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騎士と婚活とお節介な人々「退治したのは誰?」(6)

お読みいただき、ありがとうございます。ブクマや評価のご支援、感謝いたします。

1話だけの投稿になります。

明日も同じくらいの時刻8時か9時に投稿いたします。






 ひと月後。

 今日はジェスとララのお見合いの日だった。


 お見合いは昼からだが、お洒落の仕上げをするためララは早めの時間にやってきた。

 ファロル家では、クラリスからの指示通りに徹底的な髪と肌の手入れをしていた。

 この日のためにあつらえたドレス姿のララを見てノエルとアマリエは「似合うわ!」「可愛い!」と興奮気味だ。

 1か月ではダイエットの効果は不十分だがララの見た目はかなり変わり始めていた。

 特訓のおかげで猫背と俯き癖もだいぶ良くなった。

 元々、牧場で働いているときはその癖はなかった。人前に出ると自信のなさから猫背になり俯いてしまうという精神的なものだった。

 ララは「ジェスとのお見合い」という目的のために必死に顔を上げた。

 たった1か月とは思えないほどの激変ぶりだ。


 クラリスが仕上げにかかった。ララの顔立ちを見ながら髪を整え化粧をほどこす。

「とても綺麗ですわ。頑張りましたね」

「まだダイエットをもう少し続けないと。あちこちのお肉が邪魔なのですけど」

 ララが気恥ずかしそうに答えた。

 ララは自信なげに言うが、トレーニングも同時に行ったおかげで身体はかなり締まって見える。今日のワンピースはほっそりして見えるデザインと色にしたのも良かった。

「ふふ。もう一息ですわ」


◇◇◇


 その頃。

 ジェスは美しい庭を見渡せる応接間でララが来るのを待っていた。


「……やけに緊張しているね、ジェス」

 シリウスが声をかけると、ジェスは「……はい」と消え入りそうな声で答えた。


 ――それはそうだよな。

 と、シリウスは子爵夫妻と伯爵夫妻の姿をチラリと見て思う。

 今日はただの顔見せの予定だった。今回のお見合いは政略的な意味はないはずだった。どちらの家もふたりの幸せだけを望んでいる。そうはっきりと聞いていた。

 ジェスは29歳、ララは22歳だ。ふたりともよい大人だ。

 ゆえに、とりあえず紹介し合い、昼食を一緒にとセッティングしたのだ。どちらも気が合わないと思えば断れるように「ただの昼食だ。気楽にするように」とシリウスは伝えていた。ララの側から断ることはなさそうだが、ジェスの心中は不明だ。


 ふたりの様子を見てノエルたちはお暇する予定だった。侍女や従者はそばに置いておくとしても、ふたりの親交を深めるのが狙いだ。

 そんな風に考えていた。

 ところが、蓋を開けてみれば勢揃いとなった。

 子爵夫人が来ることは聞いていた。ファロル子爵もすぐに参加する旨返答があった。

 そこまでは想定内だ。

 メルロー伯爵夫妻まで駆けつけてくれた。

 伯爵だけなら騎馬で日帰りの距離だが、夫人を伴ってだと馬車のはずだ。王都で一泊するのだろう。


 ファロル子爵の巨体が、応接間を少々狭く見せている。

 前回の面談でも子爵は来ていた。なにも語らずただ心配そうにしている。

 娘の幸せを願う厳つい父親の姿にシリウスは責任を感じた。

 マリエ夫人は不安と期待の入り交じったような表情を浮かべている。


 その前の席にはヴァレンテ・メルロー伯爵とリュシル夫人。

 ジェスが理想とする夫婦という。確かにしっくりと雰囲気が合っている。夫人は穏やかで気品のある繊細な美人だ。聡明な夫人とジェスから聞いているが、見るからに夫を支える良妻という感じだ。


 今日はジュールも来ていた。自分の妻が暴走した結果が気になる、とジュールが言っていた。

 気持ちはわかる。シリウスも同じだ。

 当初の予定と違い勢揃いした面々は、当たり障りのない挨拶を交わし、実際の内面はどうあれくつろいでいた。


 ふと廊下に微かな足音。

 軽いノックののちに3人の女性が姿を現した。

 伯爵や子爵たちが挨拶に立つのをふたりの妃はにこやかに止めた。

「どうかお座りになって」

 室内の視線は可愛らしいひとりの女性に集まった。


 ララはすっかりひとが違っていた。

 麦わら色の艶やかな髪はふんわりとアップにされ銀の髪飾りでまとめられている。

 ドレスは綺麗な藍色の地に群青色の柄が入ったシックなデザインでララをすっきりと見せた。豊かな胸がさりげなく強調されているところがポイントだ。

 化粧はごく自然で、おかげでララの肌の美しさが引き立つ。

 猫背はもう止めたのだ。可愛らしい顔に、若干緊張気味ではあるが笑顔を見せている。

 今日の彼女はとても魅力的だった。さすが、ハイネの審美眼は確かだった。

 ジェスは呆気にとられたようにララに見惚れていた。

 マリエは満面の笑みだ。ファロル子爵も安堵した顔をしている。

 メルロー伯爵夫妻も喜ばしそうな表情だ。

 

