【4】ディアン視点
今日の2話目になります。
ディアン・ルロワは、最近、少々苛ついていた。
ディアンが目を付けているノエル・ヴィオネに友人が出来てしまった。
ディアンは侯爵家の三男だ。
ルロワ家は裕福な家で、それなりに人脈もある。
だが、三男ともなると、身の振り方を自分で考えなければならない。
ディアンは自分の容姿には自信があったので、資産家の伯爵家にでも婿入りするかな、と考えていた。
甘かった。
現実をわかっていなかった。
アンゼルア王国が、大して豊かな国ではないことを。
国が魔導士の育成に力を入れているのは、魔導士の人数が国力に直結するからだ。
だが、対策が遅すぎた。
あと50年早く手を打つべきだった。
かつてアンゼルア王国では、家柄重視の世の中が定着し、ただ家格のみが大事にされていた。
家格の高い家が、すなわち有能な家だったらそれで良い。
ただ単に権力を得る能力のみが高く、小狡く金儲けをするのが上手いだけの家もある。
国にとっては、そんな家ばかりが贔屓される状態は決して良くなかった。
魔導士は、こき使われて搾取される「資源」だった。
権力をもち金のある者が魔導士を契約で縛って搾取した。
だが、彼らは忘れていた。
魔導士は逃げる能力も高いことを。
長い年月を経て、魔導士が逃げ続けたアンゼルア王国は、今や隣国から魔導具を大量に輸入しないと成り立たない国になっていた。
どうしても魔導士がいないと困る分野があるのだ。
たとえば、魔導具の生産。
魔導具を作るには、魔力を込めなければならない部分がある。
近年の魔導具作りは、錬金術師に頼り切りだった昔のやり方からだいぶ進化している。
ところどころに、雷魔法や火魔法での素材の変成を使うのだ。
そのように作ることを見越して、魔法陣の設計もされている。
その代わり、ひとつの魔導具の制作には、魔力操作の巧みな魔導士が幾人か要る。
数少ない錬金術師に頼るよりも、ずっと現実的な作り方だ。
だが、その魔導士がアンゼルア王国には少ない。
魔獣の討伐にも、魔力で剣を強化して使える騎士は重要だ。
剣に火魔法や雷魔法を纏わせられる騎士なら、魔獣を一刀両断できる。
戦闘に魔法を使える魔導士は、魔力量「中」以上が理想だ。
騎士の魔導士率が、アンゼルア王国は少ない。
国防が心配になるレベルだ。国は、魔導士の騎士が足りない穴を攻撃魔法の魔導具を装備することで補っている。ぶつけて爆発させる魔導具を騎士らに持たせるのだ。
魔導士が少ないためによけいに金をかけて攻撃魔法の魔導具や、制作が追いつかない魔導具を輸入しなければならなかった。
魔導士を高給で優遇することで、ようやく魔導士の国外への脱出を阻止し始めたころには、アンゼルア王国は近隣でもっとも魔導士の少ない国になっていた。
アンゼルア王国は、豊かで治安も良い隣国を指をくわえて見ている状態だ。
そんなアンゼルア王国では、長らく高位貴族の令嬢不足だった。
「兄上のあの相手にはびっくりしたな……」
ディアンは昨夜のことを思い出した。
ルロワ家の次男である兄がようやく婚約した。
ディアンは会ったことがなかった。
昨夜、婚約者が邸にやってきた。
彼女の姿を見て驚いた。
――なんでこんな地味な女を選ぶ?
