ゼラフィの記録。ある罪びとの物語2
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ノエルは証言の資料を手に項垂れていた。
シリウスはノエルを気遣いながら「教師として、ゼラフィの変化は推測できる」と説明をした。
「まず、ゼラフィはおそらく貴族令嬢の生活は合わなかった。自分の苦手な分野で、自分を馬鹿にするライバルたちに囲まれる生活だった。
ゼラフィのあの性格では辛かったろう。でも彼女は辛いなんて認めたくなかったかもな。認められなければどこに吐き出せたのだろう。
実際、誰も彼女の弱音など聞いたことはなかった。
おまけに、以前のゼラフィは、火魔法使いすぎの症状が見られた。例えて言えば、常に暑さで苛々がある状態に近い……といえばわかりやすいかな?
罪を犯して捕まり、炎撃は封じられ、これまでとは違う人間関係の中で自分がやったことを振り返れたんだろう」
「……ゼラフィにとっては捕まったのは悪くなかったのかしら?」
ノエルは力なく呟く。
「捕まるようなことはして欲しくなかったが。良い出会いでもあったんだろう」
「そう……」
ノエルは恋人に関しては触れないことにした。女性の作業所には看守も含めて男性は一人もいないはずだった。
所内で禁止されているのは「接触をともなう恋愛」とは先ほど聞いた。プラトニックな恋は自由だ。
ただ、「全面禁止」と思い込んでいる者も多いのでゼラフィの恋愛がどんなものかは見当がつかないと言う。仲間たちは話したがらないからだ。
「ゼラフィの身体強化魔法は看守は把握していた。ただ、ゼラフィは最も強い魔力制御の魔導具を付けられていて、それ以上強いものは人道的に使えなかった。
ゼラフィは普通の看守たちからの評価は良かった。彼女は看守の言うことはよく聞いたからだ。なぜか楽しそうにしていて脱獄の心配もなかったので、様子見をしたまま放って置かれた。
事故の時にはゼラフィの強化された聴覚のおかげで助かったので、その措置は正解だったんだろう」
「姉は、本当にヴィオネ家にいた頃とはだいぶ違ったのね……」
「そうだね。
私もゼラフィの報告を読むたびに想像してたのと違うと思ってしまったよ。
ゼラフィは……鉱山に入って程なくして、牢名主みたいな地位になってたらしいんだ。
あの若さであり得ない、と看守たちの間では評判だった。並外れた喧嘩の腕とハッタリの強烈さと諸々で。他の囚人たちの頂点に駆け上ったとか。
バセル侯爵家にはわざわざ報せてはいないが、反省しているのか分からないのは困りものだった」
バセル侯爵家とはゼラフィが殺めてしまったシモーヌ嬢の実家だ。確かにこれでは報せられないだろう。ご両親の気持ちを逆撫でしかねない。ゼラフィは令嬢を惨く殺したのだ。
「……申し訳ないわ」
ノエルはバセル家のご両親のことを思うと居た堪れなかった。
「ノエル。
私たちは法に則ってゼラフィを過酷な鉱山に送った。それでもう彼女は罰を受けている。それ以上に不幸になれと言うのは私は自分の立場からしても言うつもりはない。
バセル家の夫妻は、ゼラフィが劣悪な鉱山の環境に放り込まれたことで、とりあえず良しとした。
だから、ノエルが心を痛める必要はないよ」
「それは……そうですね、そうだわ……」
ノエルはシリウスの言葉を胸の内で反芻し、納得した。ただ心では何か違うような気もしたが、これ以上は求められないのは確かだ。
「あとは、バセル家の夫妻の気持ちの問題だろう。
ノエルはそれが気になるんだろう?」
「そうです」
ノエルはうなずく。今その言葉通りのことを考えていたのだ。
「幸いなことに、バセル家から、鉱山でのゼラフィの様子を問い合わせることは無かった。
