ゼラフィの記録。ある罪びとの物語1
「ゼラフィ編」投稿するか迷いましたが、ゼラフィの最後を記して次話へ進めたいと思いまして、さらりと読んでいただければ幸いです。
この話の次からになります「(ルシアンたちの)学園編」は軽めの雰囲気になります。(ゼラフィ編も出だし以降はそう重くないと思います、当社比)
全部で5話になります。
読んでくださって、大変嬉しいです。ブクマや評価も貴重なエネルギー源にさせていただいております。
ありがとうございます。
8年前。ジャニヌ町にある鉱山の第6刑務所にゼラフィは入れられた。
労働環境も作業内容も、それに囚人たちの質も劣悪と有名な施設だ。
過去に入れられた貴族令嬢は早くて半年、長くても2年経たないうちに死亡している。
所内での死傷事件は珍しくなく、囚人内での事情聴取も捗らず事件は未解決のものばかりだ。
ゼラフィに殺害された被害者シモーヌ嬢の両親は、その刑務所にゼラフィが入れられると聞き溜飲を下げた。
◇◇◇
ゼラフィは炎の女と言われた。
持っている魔法属性は性格に大きく影響する。
「土」の魔法属性を持つ人は穏やかだ。
「水」の魔法属性が強い人は気前が良い。
「風」の魔法属性を持つ人は気まぐれ。
「火」の魔法属性を持つ人は強い心を持っている。
ただし、魔導士は、一つではなく複数の魔法属性を持っている。
二つ以上の魔法属性がバランスをとり、性格や性質の偏りを防いでいる、と言われている。
ノエルは「火」と言う魔法属性を思うたびにゼラフィの姿が脳裏に浮かぶ。
赤みの強い金の髪。鮮やかな青い瞳。笑うと大輪の花が綻んだように華やいだ。
炎そのもののような激しさが見た目にも表れていた。
魔法属性と性格の話はセオ教授に聞いたのだ。
「魔法属性が一つしかない魔導士は居ない。二つ以上を持つものだ。
魔導士と言われるほどに魔力量の高いものは、必ず……だ。
一つしか魔法属性を持たないと、魔導士の人格が偏ってしまうんだ。
『火』の魔法属性が強ければ、『土』や『水』を次いで持っているものだ。
魔力という、人間には過ぎたる力が魔法属性によって方向性や形を与えられる。その結果、魔法を放てる。
その影響はとても強い。性格に大きく関わる。
だから魔導の教師は、持っている魔法属性は満遍なく修練するようにとしつこく言う。
言わなければ教師ではない」
「土」が溜まり過ぎると重く鈍重に、あるいは固執しやすくなる。
「水」が高まったままでいると欲望に流されやすくなる。
「風」が強まり過ぎると体は虚弱に、心は不安に苛まれやすくなる。
そして、「火」が悪化した魔導士は、ひたすら苛烈となる。
ゼラフィは炎撃しか魔法を使ったことがなかった。
それが許されてしまった。
そのことに関してはあの毒親の罪を思わずにいられない。あの両親は苛烈な魔導士を作り出してしまったのだ。
◇◇
その知らせを受けたのはゼラフィが鉱山に入れられて8年が過ぎた頃だった。
シリウスがノエルに教えてくれた。
「鉱山の事故?」
「そうだ大規模な事故だった。
ゼラフィは囚人仲間たちを庇って死んだ」
「仲間を庇って? ゼラフィが?
ゼラフィは反省して性格が変わったの?」
ノエルは自分の耳を疑った。
「まぁ、これだけではわからないが」
「そう……ですね」
ゼラフィの葬儀は身寄りのない囚人として行われた。ゼラフィはもう貴族ではなく、家族は今も鉱山にいる両親だけだった。
◇◇◇
鉱山の事故は稀にあるものだ。
頻繁にはないが、鉱山に危険は付き物だ。
坑道を掘り進めるためには爆発物が使われる。使い方は慎重の上にも慎重を要する。
事故のあった時、作業員は経験が不十分な者だったという。
長く作業に携わっていた者が引退するために引き継ぎが行われていた。もっとも事故の起きやすい状況だったようだ。
ゼラフィはたまたま側で作業をしていて事故が起こりそうだと気が付いた。ただ、囚人の意見など言える状況ではなかったので、付き合いのあるよく話をする看守に相談を入れた。
そうして手間取っているうちに事故が起こった。
幾度か断続的に崩落があり、ゼラフィは親しくしていた仲間を助けようとして自らは瓦礫の直撃を受けた。
ノエルは居合わせた者たちの証言をまとめたものを読んだ。
『ゼラフィさんにはよくパンを貰いました。
「レンガみたいに固くて不味いパンをよく食える」と嫌そうな顔をしてくれました。シチューに浸せば美味しいわよ、と教えたんですけど、「ブヨブヨになったパンがキモい」と言うの。その代わり「肉を寄越しな」とシチューの肉を持っていかれるんです。
私にしてみれば筋っぽい肉は胃が痛くなるので食べてくれるのならあげて良かったんです。
ゼラフィさんは恋人がいて……。いえ、その。
ただ……もう亡くなられてしまったのですから、良いでしょう。
ここでは、そういう付き合いをしてはいけないのはわかってますけど。ただゼラフィさんは細かいことは気にしない方ですので……。
そのお相手は……よくは知りません。ただ、その頃から、前より少し穏やかなゼラフィさんになったってだけ。
ゼラフィさんとは、私は多分一番よく話す仲だったと思います。仲……と言うほどの関係とはゼラフィさんは思っていなかったかもしれませんが。
シモーヌという人のご家族にここに入れられた、と言っていました。
「だから不幸にならなきゃいけなかったみたいだけど。ここって、けっこう気楽でいいわ」とか言ってました。
ここで気楽だなんて、すごい人だと思いました。
ゼラフィさんは、魔力が高いから魔法封じの魔導具を付けられてましたが、まるきり使えないわけじゃなくて「ここに来て、ちょっとだけ身体強化っていう魔法が使えるようになったわ」と得意げに言ってました。
だから、作業とかは「楽ちんよ、ノルマなんか任せな」って。班の作業を人一倍、やってくれたの。
すごく羨ましかった。
でも、ゼラフィさんは「あんたの方が羨ましいわ。あんたみたいにボケッとした人間になりたかった」とか本気の顔で言うんです。わけがわかりませんでした。
ゼラフィさんは美人で、貴族の出で……全然、貴族令嬢らしくない方でしたけどね、でも私を羨ましがるところなんて一つもないですのに。
仲間に言ったら「遠回しに貶されてんじゃん」って言われたけど、ゼラフィさんは貶す時は真正面から思いきりやるわ。
いつも偉そうで「私を拝めるなんて、あんたは幸運よ!」とか本気で言ってるんですから、想像を超えた人だと思ってました。
あの事故の時、「崩落するわよ! 地響きが聞こえるでしょ!」って助けに来てくれたんです。
地響きなんて聞こえなかったですよ。でもゼラフィさんは、耳も身体強化できるので聞こえたんです。
それで危ないからこっち来なって。
避難場所の横穴に私とあと4人作業してた仲間がいたんです。そこに私たちを押し込んで……。そうしたら本当に崩落が始まったんです。
ゼラフィさんは落ちてきた瓦礫から私たちを守るようにして。「うっ」って一言言ったきり、動かなくなってしまって。
5人でゼラフィさんを避難場所の奥に運んだんですけど。もう……』
ノエルは一つ目の報告を読んで、言うべき言葉が見つからず資料から顔を上げた。シリウスがじっとノエルの様子を見ていた。シリウスもなんとも言えない表情をしていた。




