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舞姫と騎士1

また小話を…(学園編はお待ち下さい…)。ノエルとアマリエのお産編です。全二話です。

ブクマや評価をいつもありがとうございます。

この度はレビューもいただきました。

m(_ _)m

大変嬉しいです。小躍りしました、ありがとうございます。








 ノエルとアマリエの妊娠は順調だった。来月には臨月となる。

 お産が近づくに連れ、ふたりは夫たちに「お腹の子がプレッシャーを感じるほど期待しない方が良い」などと言われるようになっていた。


 今日は商家の者が王妃の私室まで赤ん坊の産着や毛糸やお包みなどを運んでくる。

 本当は店に行きたいところだが、王族を身籠っている身で店に行こうとすると護衛が倍も付く。やむなく来てもらうことになった。アマリエの分も一緒だ。

 この日を楽しみにしていた二人は、早くから習いたての編み物を練習しながら予定の時間を待っていた。


「ちょっと先々のことを考えただけよ。それでプレッシャーとか言うのよ」

 ノエルは夫への愚痴を溢しながら編み針を動かした。

 まだ練習用なので毛糸は侍女が適当に用意したものだ。編み目が揃うようになってから赤ん坊の帽子を作る予定だ。

 アマリエも隣でせっせと編み針を動かしている。

「そうよ。期待じゃなくて、予感だって言ったのに信じないんだから。

 オディーヌがお腹にいた時とは違って男の子っぽい動きかな、ってね」

 アマリエの編み針がカチカチと激しくなった。

 力を入れ過ぎている。

「でしょう? うちの子もね、お腹の中で控え目にしてるから女の子かな、って思っただけよ」

「そうなのよ。

 一昨日もね、こんなに元気にお腹を蹴ってくるんだから将来は騎士団長になるかも、って言っただけでジュールに『妄想がひどい』って言われたのよ」


「将来の騎士団長?」

 言葉がやけに耳に響いてノエルはふいに頭を上げた。


 その瞬間、なぜか脳裏に屈強な騎士が剣を振るう勇ましい姿が浮かんだ。

 幻影はすぐに消えたが、とても鮮やかで気のせいとは思えなかった。見事な剣筋まで見えた気がした。


「アマリエ。本当に未来の騎士かもよ。

 今、そんな気がしたの」

 ノエルが夢見るようにそう言うと、アマリエが戸惑った。

「え? そ、そう?」

「そうよ。

 妄想はないわよ」

 ノエルの眉間に皺が寄る。

「まぁそうよね。

 ただ素質があるかも、って言っただけだもの。頭ごなしに否定するってないわ」

 と、アマリエは答え、ノエルはアマリエの言葉に頷いた。

「そうよ。単なる話よ。深い意味はないわよね。

 私もね、この間、ただ話しただけなのよ。

 お腹を蹴ってくるときに、可愛らしくタンタタタンって。

 ワルツの拍子だったの。

 最近、胎教のために曲を聴いてるからかしら。あの売れてる歌曲よ」

 ノエルは、音楽には興味のないアマリエのために有名なフレーズだけ歌って聞かせた。


 アマリエは、ノエルが楽士の曲を口ずさみ音を紡いだときに、ふいに精霊のように舞う舞姫の姿が見えたような気がした。

 まぶたに映ったのは現世のものとは思えない艶やかさで、鮮明な印象が残った。


「すごいわ。今、綺麗に舞う精霊が目に見えたような気がしたわ。

 胎児のころから才能が芽生えてるんじゃない?」

 アマリエが本気の口調で言った。

「そう? そうかしら……」

 ノエルは『ただのタンタタタンで?』と若干、疑問な気がしたがアマリエがそう言うのなら、と頷いた。


「音楽の才能がありそうでしょ? 芸術的な感覚は幼いうちから磨いた方が良いって言うから、優秀な竪琴の教師を探しておいた方がいいかも」

「……ちょっと早くないかしら」

 ノエルはさらに戸惑った。

「別に、予約するとかじゃないのよ、参考までに調べるだけよ、大丈夫。

 私に心当たりがあるから」

 アマリエが熱心に申し出てくれたので、ノエルは任せることにした。


 王宮御用達の店は豊富に商品を運んできてくれた。

 この日ノエルは、アマリエが「この色、とても綺麗だわ。舞姫に似合うわよ」と言うので、うっかり可愛らしい桃色や桜色の毛糸や産着を選んだ。

 アマリエは、ノエルが「良い青色だわ、未来の騎士団長に似合うと思うの」と勧めるので、青色や水色の毛糸や産着などをつい買ってしまった。

 おまけにノエルが「この玩具は、未来の騎士がすごく気に入るわ」と玩具の剣を持って離さないので、アマリエはそれも購入した。


 のちに、ノエルとアマリエは、夫たちからさらに呆れられた。


 ひと月後。

 臨月に入り休んでいる時間が増えた。

 妊娠も順調だが編み物も順調だった。初めての割に丁寧に編んでいるので出来は良かった。

 王妃の居間は丁度良い室温に保たれ、窓からの陽も差して快適だった。


 ただ、ノエルたちの気分は少々昂っていた。お産の不安と、いよいよ第二子に会える楽しみとが混じっているせいらしい。妊婦のそういう情緒不安定はよくある話だが、「夫が悪い」のであって情緒は不安定ではないと、ノエルとアマリエは思っていた。