一度もね。興味がないのか、聞きたくないのかはわからないが。
あの鉱山に貴族令嬢が入ったことは幾度もあるんだ。その度に数年もしないうちに亡くなっている。半年から、長くても1年半ほどで死んでしまった。
バセル家ではその情報を聞いて、ゼラフィがその鉱山にやられることに決まると『それでいい』と頷いた。きっと、ゼラフィは過酷な環境で辛い思いをしながら亡くなるだろうと、それが自分たちの望みだと了解したのだ。
だから、我々としては、問い合わせがない限り何も知らせない」
シリウスは情報として『バセル侯爵家はシモーヌ嬢を政略の駒として育てた』とか『王子妃になれと言う令嬢への圧力が酷かった』と聞いている。
ゼラフィの事件の背景は、実は思うよりも複雑なのかもしれない。だとしても、ゼラフィが一人の令嬢を焼死させた事実は何も変わらないが。
ただ、シリウスはノエルのようにバセル夫妻に対して罪悪感は持っていない。その分、客観的だ。
この件に関しては、ノエルやルシアンの側の立場でいるつもりだった。
「それは……、良かったです。
理解しました。納得もしました、何もかも」
「本当に?」
シリウスがノエルを見詰める。
「本当です。ただ、バセル家の方がずっと知らないでいてくれることを願うだけだわ」
ノエルは頷いて答えた。納得したと言う言葉に嘘はなかった。
「ああ。
私もそれは願ってるし、そうなるよう極力手を回そうと思ってるよ。
それにね、ノエル。確かに記録を見ると反省しているのか首を傾げざるを得ないが。反省というものは大事なのは心の内だろう?」
「もちろん、そうだと思うわ」
「ゼラフィは、先ほども言った通り、普通の看守には従順で逆らわなかった。
ただ、看守のくせに規律違反をしている問題のある者には違ったようだが……。
身体強化を使える体でも、脱獄のような真似は決して試みようとしなかったし、作業は熱心にやっていたんだ。つまり、きちんと罪を償っていた。その他の生活態度で、かなり型破り……と言うか、安閑と言うか、囚人のくせに気楽にやってるとしても、だ。
上辺では反省していると言いながら、刑務作業をサボったり再犯を繰り返すような者よりも良いだろう」
「そうよね、その通りだわ。シリウス」
ノエルは気を取り直して次の報告書を手に取った。違う囚人の証言らしい。
『ゼラフィさんはいつもホント、どこかネジが飛んでたわ。
一応、伯爵令嬢だったのよね? ゼラフィさん「マナーなんてもうすっかり忘れた」って笑ってたわ。あの綺麗な顔で。
ゼラフィさんはものすごくケンカが強かったわ。
前の牢名主を殴り倒して、懲罰房に入れられて。平気な顔で出てきた時は化け物だと思ったわ。
あれから彼女に逆らう人なんていないわ。
「貴族女なんて見栄とプライドをかけた戦場で生きてるようなもの」とか「ケンカの武器が権力と声の甲高さになっただけで同じだわ」って話してたわ。
「ここでうまく生きるのも貴族社会で生きるのもそんなに変わらない、コルセットで息が詰まるのと、坑道で息が詰まるのとどちらも似たようなものじゃない?」とゼラフィさんが言うの。私はマジなの、この人? と呆れたものよ。とにかく飛んでるのよ、頭が。私はコルセットを選ぶわ。坑道より。
ゼラフィさんは恋人が出来たみたい、ここで。でも、まぁ、ただそんな感じがしただけ。少し噂にもなったわ。詳しくは知らないわ。
いつからかしら? だいぶ経ってからよ。
ゼラフィさんはその恋人のことになると頬を染めて「どうだっていいでしょ! 殴るわよ!」と照れてたわ。本気なのね、って思ったわ。あのゼラフィさんが照れるなんて、あり得ないわ。ゼラフィさんが照れるのなら炎竜だって照れるわ。それくらい似合わなかったけど、ちょっと可愛かったかも?
