蔓薔薇の独り言2
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ある日、サリエル父上が私の花を摘んだ。丁度良い咲き具合の花を一輪一輪選び、見事な花束を作って綺麗な紙で包み箱に入れた。
私の花は鉱山の町に運ばれた。高台の快い墓地に供えられた。
その墓は、静謐だった。安らぎがあった。
良い墓だ、と思った。
きっと悔いのない人生を送った誰かの墓だろう。
私の花を通じてそんなことを思った。
大輪の花は墓の供え物としてそこにあった。ひと月が過ぎ、ふた月が過ぎるころまで。
時おり、ひとが訪れた。
よく来る者がいた。
墓の前にたたずみ、話しかけ、涙をこぼし、帰っていく。毎日のように来るときもあれば、数日休んでから来ることもあり、穏やかに話しかけるだけの時もあれば、なにも言わずに涙を溢していることもあった。
あるとき、そのひとは、バラの花束を持ち帰った。
少しずつ花からの情報を受け取れなくなっていたころだった。切り落とされた花は力を失いつつあった。
持ち帰られた花に、その人は話しかけた。
薔薇は彼女に似ている、と言う。
トゲを身につけ、自分の身は自分で守ろうとする健気なところとか。
無垢で、一途で、純粋で。
笑顔は気取りがなくて、太陽のように明るくて。
心は愛にあふれて、自由で、力強くて。
でも脆くて、脆いくせにいつも一生懸命だった。
その人は話し出すと止まらなかった。
これがいわゆる、「恋は盲目」というものだろう。この症状は本人には自覚がない、という難儀なものだった。話は4割引きくらいで聞いた方が良さそうだ。
でも私は気づいていた。その人は、彼女の容姿は一つも褒めなかった。薔薇のようだと言いながら。
その人は、彼女の心が好きだった。
ある時、その人は言った。「彼女は、唯一、愚痴をこぼしたことがあった」と。
赤ん坊が出来たと、王となる子ができたと伝えたら、婚約者は嫌そうな顔をしたのだと。
その一言を溢した時に、彼女は初めての顔をした。
辛そうな顔だ。
そんな顔は似合わなかった。
でも、婚約者という男の心を、私はわかるような気がしたんだ、とその人は言う。その人は、何か事情を知っていた。
きっと、彼女の赤ん坊が嫌だったのではない。
そんなことを伝えたら、彼女は、余計に婚約者に未練を残すかもしれない。
だから、教えられなかった。
教えられないままに日が過ぎて、自分の良心の呵責に耐えきれず、とうとう話してしまった。
きっと、婚約者は、王になりたくなかったんだよ、だから、嫌そうな顔をしたんだ。赤ん坊が嫌だったのではないよ。
彼女は、目を大きく見開いた。
次いで、悔しそうに言った。
なんでそんな大事なことを言わないの、王になるために私が必要だと言ったくせに。私一人だけ、要らないのに頑張って。それなら王妃なんて目指さなかった。
彼女は、婚約者への未練をむしろ消し去った。
伝えて良かった、とその人は少し微笑んだ。あの時、言わなかったら、彼女に教えられないで終わってしまうところだった、と。
でも、『あなたも婚約者に、王妃になりたくなかったとは言えなかっただろう?』とは決して言わなかった。『「王になるために必要だ」と彼女に言ったのは、本当に婚約者の彼だったのか?』とも言わなかった。
もう済んでしまったことで彼女が苦しむことはないから。
そう、その人は呟いた。
これは彼女からの贈り物、と見せるその人の手首には綺麗な腕輪があった。
作業場に入る前の身体検査で、彼女は看守に「これをあげたい」と握りしめていた石の粒を見せたと言う。看守はそれくらいなら見逃してやるから自分でやりな、と知らないふりをしてくれた。
彼女は平気な顔でくれたけれど、朱に染まった頬が裏切っていた。周りの皆は生ぬるい目で見ないふりだ。
朝の打ち合わせの挨拶や、休憩のときのわずかなひとときだけに育まれた恋はやがて終わりを告げるはずだった。けれど、その人の胸には深くまで刻まれてもう消えはしない。
それらは悲しい恋物語だったが、少なくとも、その人は想い合うことができたらしい。
そばにいてもすれ違ったり、好きでもない者同士がそばにいるよりもよほどマシだろう。その人は、「マシ」なんていう言葉を使われたくはないだろうけれど。言葉がありながら、言葉が真っ直ぐに届かない人間という生き物にとっては、貴重なことではないか。
皆、きっと救われるだろう。魂の綺麗なひとたちは神が救うと決まっている。
その人は、花が美しいうちに風に当てて乾かした。
うまい方法だ。
もう、私に声は聞こえない。けれど、きっと花は長くその人を慰めるだろう。
◇◇◇
ヴィオネ家の邸の仲間たちは幸運だ。ここは植物たちの楽園だった。
この邸は、近衛と王宮の裏任務の連中が警護している。
おかげで、私の仕事は楽だ。とは言え、完璧に楽なわけではない。サボる騎士が居るからだ。
彼らの話を聞いていると、だいぶ信頼度に差があることがわかる。
裏任務の連中がいる夜は安心できる。彼らは、妙な仕事ほど手を抜くとヤバいと知っている。裏方はそういうのが多いらしい。
だが近衛たちは違う。経験値はさほど関係がない。新入りでも優秀で真面目なのはしっかり仕事をしている。だが、「元王族だと言うだけで大して力もない伯爵家の警護をさせられている」ことに不満タラタラな近衛は、特に夜番をサボるのだ。
夜番は2人1組で交代で休憩しながら行っている。だいぶ手薄だ。ただ、魔導具も使っているので、人が少ない分は補えているらしい。
それに、私もいる。
私がいることは、王宮のごく一部は知っている。ルシアンの能力を知っている者限定なので、ごく限られている。近衛たちは知らない。ジェスは勘づいている……と言うか、ルシアンがちょくちょく力を晒しているからもうバレバレだが、知らないふりをしている。それが最も面倒の少ない対処方法だろう。サリエルたちもジェスは身内枠なのでどうでも良いらしい。
ルシアンの護衛は、実のところ、普通の護衛任務ではないだろう。王宮はルシアンを厄介ごとから保護し、ルシアンの能力を隠したいのだ。
例えば、今夜のようなこと――不審者に狙われることは珍しくなく起こる。
サリエル伯は、元王妃の一人息子で溺愛されていた、と世間では言われている。それが落ちぶれた、と。
そんなサリエルは、今は土魔法で儲けている。農地で人気だ。
すると、「金目のものがあるかもしれない」と考える輩が一定数いる。
今、夜闇に紛れてやってきたこいつらのように。
当然だが、門扉は固く閉じられている。ゆえに、鉤爪のついたロープを使ったり私の蔓に足をかけてよじ登ろうとする。
私の自慢の棘を刺してやろう。だが、まだ早い。
一人目で刺すと、他の連中が逃げてしまいかねない。
だから待つ。
防犯の魔導具があることに気づくところを見ると、少しは手慣れた連中なのだろう。
指示を出し合い、魔導具対策をする。
近衛たちは、魔導具に頼っている。だから、二人して休憩している。
いや、一人は休憩の番だから良いのだ、もう一人は夜番のはずだろうに。
あの近衛は、さぞ隊長に絞られることだろう。職務怠慢だ。この場合、どうなるのだろうな?
