騎士と婚活とお節介な人々「退治したのは誰?」(7)
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また1日1話投稿になります。
明日も8時か9時に続きを投稿します。
二人の当主が肉談義をしている横で、子爵夫人と伯爵夫人は世間話をしていた。
「可愛らしいお嬢様でよろしいわね。
うちは男の子二人なものですから。毎日、大騒ぎですわ」
「お幾つですの?」
「13歳と11歳ですわ。剣術に夢中ですの」
「あらまぁ」
「うちの領地は腕白なくらいでないと難しいですけどね」
「魔獣が多いのですってね」
「最近は陛下のおかげで落ち着いてますわ。ご主人は狩人の経験がおありなんですって?」
「そうなんですよ、まったく!
魔獣が増えた時期に『ちょっくら行ってくる』って軽く言い置いて。それきり帰って来なかったんですよ」
「まぁ、逞しい……」
リュシル・メルローは目を見開いた。
「よく言えば逞しいですけどね。要するに生粋の脳筋だわ」
マリエは眉間に皺を寄せて首を振る。
「オホホ。
そのくらい荒っぽいのも清々しいではありません? 心意気がよろしいですわ」
「そうかしらねぇ。
伯爵は美男で穏やかなご主人で良いですわね」
「まぁ、たしかに主人は荒っぽくはありませんわ。
問題が起きた時の対処の仕方は、私の方が男っぽいかしら」
「女ってそういうところがあるかもしれませんよ。
私もこう見えて、なかなかバッサリやる方ですからね」
「それが良うございますよ、やるときはやる、と言うのがね」
リュシル伯爵夫人はそう意味ありげに微笑んだ。
◇◇◇
歓談と食事が終わると、ノエルとアマリエは、ジェスとララを庭に連れて行った。
王妃の温室へ誘い「二人でお喋りをしたらいいわ」と、侍女と従者だけ残してそっと温室を出た。
残されたジェスとララは見事な花と香りに包まれながらもそれを楽しむ余裕はなく、白い瀟洒な蓮鉄のベンチに腰を下ろした。
絹のクッションが置かれていて座り心地は良かった。
しばらくどちらも無言でいたが、先に口を開いたのはジェスだった。
「少々、気になることがある」
ジェスは重い口調だった。
「はい、なんでしょう?」
ララは緊張した様子で答えた。
努めて顔をあげるようにしているがあちこち固まっているし、首や体のどこかが震えそうだ。
「素敵な騎士……と言ってくれたようだが。
もしかして、人違いではなかったのか?
ブラド・バントランもヴィオネ家には通っていた。他の若い騎士も。
本当に私だったのか。それとも、間違えたのを今更言い出し難かったのか。
そういうことはないですか?」
ジェスは真摯にそう尋ねた。
ララはこれ以上ないくらいに目を見開いた。
「えぇと、ララ嬢?」
ジェスはそっと、無言のララの様子を見た。
ララはショックで固まっていた。
頭が沸騰しそうだ。
自分の重すぎて気持ち悪いくらいの恋心を打ち明けるなんて恥ずかし過ぎる。
でもこの誤解だけは解かなければならない。
こんな勘違いで大事な初恋やお見合いや王妃様やみんなの気持ちを台無しにしたくない。
ララはいきなり口を開いた。
「間違いなんて、絶対にありません。
7年前にジェス様を一目見た時から、ずっと忘れられなくて。
ずっと素敵な方だと思って……。
何度もご様子を見ました。
他の騎士様は存じません。あ、いえ、お見かけしたことはありましたが、どなたもジェス様ほどは素敵と思ったことはございません。
あの、もちろん、皆さん、本当に素晴らしい方ばかりなんでしょうけど。
ジェス様みたいに赤ちゃんのルシアン様を大事に大事に抱き上げたこともありませんでしたし。
ジェス様みたいに大人気なく本気でルシアン坊っちゃまと追いかけっこしたこともありませんでしたし。
ジートに蹴られるルシアン坊っちゃまを見て明るく大笑いした素敵な姿もありませんでしたし。
あの栗毛の綺麗な馬を駆って走る姿も戦神みたいで何度も見惚れました。
盗み見してごめんなさい。
気持ち悪いですよね、私なんかが好きになってしまって。
でも、すごく素敵で、ジェス様をお見かけした日は一日ほわほわしてしまって。
あの、ですから、要するに間違いとかはありません」
ララは一気に喋って、はぁはぁと息継ぎをした。
ジェスは口を半ば開けたまま呆けていた。
「あの、ジェス様?」
呼びかけられてジェスはゆっくりと強張りを解いた。
「……間違いでなければいいんです。
とりあえず、お互いに知り合うところから始めて……」
「あ、はい。
私はジェス様をすごく知ってる気になってるんですけど、ジェス様は全然、知らないですよね」
「そう、ですね。
言葉を交わすのは初めてですよね?」
「あの、いえ、少しだけお話しさせていただいたことがありまして……」
「そうでしたか。
すみません。うっかり忘れているようです」
ジェスは記憶を探りながら詫びた。
こんな可愛らしい女性と言葉を交わしたことがあったか? と過去を振り返るもわからない。
「私、もっとボサボサした娘でしたから。
あの時、ジェス様たちは、まだ赤ちゃんのルシアン坊やの子守りをしながら薪運びをやってましたわ。
籐の籠に可愛らしい赤ちゃんがすっぽり入っていて。
でも放っておくと泣いてしまわれるので、時々抱っこをしながら」
ジェスは思い出した。
ルシアンが赤ん坊の頃。ヴィオネ家は貧しかった。
サリエルは裏の木を切り倒して薪にしたのだ。
枝を落として乾かして。丸太の部分も風魔法のカマイタチで切り刻んだ――かなり不格好な薪になったが。
庭の薪が雨に濡れないように薪小屋に運ぶ作業をしていた。
ジェスも手伝った。時折、ルシアンを抱き上げてあやした。
そんな時に少女がやってきた。卵を買いに来たのだ。
彼女は、薪運びを手伝ってくれた。
こういう時、女性は子守の方を手伝うものでは? とジェスは少し思った。
だが、少女は、ひたすら薪を拾い集めて運んでくれた。
ハイネはお礼に採れた卵を残らずあげようとしたが、少女はいつもの通りで良いですと、薪運び楽しかったですと朗らかな笑顔を見せて帰った。
「あの時、薪運びを手伝ってくれた?」
「あ、はい。
お手伝い、させていただきました」
ララは照れたように微笑み答えた。
「そうか……。優しい感じの良い少女だと思った。
君が彼女だったんだね」
ジェスはララに今日初めて笑顔を向けた。
ララの顔が真っ赤に熱った。
「ララ嬢が見合いの相手で良かった」
ジェスにそう言われてララは思わず嬉し涙をこぼした。
様子を見つめていた侍女のクラリスは、つい無表情を崩して微笑んでしまった。