次兄は、ディアンと似ていて美男だ。
それに、ルロワ家は金のある侯爵家だ。
てっきり、美しく資産もある家から婚約者を選ぶと思っていた。
ところが、どう見ても兄の方がずっと麗しい。
婚約者が帰ってから兄に尋ねたのだ。
「兄上は、面食いじゃなかったっけ」
かなり失礼な問いだが、兄は疲れたように笑うだけだった。
「仕方ないだろ。
資産も、家柄も、容姿も……なんて、選べる立場じゃない」
「え? ルロワ家の子息が?」
「はぁ、ディアン。わかってないな……。
父上が頑張って王宮で仕事をしてるし領地からの収益もそれなりにあるから我が家は裕福だが、次男の私が選べる相手は限られているんだよ。
ドルセン王国とアルレス帝国からの留学生が、我が国の公爵家や侯爵家の令嬢を嫁に連れて行ってしまってるだろう」
「……ええ……」
ディアンは嫌な予感がした。
「ドルセン王国とアルレス帝国は強大な国だよ。ドルセンとアルレスの高位貴族や王族に嫁を求められれば、どの家も喜んで差し出すさ。
あれらの国は金がある。
おまけに、そういう高位貴族や王族は、男女の産み分けの技術くらい確立している。
富裕な家の夫人や愛妾たちが、男児と女児、どちらを産みたがると思う?」
「……男」
「だろ?
だから、他の国に嫁漁りに来るわけだ。
貧しい我が国なんか丁度良い。美人を選び放題だ。
そんなわけで、王立学園の美人たちはもうみんな売約済みなんだ」
「なるほど……」
ディアンは、その話を初等部の終わりに聞いた。
ゆえに、中等部からは、国立学園に入学しようと決めた。
もう高位貴族の令嬢は諦めたのだ。
伯爵位以下で、金があって、美人の嫁のいる婿入り先を探すために。
それで、ノエルを見つけた。
容姿が最高に好みだった。ディアンは可愛い系美人が好きなのだ。
ノエルは将来有望な顔立ちをしている。
だが、残念ながら、ヴィオネ家だ。
血筋は良いが、貴族家の中では底辺にほど近い貧乏な家。
おまけにノエルは次女だ。
――見た目は最高に可愛いのにな。残念だ。
将来の愛妾候補かな。
そんなわけで、キープはしたい。
話も合うから喋っていて楽しい。
ノエルは素直で性格は良く、頭もいい。
――でもなぁ。本命にはムリだな。
そんなノエルに、ライザという友人が出来た。
ライザは面倒見の良い女子で、ふたりはみるみる親密になっていった。
ノエルははっきり言って、ライザに夢中だ。
ディアンよりも夢中かもしれない。
――くっそ。
ディアンはやむなく、学業と婿入り先探しに精を出すことにした。
ディアンの魔力量は「中」。
一口に「中」といっても色々だが、「中」ランクの中くらいか。
なかなか良い値だ。
――嫁に魔力量「大」の子を選べれば、高給取りになってくれるかもしれないな。
「大」なんて五千人にひとりくらいしか居ないって言うが。
魔導科の学生の中には、あるいは……。
だが、残念ながら、学園は学生たちの魔力量を公表していない。
魔導士の少ないアンゼルア王国では、魔力量の高い子を誘拐する事件も起こっている。
魔力量の高い子供は貴族家の子が多いため、そうそう簡単には拐えないが、学園で起きたら困る。
ゆえに、学生の情報は極秘なのだ。
学生たちにも、自分の情報は誰にも言わないよう指導している。
身を守るためと言い聞かせ、入学時には秘密厳守を契約書に署名させる念の入れようだ。
5年ほど前に、王立学園の学生が、他の学生の情報を犯罪組織に売り、それが学生誘拐に利用されたことがあった。
それ以来、学園はどこもピリピリしているのだ。
魔法実技の様子を見ていれば魔力量の高い低いはだいたいわかるが、魔導の教師はその辺は見越していて、すぐにわかるような授業のやり方はしない。
――貴族家の子は楽々実技をこなしているところを見ると魔力量が高いんだろうな。
そう言えば、ヴィオネ家は古い魔導士の家系だし、ノエルも魔法は上手いよな、とふと思った。
読んでいただいてありがとうございます。
明日も夜8時か9時くらいに投稿します。