「ノエルから玩具の剣を何本かもらったでしょ? それで私が『えい、やっ』と一人で遊んでたら、『胎教によくない』とかジュールが言い出すのよ。

 ちょっと運動してただけなのに」

 アマリエが愚痴をこぼした。

「運動は大事よね。

 玩具の剣は未来の騎士のためだから壊さないでね」

「もちろんよ」

 アマリエは笑って頷く。

 ノエルが『未来の騎士』と、毎日のように言うのですっかり聴き慣れた。

 アマリエはもうわかっていた。「未来の騎士」はきっと確かに、身近に居るのだろう。なにしろ、未来の騎士の母は、玩具の剣を見ると買わずにいられないみたいだから。


「私もね、アマリエに貰った楽士の曲を聴いていたら、シリウスに『熱心過ぎないか』って言われたわ」


 魔導具で曲を聴くのは、王妃になってから覚えた趣味だった。なかなか高価なものだが、元から古い魔導具があったので曲の入った魔石を買えば聴ける。

 最近は買う必要もない。アマリエが熱心に曲を買い、「この曲が絶対的にお薦め」と真剣な顔で同じものをノエルに押しつけてくるのだ。

「あの曲は絶対、未来の舞姫が気に入るわ。胎教にも良いわよ。

 落ち着くでしょ?」

「そうね」

 ノエルは「ふふ」とつい笑ってしまう。

 未来の舞姫は、確かに気に入ってるのだろう。母体が「落ち着く」と言っているのだから。


 ふたりが熱心に話し合っていると、仕事の出来る侍女が温めの甘いハーブティをいれてくれた。

「あら、良い香り」

「少しのんびりしましょ」

 と、もとからのんびりしていたはずのふたりの妃はカップを手にとった。

 喋り疲れた喉が丁度良く潤う。


 妊婦に良いというハーブティは妊婦特有の情緒不安定によく効く。愚痴を溢し終えてふたりの妃はくつろいだ。

 侍女たちはその様子を見守った。

 身も蓋もない言い方をすれば、旦那たちがボロクソに言われるのはこの際、仕方ない。大事なのは間も無く出産予定日のふたりの妃が安らいでいることだ。妊娠は病気ではないが、お産は命がけだ。

 主の心身の状態を労り、快適にフォローするのが有能な侍女だ。


「美味しいわ」

 ノエルはしみじみと呟いてから、ふとアマリエに訊こうと思って言い忘れていたことを思い出した。

「ねぇ、アマリエ。

 オディーヌにしつこく婚約を申し込んでいたアルレス帝国からは、もう言ってこないわよね?」


 アルレス帝国の第三皇子からオディーヌに婚約申込みがあったのは2か月ほど前のことだ。

 隣国の11歳の皇子から8歳のオディーヌへの婚約申込みは珍しくも不自然でもない。

 ただ、アルレス帝国は、つい最近、我が国に侵略まがいのことを仕掛けてきた国だ。受けるわけがない。

 馬鹿にしている。

 ジュールとシリウスは激怒したが、表向きは丁寧に断りを入れた。

 『まだ公にはしていないが既に相手は内定しているため、大変残念だがこの度はご縁がなかったようです』的な内容で書状を出した。

 見込みがないことはわかっただろう。

 ところが、再度、申込みがあった。

『公にされていないのなら変更してこちらにしたらどうだ』と言う内容で返答があったときは、関係者一同、呆れてしばらく言葉がなかった。

 当然だが、また断りを入れた。


「今のところ、もう来ないわ」

 アマリエは朗らかにそう答えた。

「良かったわ。

 シリウスに訊けばいいんだろうけど。この件を話題にすると苛つかれるから言い難いのよ」

 ノエルは安堵して言い訳を述べた。

「でしょう? うちもよ。うっかり、『アルレス帝国』と言う名前も言えないわ。

 顔が怖くなるから」

「気持ちはわかるけどねぇ。

 私は、絶対に断れるだろうってわかってるからそう危機感もないんだけどね」

 ノエルは肩をすくめる。

「私もよ。大国のくせにフラれてやんの、ざまぁ、くらいの感じしかないわね」

「そうそう」

 ノエルがコクコクと頷く。


 あの一連の騒動でこちらがボロ負けしていれば断り難かったかもしれない。

 それでもジュールはあらゆる手を使って断ったかもしれないが。

 人造交雑魔獣の事件でも、交易の件でも、アンゼルア王国は負けずに乗り越えたのだ。断るに決まってる。


「シリウスが、皇妃は、少なくとも人造魔獣の件は知らないんじゃないかって言ってたわ」

 第三皇子の母親は皇妃だった。


「あーそうね、ジュールもそう言ってたわ。

 国の中枢の連中がやったことで、それ以下は知らないんだろうって。皇妃が『それ以下』と言うのも帝国らしいわ。

 でもさ、そんな蚊帳の外の皇子にうちのオディーヌをやりたくないし。事件に関わってた奴らなんて、論外だし。どっちにしろ、お断りよね」


 第三皇子ではあるが、能力主義の帝国では皇太子に選ばれる可能性は十分にある。帝国からの婚約の打診は「婚姻したら正妃に」という話だった。

 ふつうに考えれば、オディーヌは将来は皇妃になるかもしれないことになる。

 敵国あつかいで攻撃をしかけた国の姫を皇妃にすると言うのだ。どういうつもりだろう。


 第三皇子の立ち位置がよくわからなくなる。

 帝国では、皇妃と第二妃と第三妃が産んだ皇子は、みな、皇位継承順位が同じだと言う。つまり、3番目までの妃の皇子たち全員が実質第一位。その中でもっとも能力が秀でた者が皇太子に選ばれる。

 とは言え、「どうやって、能力的に一位を決める?」と傍目から見ればそこが気になる。

 本当に公平に選べるのだろうか。疑問だ。


 どちらにしろ、アンゼルア王国ではどうせ我が国の姫を人質にする気だろう、くらいにしか思っていない。

 友好や同盟のための婚姻などと素直に信じる気は無かった。


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