◇◇
今夜の賊どもは5人だった。魔導具に魔力無効の魔法をぶち当てて無効化し、次々と塀を乗り越える。
私の蔓を足蹴にされて、ふつふつと殺意が湧く。
だが、事情聴取というものをさせてやらなければならないので、殺すのはやめておく。
葉を揺らし、そよそよと辺りを伺う。近くに賊はいない。
さて、捕縛といくか。
そろりと蔓を這わせ、賊どもの足元へと滑らせていく。
私の蔓は、塀をぐるりと囲うだけではなく、アーチを彩り邸の窓辺も飾っている。
爽やかな芳香で賊どもを軽く酔わせてから足元に蔓を巻きつける。
「なんだ? 足に何か」
「罠か」
「気をつけろ」
「ナイフで切れ」
男たちが手で引きちぎろうとしたり、ナイフを取り出した。
私は、一気に棘をお見舞いした。
闇の中に男たちの汚らしい悲鳴が響き渡った。賊どもがもがき、蔓から逃れようとするが、私の蔓はかすり傷もつかない。さらにガッチリと捕らえてやる。
流石に寝込んでいた近衛が駆けつけて来るのが見える。
私は刺を引っ込めて賊を縛った蔓だけ残して切り落とし、他の蔓は引き上げる。証拠隠滅だ。あとはハイネたちがなんとかしてくれるだろう。賊どもは激痛のために青息吐息だ。
おや、ジートの方が先だった。この鶏は鳥の癖に夜目が効く。さすが良い餌を食っているだけある。不審者を容赦なく突き出す。ハイネとサリエルも駆けつける。
ほぼ同時に休憩の番だった近衛も到着した。
五番目に、本来なら夜番だったはずの騎士が転がり込むように来た。
3人の視線に寝癖で髪を逆立てた近衛の顔色が悪くなった。
最後に、ルシアンも寝ぼけ眼の寝巻き姿でやって来た。
「ジート、盗賊をやっつけたの? エライ!」
ルシアンの呑気な声に、近衛二人が項垂れた。
確かに、近衛よりジートの方が活躍した。
のちに、夜番をサボっていた近衛がどこかに飛ばされたという話を聞いた。
ハイネは、ちょっと気の毒な気もしますが仕方ありませんねぇと長閑に話していた。
ヴィオネ家の担当を物足りないと思っていた騎士は、ヴィオネ家の秘密にはもう近寄れない。
あの時、もしもあの騎士がいち早く賊の殲滅に剣を振るっていたら、なにかに気づいただろう。私はきっと手を貸していたはずだから。
彼は出世したかったんだろうに。国の中枢への経路はわかりやすいとは限らないのだ。
報告を持ってきたジェスは、ハイネの気の毒発言に顔を顰めた。
「職務怠慢と言うより敵前逃亡あつかいで良いと思います」
「敵前逃亡は処刑じゃありませんか……。さぞ反省したでしょうし。
手柄を鶏に持っていかれた近衛と、これから囁かれるんですからね」
「王宮の食堂の笑い話になってますよ。
近衛が駆けつけたら賊はすでに蔓薔薇に足を絡ませて鶏にやられていたと」
「ゴラツィの活躍は秘密なんですけどねぇ」
ハイネが僅かに眉を顰める。
「防犯の魔導具が作動したことになっています。蔓型の魔導具がありますから。
賊どもが防犯の魔導具を無効化させていたことなどは知られていません」
「それはようございました。
昨今の盗賊は小技を使うのですね」
「ええ。対策しても賊どももその上手をいこうと工夫して来るのでなかなか……」
私は二人の会話を聞きながら、私の仕事は無くなることはなさそうだなと思う。……でも、馬鹿な近衛が見せしめに飛ばされたから、皆、きっちり仕事をするようになるかな。
まぁ、迂闊な近衛のフォローはこれからもやってやるか。
私は、今後の方針を考えながら、ゆらりと蔓を揺らした。
読んでいただき、ありがとうございました。
(その人)さんはまた登場の予定です。
次話はまた少々日にちを置いて投稿します。




