騎士と婚活とお節介な人々「退治したのは誰?」(10)
お読みいただき、ありがとうございました。
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ジェスの婚活編は完結ですが、また続きを投稿いたします。
時間は8時か9時を予定しています。
3か月後。
ジェスとララは王宮の夏至の宴に出ていた。
王宮の宴は社交の場だ。
女性は既婚者なら夫と、独身なら身内の男性か、あるいは婚約者にエスコートを頼む。
ジェスはララを伴って参加していた。
今日は護衛任務は非番だ。陛下から「婚約したてなのだから参加しなさい」と言われた。
ララはダイエットがすっかり完成し、美しいプロポーションをドレスが引き立たせていた。
ラメと刺繍でゴージャスに仕立てられたブルーグレイのドレスはジェスの瞳の色だ。
髪を綺麗に結い上げてジェスが贈った髪飾りを付け、ドレスも彼が贈ったものだ。
他の列席者たちから「あのふたりは誰?」と注目されていた。
ララは顔が知られていなかったし、ジェスも少々、印象が違う。
ジェスは気まずく思いながらも素知らぬ顔で凜として立っていた。
ノエルの侍女クラリスが「ほんの少しだけ眉毛を整えさせてくださいな」と有無を言わせずに手を加えた。
ジェスの強面の印象が、たったそれだけで僅かに和らいだ。
良いことなのかもしれないが、気恥ずかしい。自分が優男になった気分だ。
――仕方ない、今日だけだ。
今夜はジェスのあの噂を払拭し、麗しい婚約者を見せつけるために来た――王妃たちに言わせるとそういうことだ。
噂を流した本人は、名誉毀損や陛下付きの護衛に根も葉もないデマを流したということで不敬罪も視野に入れて捕らえようとしていたところ、件の伯爵家が令嬢を修道院に入れてしまった。
しかも、二度と出られない極寒の過酷な修道院だ。
示談で済ませたいと言ってきた。いくらでも賠償金を払うらしい。
商いがこのままでは傾くと思ったのだろう。それに、令嬢はあまりにも我が儘な性悪となり手に負えなくなっていた。行き遅れ年齢をはるかに超えて嫁ぎ先も皆無だ。
まだなんとも言えないが示談で終わらせるかもしれない。
あとは、犯罪まがいのデマを信じた令嬢たちが取り残されている。
ジェスとしてはどうでも良いのだが、ララたちはこれで決着を付けたいという。
――すでに決着は付いたような気もするんだがな。
噂を信じた令嬢がちらりとこちらを見たその目を見て思う。おどおどとして申し訳なさそうなあの表情を見るに、要するに修道院に送られた令嬢に逆らえなかっただけなのだろう。
音楽が始まり、王族たちがホールへと向かう。
陛下と王妃たちの姿に場が華やいだ。
ララは、あの美麗な妃たちの影に努力があると知っていた。もう以前の縮こまった自分には戻るまい。
次の曲が始まると他のカップルが楽団の調べに誘われていく。
ジェスは優雅にララの手を取り、ララは夢見るような目でうっとりと婚約者を見つめた。
――そんな目で見つめられると困ってしまうな。
ジェスはララに言われたのだ。
『私の父は盗賊の頭のようだとよく言われるのですけど、格好良いと私は思うんです。
ジェス様は、裏組織のクール系美男ボスみたいに格好良くて素敵ですよね』
色々と気になる点はあるが、ララに見るからに『憧れています』という目で見つめられるとそれで良いかと思ってしまう。
――格好良い、という部分だけを聞いておけば良いか。
と。
◇◇
シリウスはダンスも挨拶も一通り終えてようやくくつろいだ。
――いつまで経ってもこういう場は苦手だな。
ふとメルロー伯爵夫妻が楽しげに佇む姿が見えた。本当に仲の良い夫妻だ。
ファロル家との燻製肉の事業は早くも軌道に乗り始めたという。順風満帆というところか。
――……メルロー夫人はなにをやっているんだろう?
夫人がなにかを花瓶の後ろに隠したように見えたのだ。
ふたりが離れたあと、シリウスはそのテーブルにやってきた。
――竜酒?
強い酒だ。手っ取り早く酔いたいときに飲むと良い。
――伯爵は酒癖でも悪いのか?
考えてもわからず、わざわざ聞くほどのことでもない。
シリウスはわからないままにその場をはなれた。
ほんの数分前。
メルロー伯爵夫妻は踊らずに端のテーブルで仲よさげに話していた。
「あなたがこんな宴に来たがるなんてね。そんなに弟たちの晴れ姿が見たかったの?」
リュシルがからかうように言い、柔らかく微笑んだ。
「見たかったね。思い残すことがないと言う気分だ」
ヴァレンテは機嫌が良かった。
ララ嬢の情報を仕入れた時は「陰気で小太り」ともあったのでヴァレンテは心配していた。リュシルは「初等部のころは可愛らしかった」とか「牧場の手伝いで大型犬の世話をする姿があった」と言う情報から義弟の相手はララ嬢で良いだろうと考えた。
だから、「王妃様たちにお任せしておけば安心よ。恋する女は幾らでも化けるのよ」と夫に言ったのだ。
実際、ララは蛹から羽化した蝶のように磨き上げられ注目を集めている。何よりもジェスにベッタリの様子が微笑ましい。
「ふふ。そういう気分は、あと40年は早いわ」
「40年も現役を続ける気は無いよ」
「私は40年でも50年でもあなたを支えるわ。
息子たちがしっかりしてくれるかまだわからないしね」
「案外、知らないうちにしっかりしているものだよ」
少し酔い始めたヴァレンテは朗らかに答え、知人の姿を見つけて挨拶に行くか考えている様子だ。
ふとリュシルはテーブルの花瓶の影に竜酒の瓶を見つけた。
――まぁ、あんな強い酒を出すなんて。王宮の給仕は羽目を外し過ぎじゃないかしら。
リュシルはヴァレンテが目を離している隙に竜酒の瓶を花瓶の後ろに隠した。
ヴァレンテが、竜酒の瓶を見ると目元を一瞬、歪めるのを知っている。
リュシルはその理由も知っていた――知っているというより、推測していた。
せっかく機嫌良くしている優しい夫の気分を守るために、そっと竜酒を押しやった。
ヴァレンテは友人に声をかけることにし、夫人を誘ってその場を離れた。
いつも毒舌な友人は今日はさほどの毒を吐かず、ジェスの婚約者を褒めてくれた。
ふたりは気分の良いままに宴を過ごし、明くる日には芋好きな大牛が悩みの種である平和な領地に帰った。