ゼラフィさん、昔は婚約者がいたみたいね? 「顔だけの男よ」って言ってたわ。
「情けないくらい優しかったわ。砂糖とハチミツと練乳を混ぜ合わせたみたいに甘ったるく優しかった」って砂糖の塊を齧ったみたいな顔をしてたわ。
それから「私のことを毛筋ほども好きじゃない人」ってね。「生粋の政略結婚よ、混じりっけなしの政略」とも言ってたわ。お貴族さまも大変ね、って思ったの。
ゼラフィさん、赤ちゃんがいたでしょ? 「最高の赤ん坊を産むわ」って豪語してたのよ。
でも、出産のあと、すっかり大人しくなっててね、みんなで噂してたの。
「浮気がバレたような赤ちゃんが生まれたんじゃない?」って。
その辺は怖くて訊けなかったわ。ゼラフィさんの前の牢名主さんさえも怖くて訊けなかったくらい。でも、あれから、ゼラフィさんから少し聞いたのよ。
「赤ん坊って、育ったら顔が変わるの?」って。
そりゃ変わるでしょ。変わらない赤ん坊なんて居ないし。生まれたての赤ん坊なんて、顔がまだ成長途上どころか成長のスタートラインなんだから変わる要素しかないわ。
そう答えたら、「そりゃそうよね」って頷いてたわ。
それから赤ん坊の鼻筋がやたら可愛かったとか、目元の線が綺麗だったとか言うので、「美形になりそうね」って思わず言ったら「まぁ、私の産んだ子だからね」とかやたら自慢してたわ。
単純なのよ、でも目元と鼻筋が綺麗なら美形になるんじゃない? 普通、そうよね』
「この証言の懲罰房の件は、ゼラフィは妊娠中だったので酷い房には入れてないんだ。まぁ反省させるためにそれなりに厳しくはしたようだが。それより大喧嘩をするような妊婦を保護するために独房に入れたと言う理由が大きかった。
施設では、ゼラフィが無事にお産を終えるまでは作業内容も妊婦用だった。
第6刑務所では妊婦は初めてだと言うので、王宮からは定期的に人をやって様子を確認させたし、診察も受けられるようになっていた。
赤ん坊は罪人ではないからだ」
シリウスはそう説明をしてくれた。とは言え、それらの措置は囚人にまでは詳しく知らされていなかった。おかげで「懲罰房に入れられても平気な女」という誤解が施設中に広まってしまったのだと言う。
ノエルは『生まれたての赤ちゃんが自分やサリエル伯爵に似ていないと、気にしてたのかしら』と少し思った。
――でも、茶色い髪だからって拒絶したくせにね。
そのことは、サリエルは当然だが、話を聞いた誰もが決して忘れはしない。ルシアンに知らせるつもりは毛頭ないが、心に刻みつけられている。
多分、後から気が変わったのだろう。ゼラフィなら不思議ではない。
あるいは、その変化が人との出会いや恋人という存在がもたらしたのだとしたら恋は偉大だ。
サリエル王子に恋人のように愛されてはいないことも気にしてはいたのかもしれない。それは可哀想に思う。ノエルに可哀想などと思われたらゼラフィは激怒しそうだが。
優しいサリエルはゼラフィを婚約者としては大事にしていたはずだが、それでは足りなかったのか。
ゼラフィがサリエルのことをどう思っていたかは不明だが、あの時の状況は全てが自業自得とは言い切れず、さりとて無関係な結果でもない。
救いは、ルシアンはサリエルやハイネやジェスたちに愛され、幸せに暮らしていることか。とても元気な良い子に育っているし可愛らしい。見ればどんな親だって愛しいと思っただろうに。
それでもゼラフィからルシアンへ手紙を送ろうとしたり様子を伺うことは一度もなかった。サリエルもゼラフィのことを振り返ることはなかったし、ルシアンも母親について訊くことはなかった。
互いが互いの存在に触れないままに終わった――ように見えていた。
 




