を鍛えたからだろう」
「そうなんですか」
魔法は奥が深いとノエルは思った。
「ところでノエルは、君の姉の魔法属性を知っているかい?」
ふいに尋ねられ、
「姉妹だから、同じじゃないでしょうか」
ノエルは戸惑いながらそう答えた。
「いや、兄弟姉妹だからといって同じとは限らない。
と言うか、違うことの方が多いよ」
「そうですか。ゼラフィは火がすごく強いとは思いますけど」
「3歳で炎を灯せたみたいだからね。
私は、王立学園に友人がいるから、目立つ学生の話はよく聞くんだ。
君の姉ゼラフィは頑固に炎撃ばかりを鍛えているらしい」
「姉らしいです」
――ゼラフィは、学園でもゼラフィなのね。
とノエルはしみじみと思った。
「ヴィオネ家は魔導士の家系なのだから、あとふたつくらいは魔法属性を持っていそうだけどね。
彼女は魔力が高いようだが炎撃しか出来ないのは問題だろうな。
魔法属性は、修練すれば強まると言ったけど、逆もまたしかり。使わないでいると弱まっていく。
君の姉は14歳だよね」
「もう誕生日だから15です」
「となると、もうそろそろ時間切れだな。
魔法の修行がもっとも効果的なのは16歳までと言われている。
それまでに、なるべくみっちり修行しておかないとね。そうすれば16歳を越えても伸びしろを維持できる。
だが、15になるまで放っておいたとなるとかなり厳しいな。
使われなかった魔法属性は萎びて固まり、それきり衰えていくころだ。
まぁ、仕方ない」
アルノールは肩をすくめた。
そう言えば、邸に来ていた魔導の家庭教師にゼラフィは始終怒られていた。
言うことを聞かずに火魔法ばかりを使っていたんじゃないか。ノエルは、ゼラフィが炎撃以外の魔法を使ったところなど一度も見たことはない。
魔導の教師は続かず、2回くらいは教師が替わっていたのもそのせいかもしれない。
あれからさらに炎撃ばかりを鍛えているとしたら危険度がさらに上がっているはずだ。
ノエルは思わず体を震わせた。
――ぜったい帰らない。
帰るくらいなら逃亡しよう。
◇◇◇
半年が過ぎ、ノエルは誕生日が過ぎて13歳になった。
学園に来てからきちんと食事が出来ているので、大きめだった制服が少しだけ丁度良くなった。できれば胸肉を充実させたいところだ。
ノエルはあれから欠かさず水の生成をしているが、カップ一杯分でもきつかった。
出来そうで出来ないのが歯痒い。
属性が「無い」のではなく「弱い」というのはこういうことかとつくづくわかった。
まるきり出来ないのならまだ諦めも付くが、出来そうなのになかなか出来ないので焦れる。
あの短気なゼラフィには無理だろうな、と思う。
ゼラフィは、生まれてこのかた我慢なんてしたことはないだろう。
ゼラフィが炎撃ばかりを撃っているわけだ。
自分の得意魔法をやるだけなら楽だし気持ちが良い。
それでも、水を生成できたら旅行のときとか便利だ。カップ一杯でも、水がない非常時には命の水になる。そう思うと、辛くてもやろうという気になる。
結界の練習や、土塊の生成もやるようにしている。
「ノエル。話があるんだ」
いつもの付与魔法の訓練のとき。
どこか深刻そうな顔でアルノールは切り出した。
「はい、ロシェ先生」
ノエルは訝しく思いながら答えた。
「学園長が、ノエルはランクはまだ不明だけれど付与魔導士であることは間違いないと太鼓判を押した」
「そう、ですか」
まぁ、そうだろうな、とノエルは思った。
アルノールから情報がいっていればそうなるだろう。
ノエルは、小さなナイフに火魔法を付与させることに成功していた。
まだ付与してひと月ではあるが、ナイフは火魔法を帯び続けている。
ただの果物ナイフなのに、雑魚魔獣くらいならサクサク狩れるという。
「それで、王宮に報告した方が良いだろうと言われた。
ノエルの要望はあるかい?」
「出来れば、国に囲い込まれるのは嫌なんですけど」