「遅くなりまして、ファロル子爵家三女ララ・ファロルと申します。

 お初にお目にかかります。本日は皆様にお会いできますことを楽しみにしておりました」

 ララは綺麗にお辞儀をした。

「子爵、とても可愛らしいお嬢さんだね。

 では、歓談を始めようか。

 紹介をしよう」

 シリウスがにこやかに場を取り仕切りそれぞれに紹介をする。食事が運ばれてくると、自然と食材の話題となった。


「ファロル子爵。これはファロルの燻製肉ですね」

 ヴァレンテ・メルロー伯爵がすぐに気づいて子爵に声をかけた。

「お気付きですか。そうです。うちの燻製肉ですよ。

 まぁ我が家の本業はミルク屋で、肉はほんの片手間に少々試しているだけなんですが。

 これに興味がおありだそうですね」


 ファロル子爵――アロンゾ・ファロルは、メルロー伯爵が燻製肉に興味があると聞き、今日は食材に使ってもらった。

 「メルロー伯爵家」と言えばけっこう名が知られている。魔獣が多い領地であると言うことと、それに前の伯爵が賭け事好きだったことで。

 先代伯爵がカード遊びでボロ負けした時にアロンゾは居合わせたのだ。何しろ、見物客はいっぱいいた。

 『なんというゲス野郎だ』とアロンゾは思った。

 先代メルロー伯爵は、財布の中身を空にしたのち、黄色い小袋からも金を支払った。

 その小袋は領主であれば皆、知っている袋だった。

 王宮からの金だ。補助金が入れられている袋だった。

 前の伯爵は、領地に与えられた補助金を、自分が賭け事で負けた金の支払いに当てたのだ。


 アロンゾは他家のことでありながら、頭に血がのぼる思いがした。

 あの時のろくでなし領主が死んだ、と聞いた時は『良かったな』と思った。

 メルロー伯爵領では祝砲でも放ったんじゃないかと思うほどだ。


 今、目の前にいる若い伯爵は聡明そうで、前の伯爵の子息とは信じられない。

 ――少しは似ているところがあるんだろうか。おそらく似ているなどと言われたら伯爵は嫌かもしれんが。


 あの先代伯爵の記憶があったために、むしろメルロー家の子息たちに好印象を持っていた。

 愚物の父親と数多の魔獣の中で領地を守った嫡男と陛下の信頼する近衛となった次男。娘はきっと良い相手を見初めたのだろう。


 ヴァレンテは、子爵の胸の内など知らずに朗らかに話していた。

「ええ。我が領の斑大牙という半魔獣の肉がこの燻製にしたら合うと思うんですよ。

 この旨い燻製肉が片手間とは存じませんでしたな」

「量は多くやってないんですよ。

 斑大牙とは厳つい名ですな。魔獣でも獣でもなく、半魔獣ですか」

 子爵が目をすがめる。

「半魔獣なので、シリウス王の治世となり国神の加護が増しても減らないんですよ。

 むしろ増えたかもしれん」

 ヴァレンテが若干、困った顔をした。

「ハハ、なるほど。

 危険な獣ではないのですな?」

「人は襲わないのでね。ただ、畑の芋が好きで困るのだ」

 ヴァレンテは物憂げに答えた。

「芋が好きとは平和的な獣ですな」

 子爵の表情はいかにも他人事のようで屈託がない。

「まぁ、芋を食っている大牛の姿は傍目にはのどかなんですがね」とヴァレンテは苦笑し説明を続けた。

「芋畑の農家は弱ってるわけです。芋の好きな領民もですが。

 それで、大牛を狩るんですよ。肉の味はなかなか良いです。こってりした味と言うんですかね。

 デカい割りに大味ではない、詰まった味ですよ」

「ほぅ……なるほど。

 狩った大牛を運んでもらえるのなら、解体済みと考えてよろしいのですかな?」

 子爵はどうやら乗り気になったようだ。

「むろんです。

 ファロル家では解体はされていないのですかな?」

「そうです。

 燻製肉を始めたきっかけは、うちの牧場に来られる客人が必ずと言っていいほど『肉は無いのか』と尋ねるからなんですよ。それで商売っ気を出したんです。

 実際は肉牛はやってないんですけどね。

 肉牛の牧場からブロック肉を少し買ってるんです。肉の燻製は私の父が好んだものです。

 それ以来、趣味と実益を兼ねて燻製肉を作っているわけです」

「なるほど。

 解体と言うか、狩ったものを下処理して持っていきますからね。

 狩人は上手いものです。

 焼肉にして食える状態ですよ」

「ぜひ、一頭、いただきましょう」

「楽しみですな」

 厳つい子爵と細身の伯爵が経営者の顔で笑い合った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 婚約より先に事業計画が成立(笑)
[一言] どこでも農作物を荒らす獣は困ったものですねぇ。 解体と血抜きがうまいと長持ちするんですが、その技術がある人も限られてますし。昔は秘伝で、他領に流出させないようにしていたという話も読んだことが…
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