おずおずとそう答えた。以前から考えていたことだった。
「まぁ、ノエルならそう言いそうだなとは思っていたよ」
アルノールは苦笑する。
「それに、ナイフの火魔法がいつまでも保つかはわからないですよね?」
「魔力があれだけ綺麗に定着していれば保つはずだよ」
ノエルの必死の言い訳をアルノールがあっさりと否定する。
ノエルがさらに言い訳を考えていると、アルノールが先に口を開いた。
「ノエル。気持ちはわかるけど、どうか前向きに考えてくれ。
我が国は、国としては有能な魔導士を監禁などしたことはない。悪質な貴族家とは違うからね。
私が治癒師なのは知っているね」
「はい」
「では、治癒師がどれくらい居るか、知っているかい?」
「えと……。200人くらいの村にひとりいる程度と聞きました」
ノエルは授業で習った統計を思い出し答えた。
「そう。治癒能力をもっている者の割合はそれくらいだ。どこの国でもその程度だね。
ただ、さらに魔力が『大』以上ある治癒師となると100万人にひとりくらいになる。
治癒師は、たしかに200人にひとりくらいは居るが、身体の欠損を治せる治癒師は100万人にひとりなんだ。
我が国には17人いる。ほぼ統計通りだ。
そのうち、治癒師として活動しているのは13人だけだ。
残りの4人は好きに生きている。私のようにね」
「自由、なんですね」
「ああ。自由だよ」
ノエルを励ますようにアルノールは微笑んだ。
「わかり、ました……。
でも、王宮に報告というのはどういう風になるんですか。
ヴィオネ家には言わないんですよね?」
「もちろんだ。君の実家には決して言わない。
それは決定している。
ヴィオネ家を糾弾できないのは申し訳ないけどね」
アルノールは眉間にしわを寄せた。
「いえ。ヴィオネ家に報告がないならいいです。必要なようにしてください」
「わかった。
報告は、宰相や、必要な部署の大臣クラスになるだろう。
それから、国防関係だな。騎士団のトップとかね。あとは、魔導研究所の所長や、副所長。
その後、ノエルの付与魔法の防具や武器が必要になるに従って関係する者は増えるだろうけれど、ノエルの素性は明かされないことになっているよ」
「……国の上のほうのひとって大変なんですね」
あまりにも雲の上のひとたちが話に出てきたために何も言えなくなった。お任せするしかない。単なる報告だ。ノエルが直接関わることはないだろう。
――ヴィオネ家からはなにも学園に言ってきてないみたいだし。
あの家から離れていられるのならいいわ。
それに、ロシェ先生にはお世話になってるもの。
ノエルは、5か月ほど前、背中の火傷痕も治してもらった。
そのときに、恥ずかしかったが、服をめくって背中を見せた。
胸とかは隠してあるし、治癒なのだから意識することはないのだが。
アルノールが息をのみ、怒りを含んだ声で言ったのだ。
「ノエル……。
やはり、君の家を犯罪者として裁くべきだろう」
ノエルは背中を寒くしたままで少し考えた。
「でも、立証は難しいんですよね?」
「この火傷は、姉がやったと聞いたからね。
それに、母親は表向きは、家事手伝いをさせただけなのだろう?
そうなると、姉がやったことは知らないと言い張られたり、ただの家事手伝いをさせただけだと言われれば、学園側としては貴族相手だと色々と難しい。犯罪としてきっちり裁くには証拠がいる。
むしろ、ヴィオネ家が『家に難癖を付けた』と言い出せばノエルの身柄を連れ戻すことも考えられた」
「そうしたら……。
やはり、私としては、少ない可能性にかけるよりもこのまま学園にいさせてください」
ノエルは、すぐにそう決めたのだ。
彼らと関わり合わないことがノエルにとってはもっとも大切だった。
「養育放棄は明らかなので学園で保護をする理由にはできる。
私たちを頼ってくれて良いからね」
アルノールはそう言ってくれた。
それだけでも十分だ。